叔母との再会
父君は人混みに疲れたようで、しばし休むという。
コーマン卿と合流し、モフモフも一緒に眠るというので、心配はいらないだろう。
私はスタン卿とゾフィアを引き連れ、叔母との待ち合わせの場所へ移動した。
叔母はロビーで腕を組み、私を待ち構えていたようだ。
白髪交じりの銀髪に、キリリとした隙のない目元、魔女のような鷲鼻に、きつく結ばれた唇、ひときわ目立つ緋色のドレスを着ていて、女王然とした様子でいた。
こうして会うのは幼少期以来だというのに、不思議と叔母だとわかったのだ。
近づいてくる私に、叔母は鋭い眼差しを向ける。
まるでそれは、大空から獲物を狙う鷹のごとく。
全身の肌が粟立つような感覚に苛まれ、恐怖にも支配された。
今すぐにでも回れ右をしたかったが、気力で叔母のところに行き、声をかけた。
「叔母様、お久しぶりです。エリザベルでございます」
「ひときわ輝くダイヤモンドのような娘がやってきたと思っていたら、エリザベルだったか」
叔母は微笑んでくれたのだが、にっこりというよりも、ニヤリと表現したくなるような笑みだった。
「宿の貴賓室を用意している。ついてこい」
「はい」
叔母はゾフィアやスタン卿にはついてくるな、と言い放つ。
二人は叔母に対し、逆らってはいけない相手だと察したようで、深々と頭を下げ、下がっていった。
叔母も侍女は連れていないようで、二人きりになってしまう。
貴賓室にはワインや紅茶、軽食などが用意され、叔母は好きなだけ飲んで食べるよう勧めてくれた。
さっそく叔母は赤ワインを注ぎ、一気に飲み干す。
その様子は〝血塗れた吸血夫人〟の名にふさわしい。
「エリザベル、酒は飲むのか?」
「嗜む程度に、いただいております」
「そうか。たくさん飲め」
叔母は喉が渇いていたようで、三杯のワインを飲み干す。
「お前がワラキア公に嫁いだと聞いて、とても驚いた。てっきり、マジャロルサーグ王国の王族の誰かと結婚するものだと思っていたから」
私と同じ年頃の王族は数名いた。それとなく、第三王子との婚約するという話が浮上したものの、いつの間にかなくなっていたのだ。
「それもこれも、私のせいだな。すまなかった」
「いえ……。その、バートリ家の噂のおかげで、わたくしは夫と出会えたので、感謝しております」
「なるほど。結婚は上手くいっているのだな」
「はい。ただ――」
「どうした?」
アトウマン帝国に行くために呪われた事情について話さなければならないが、叔母が今、どういう立ち位置にいるのかわからない。
叔母はマジャロルサーグ王国の伯爵と結婚した身ではあるものの、夫である男性とは死別している。さらに、叔母は世界中を旅しているというので、マジャロルサーグ王国との繋がりはそう強くないはずだ。
けれども、万が一ということもある。親族であっても、警戒する必要があるのだろう。
呪いについては、私がかかっている、ということにしておく。
「――というわけで、アトウマン帝国の呪術師に会いに行こうと思っているのですが、叔母様はアトウマン帝国へ行く伝手のようなものをお持ちでしょうか?」
「ああ、持っているぞ」
そう言って叔母が鞄の中から取りだしたのは、アトウマン帝国の皇帝が書いた手紙だった。
「なんでもアトウマン帝国は吸血鬼が流行っているようで、遊びにこないか、という手紙を、先日受け取った」
まさか、アトウマン帝国の皇帝直々に招待を受けていたなんて。
手紙の中に入っていたのは、転移の魔法巻物である。
「これを使えば、一瞬でアトウマン帝国まで行けるらしい。これでよければ、連れていってやるが」
「どうかお願いいたします」
「わかった」
叔母は立ち上がり、私のもとへとやってくる。
転移の魔法巻物を見せてくれるのかと思いきや、叔母はまさかの行動に出た。
私の目の前で、転移の魔法巻物を破ったのだ。
魔法巻物は破って魔法を使う代物なので、すなわち、転移魔法が発動されることとなる。
足下に魔法陣が浮かび上がり、体がふわりと浮上する。
「お、叔母様!?」
「心配するな。行き先はエリザベルが行きたがっていた、アトウマン帝国ゆえ」
「なっ――!?」
景色がくるりと回り、ハッと気づいたときには別の場所に下りたっていた。




