雪と吹雪とワイバーンと
鞄の中で昼寝でもしていたのかと聞くと、そうではないとモフモフは言う。
なんでも私と離れたくないがために、付いてきてしまったらしい。
「しかし、あなたは屋敷と契約していたのではないのですか?」
『ウウン、シテナイ』
「そう、でしたのね」
どうやらモフモフは契約下にあった屋敷妖精ではなかったようだ。
他の屋敷妖精と違って、私の部屋にばかり入り浸っていた理由が今になって明らかになったわけである。
「ゾフィア、なんだか落ち着いているけれど、まさかあなた、モフモフが鞄に入っていたのを知っていましたの?」
「まさか! 知りませんでした。ただ、私も隙あらばエリザベル様のお荷物に忍び込んで、一緒にワラキア公国まで行こうかと計画しておりましたので、気持ちはよくわかると思っていたわけです」
「そ、そう」
ゾフィアが計画を実行しなくてよかった。なぜならば、入りきらなかった木箱などは車体にくくりつけられた状態で運ばれているから。
「ああいうふうにゾフィアが運ばれていたら、わたくしまで生きた心地がしなかったでしょう」
「で、ですね」
ゾフィアをワラキア公国に誘っていてよかった、と心から思ってしまった。
「モフモフ、本当にわたくしに付いてきてよかったのですか?」
『モチロン!』
モフモフはそう言って、私の手のひらから肩に飛び乗り、頬ずりしてくる。
心強い親友が同行してくれるとわかって、勇気づけられた。
もしもワラキア公が私に見向きもしなくても、ゾフィアとモフモフが傍にいてくれたら、私の新婚生活は毎日充実するだろう。
「ゾフィア、モフモフ、ありがとうございます」
彼女達に心から感謝したのだった。
「それにしても、竜車というのはすばらしい乗り心地ですのね」
「本当に」
まったく揺れないし、寒さも感じない。
現在、カルパチア山脈の上空を飛んでいるのだが、窓から覗き込むと雪景色となっていた。
「ゾフィア、ご覧になってくださいませ。カルパチア山脈にバタークリームを落としたみたいに、たくさんの雪が積もっております」
「ああ、おいしそ……ではなくて、想像しただけで震えてしまいます」
冬のカルパチア山脈越えはとても過酷だと聞いたことがある。実際に見てみると、このような雪が深く積もった中に足を踏み入れるなど、命知らずだと思ってしまった。
先ほどまで晴れ渡っていたのに、天候が悪化していく。
みるみるうちに、吹雪となった。
これだけ強く吹雪いているようでも、車体はまったく揺れないし、寒くもない。
すべては騎手の魔法で制御されているらしい。
さすが、ワラキア公直属の騎士隊である。彼らは騎士でありながら、熟達した魔法使いでもあるのだろう。
それにしても、このような吹雪の中にいる騎手達は大丈夫なのだろうか。心配していたら、伝声管を通じてスタン卿の声が聞こえてきた。
「失礼いたします。花嫁様、現在天候が悪化しているようですが、飛行にはまったく問題ありません。ただ、視界が悪くなっておりますので、少々速度を落とします」
「わかりました」
カルパチア山脈の上空を越えたら、天候もよくなるだろう、とスタン卿が教えてくれた。
「吹雪いているようですが、スタン卿は平気ですの?」
「はい。私どもの周辺も、結界を常時展開していて、影響がないようにしておりますので」
「それを聞いて安心しました」
なんでもこの辺りは冬になると、よく吹雪くらしい。この天候は想定内だったようだ。
「エリザベル様、徒歩でのカルパチア山脈越えのルートでなくてよかったですねえ」
「ええ、心からそう思います。ワイバーン騎兵をよこしてくださったワラキア公はとても親切なのかもしれません」
噂通りの残虐な人物であるならば、雪山でもなんでも乗り越えて早急にやってこい、と言うはずだ。
ありがたい、という気持ちで胸がいっぱいになっていたのだが、ゾフィアはそうではなかったらしい。
「そうでしょうか? 親切なお方であれば、エリザベル様をお迎えにあがっているはずですよ」
「今はアトウマン帝国とにらみ合っている最中でしょうから、わたくしなんかを迎えに行っている場合ではないかと」
「エリザベル様は優しすぎます!」
そうだろうか? なんて考えていると、突然ゾクッと悪寒が走る。
「なっ、これは――」
私が違和感を口にしようとした瞬間、モフモフの毛が逆立って栗のイガみたいになった。
「エリザベル様?」
「ゾフィア、クッションで頭を守って、姿勢を低くなさって!」
嫌な予感がしたので、命を守る体勢を取るように指示をする。
モフモフを胸に抱き、ゾフィアと共にしゃがみ込んだのと同時に、車体がガコン! と音を立てて傾いた。
「ヒッ!!」
ワイバーンの甲高い鳴き声が聞こえる。『敵襲だ!!』と叫んでいた。
それに続けて、伝声管からスタン卿の声が聞こえた。
「敵襲です。四体のワイバーンと騎手で、敵については不明!」
まさか、私とワラキア公の結婚を妨害するためにやってきたというのか。
いったいどこの国が? 今の段階ではわからないのだろう。
カルパチア山脈の天候悪化を利用し、襲ってきたに違いない。
「かならず制圧します。この竜車は戦闘に参加しないのでご安心を」
「ええ。わかりました」
相手は四騎に対し、こちらは十騎だ。負けるわけがない。
ただ、いまだに落ち着かない気持ちでいる。
なんだか嫌な予感がして、窓を広げ、後方を覗き込む。
「エ、エリザベル様~~~、な、何をなさっているのですかあ~~!?」
私を守るように、上下左右にワイバーン達が取り囲んでいた。残りは襲撃してきたワイバーン兵と戦っている。
信じがたいほどの寒さで、吐息も凍るようだった。
窓から流れる髪も、一瞬にしてパキパキに氷結する。
隣を飛んでいた騎手から「危ないですよ!!」という怒号に近い注意が飛んできたが、それも無視した。
外は吹雪で何も見えないのに、私は何かを見ようとする。
自分でやっていることなのに、何を確認しようとしているのか説明できない。
とにかく、脳内にカンカンと警鐘が鳴っているように思えてならなかったのだ。
キラリ、と後方で何か光るのがわかった。
その瞬間に私は叫ぶ。
「後方、敵襲あり!!」
自分でも信じられないくらい、大きな声が出た。
隣を飛んでいた騎手は、「え?」と気の抜けた返事をする。
「後方に敵!! 数は十、十一、十二――十三騎も!! 最初の四騎は囮ですわ!!」
伝声管から私の叫びが届いていたのか、スタン卿が叫ぶ。
「後方に敵あり!! 後方に敵あり!! 前方の敵は囮!!」
隊長であるロラン卿が騎手達に命じる。
「前方で戦っている二騎を除いて、後方の敵に対峙するように!!」
伝声管からスタン卿の声が聞こえる。
「すみません、この竜車も戦闘に参加します」
「承知しました。ご武運を!」
隣を飛んでいたワイバーンの口元に、魔法陣が浮かび上がる。
「あ、あれはなんですか?」
「ブレス攻撃ですわ」
ワイバーンは光線を吐き、後方から襲いかかってくるワイバーン兵を攻撃する。
見事、一騎を打ち抜いたようだ。
その後も、次から次へとブレスを放ち、先制攻撃を与える。
車体は右に、左にと揺れていたが、用意していたクッションのおかげで衝撃はなかった。
そして、敵のワイバーン兵はすべて撃墜した、という報告をスタン卿から聞いた。
ホッと胸をなで下ろしたのは言うまでもない。