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バートリ家の吸血姫(※誤解)とワラキア小竜公のありえない婚礼  作者: 江本マシメサ
第四章 諸悪の根源

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血濡れた戦い

「ブラッド様!?」


 空に貼られた巨大な蜘蛛の巣のような糸に囚われたブラッド様は、ぐったりして動かない。

 彼のもとに行かなければ。

 そう思って踵を返したが、イェニチェリの一人が私の腕を掴む。


「ワラキア公夫人、危険です!」

「危険など承知の上ですわ! ブラッド様が苦しい思いをしているんです! 傍に行かないと――」


 イェニチェリが掴んだ手を振り払おうとした瞬間、叔母が「待て」と言う。


「エリザベル、見てみろ。あれはお前の手書き刺繍イーラーショシュの魔法陣ではないのか?」

「え?」


 銀色の魔法陣――そうだ。あれは間違いなく、手書き刺繍イーラーショシュの魔法が発動したさいに見せる輝き。


 ブラッド様は腕に私の手書き刺繍イーラーショシュを巻き付けた状態で戦いに挑んでいたようだ。


 魔法陣から黒い蔓が広がり、蜘蛛の巣を引きちぎる。

 そして、葉がブラッド様の大きな体を包み込み、黒い薔薇を咲かせた。


「なるほど。エリザベル、お前はいい刺繍を刺していたのだな」

「あれは――!」


 黒薔薇は〝呪い返し〟の刺繍だ。

 そういえば、そんな刺繍をせっせと刺していた。

 どうしてこれまで忘れていたのか。

 結婚する夫が竜で、父親と体が入れ替わっていて、などと普通ではない状況に身を置く中で、大事なことが頭から消え去っていたのだろう。


 花開いた黒薔薇の刺繍は、ブラッド様が受けた呪いを返す。

 皇帝はワイバーンごと蜘蛛の巣に囚われ、動けなくなってしまった。


「く、くそ、なんだこれは!!」

『エリザベルの〝愛〟だ!』

「!?」


 皇帝の前に躍り出てきたのは、牛の頭蓋骨を被った青年、父君だ。

 風船のように膨らんだモフモフに騎乗し、槍先を喉に突きつける。


『解呪、しろ!! でないと、刺す!!』


 なんでもポナエリ城に捕らえた呪術師キジから、呪いはアトウマン帝国の呪術師の仕業ではないのか、という指摘があったらしい。

 その結果、プネで出会ったルスランが呪いをかけたのではないのか、と父君とブラッド様は推測していたようだ。


「あー、ごめん。何を言っているかわからないや。それよりも、ワラキア公の体の傷は大丈夫なの?」

『案ずるな』


 ブラッド様の体は光に包まれ、傷が回復していった。


『人間ごときが、竜族を攻撃するなんて、百万年早い』


 全身の傷は自己再生術で治してしまったようだ。

 よかった、と思わず震える声で呟いてしまう。


「どうせ、解呪しろとか言ってるんでしょう? 呪いを解除しない、って言ったらどうする?」


 ブラッド様がじろりと睨むと、蜘蛛の巣が皇帝の全身を切りつける。


「う、うわあああああ!!」

『忘れるな。お前の命は私と父が握っているということを!』


 皇帝は抵抗を諦めたようで、これから解呪すると言う。

 会話はいっさい通じていないのに、不思議と皇帝は言っていることを察しているようだった。

 父君は槍の先端を喉に突きつけたまま、忠告する。


『余計なこと、したら、喉を裂く。変な呪文、唱えたら、気づくから!』

「わかった。わかったから」


 皇帝の言うことはいまいち信用ならないものの、竜公である父君と、小竜公であるブラッド様に睨まれた状態で、悪あがきをするほど愚かではないだろう。


 皇帝がぶつぶつと呪文を唱えると、真っ赤な魔法陣がブラッド様と父君の前に浮かび上がり、ヒビが入って消え去った。


 ブラッド様と父君は同時に倒れる。

 父君は落下していったのだが、モフモフが巨大なクッションとなって地上で受け止めていた。


 先に起き上がったのは、父君だった。巨大な黒竜の体を起き上がらせ、自身の体を確認する。


『わあ、戻った!! 呪い、ない!!』


 続けて、ブラッド様も起き上がる。

 何を思ったのか、牛の頭蓋骨は拳で割っていた。

 真っ二つに割れた牛の頭蓋骨が落ちていく。

 額から血をだらだら流した状態で、ブラッド様は叫んだ。


「アトウマン帝国の皇帝、ソロモン三世よ、約束しろ。今後、ワラキア公国とトランシルヴァニア公国を侵攻しない、と」

「ワラキア公国はいいとして、どうしてトランシルヴァニア公国まで?」

「エリザベルの大切な者達がいるからだ!」


 ブラッド様の言葉に、胸が熱くなる。涙が零れそうになったものの、ここで泣いている場合ではない。

 しっかりと、この戦いを目にしておかなくては、と思った。


「もしも約束すると言ったら、その蜘蛛の巣を解いてやろう!」

「約束しないと言ったら?」

「お前の体を、ずたずたにして、父と私で息の根を止める」

「あーはいはい。わかった、わかったから」

「きちんと約束しろ。トランシルヴァニア公国とワラキア公国を、二度と侵攻しない、させない、と」

「うわ、さりげなく〝させない〟って項目も追加された!」

「お前の卑怯なやり口は、よーく理解できたからな」

「マジャローグ王に頼んで、ワラキア公夫人と結婚させたこと、根に持っているんだー」

「うるさい!! いいから、こちらの要求はすべて呑むんだ!!」


 さすがにここまで追い詰められては、皇帝もお手上げ状態となったのだろう。

 二つ返事で要求を呑むこととなった。


「お前のことは信用ならないから、〝血の契約〟をさせてもらう」


 それは破ったさいに命を奪う危険な契約魔法である。 

 ブラッド様は羊皮紙を広げ、空から降り注いでいた皇帝の血を使って魔法陣を作成した。


「これで、お前は約束を守らなければ、命を失うこととなる」

「酷いな」

「酷いものか!」


 ブラッド様が蜘蛛の糸を解くと、皇帝の体はまっさかさまになって落下する。

 イェニチェリ達が駆けつけ、大判の布を広げて皇帝の体を受け止めていた。

 ブラッド様に向かって剣を向けるイェニチェリもいたが、皇帝が一言「やめろ」と言うと下がっていく。


 ようやく、この戦いが終わったようだ。

 短い時間だっただろうが、私にとっては永遠のように長く感じていたのだ。

 気が抜けて、その場に座り込んでしまう。

 そんな中で父君がこちらへ飛んできて、私を見つけて嬉しそうに言った。


『嫁、迎えにきた!』


 モフモフが上機嫌な様子で、父君の頭の上で飛び跳ねていた。 

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