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父の覚悟、娘の思い

 露店の商人達はやってきた私達に不躾とも言える視線を向ける。

 父君は気にかけることなく、露店の商品を見て回っていた。

 やっとのことで父君に追いついたので、話を聞いてみる。


「あ、あの、こちらで何かお探しなのですか?」

『牛の頭、ここで買った』

「そう、でしたのね」


 当時の商人がいるのではないか、と見て回っていたようだ。


『でも、ない。いない』

「ええ。こういう露店商は毎日のように売り場を変えて営業しておりますので、ここどころか、もうプネにすらいない可能性が高いです」

『そう……。呪い、話、聞きたかった』


 父君はがっかりした様子でいた。

 きっと牛の頭蓋骨を売った店主に会えたら、呪いの解除について、何かしら話が聞けると思ったのだろう。


「どのような商人だったか、覚えていますか?」

『うーん。あの人、みたいな』


 父君が指を差したのは、アトウマン帝国の装束に身を包んだ商人である。

 マジャロルサーグ王国の商人だと思っていたので意外だった。


『牛の骨、たくさん、売ってた。でも、そんな店、ない』

「ええ」


 調度品として人気が高い、と聞いて購入したようだ。

 ハンティングトロフィーと言って自分が狩った獲物を勝利の証として飾る行為は聞いたことがあるものの、動物の頭蓋骨だけを販売する店というのは珍しいだろう。


「大丈夫ですわ。ゆっくり、時間をかけて探しましょう」

『でも、これ、一年過ぎたら、一生取れなくなる、やつ』

「なっ――!?」


 ブラッド様と父君の体が入れ替わってから、十ヶ月が経った、という話を聞いていた。

 私がワラキア公国にやってきてから、すでに二十日以上経っている。

 あと一ヶ月で、ブラッド様と父君の魂が体に固定され、永遠に戻らないというのだ。


「あ、あの、それは皆に話したのですか?」


 父君は首を横に振り、『今、気づいた』と答える。

 とんでもない事態になっていることも知らずに、のんきに街歩きをしていたのだ。

 どうしてこうなったのか、と心の中で頭を抱える。


『嫁』

「は、はい!」

『嫁は、体、元に戻ったほう、いい?』

「そ、それはそうですが……」


 父君は比較的、ブラッド様の体に馴染んでいるようだが、ブラッド様は父君の体で不便を強いられている。

 もしも叶うならば、元に戻ってほしい。


「しかしながら、解呪というのは魔法の中でも難しい部類に入ると聞いた覚えがあります」

『そう』


 呪いをかけた術者が死ぬか、呪い返しができる腕のいい呪術師を探して依頼するか、多いなる犠牲と引き換えに呪いを消すか、などと方法はいくつかある。 

 ポナエリ城で拘束している呪術師キジは、ブラッド様と父君の呪いを解くことは不可能だ、と言っていた。自白魔法を使ってまで調べたので、嘘ではないだろう。

 彼はそこそこ実力のある呪術師だが、それ以上の呪術師を探す必要があるのだ。


 どうしたものか、と思い悩む中、父君が想像もしていなかったことを口にした。


『嫁、我が死んだら、この体は息子に返せる』

「それはなりません!!」


 父君が言ったのは、大いなる犠牲を払い、呪いを消し去る手段だ。

 けれどもそれだけは選びたくない。


「お義父様がいなくなるなんて、絶対に嫌です! そんな選択をするくらいなら、そのままでも構いませんわ! わたくしはブラッド様がどんなお姿でもお慕いしておりますし、お義父様がどんなお姿でも、楽しく暮らしていく自信はありますから!」

『嫁……ありがと。でも……』


 父君はブラッド様の体でいることを、申し訳なく思っているという。


『死んだら、妻のところ、行ける、から』

「なりません!! と言っているでしょうに!!」


 私が大きな声を出すとは思っていなかったのだろう。父君は目を丸くし、驚いていた。

 きっと父君は、私がどうこう言っても意見を変えるつもりはないのだろう。

 ならば私も、強硬手段に出なければ。


「わかりました。わたくし、今から呪術師を連れて参ります」

『どう、やって?』

「アトウマン帝国へ」


 私が唯一知る呪術師――ルスラン・イスハーク。

 彼に解呪を頼みに行くのだ。


 私の発言に慌てたのはゾフィアであった。


「エリザベル様、アトウマン帝国は敵国ですよ! どうやって行くというのですか!」

「これから叔母様にお願いしますわ」

「なっ――!」


 世界中を旅していた叔母ならば、アトウマン帝国に行く伝手を持っているかもしれない。

 ちょうど、約束の時間になりそうなので、相談してみよう。


「エリザベル様、本気なのですか?」

「ええ。もしも可能性があるのならば、わたくしは賭けてみたいと思っています」


 ゾフィアに怒られるかと構えていたのに、彼女は何も言わなかった。


「エリザベル様、驚いた顔をなされて、どうかしたのですか?」

「ゾフィアに怒られるかと思ったからです」

「怒りませんよ。だって、もうすでにエリザベル様の腹は決まっていて、私が何を言っても無駄でしょうから」

「ゾフィア……ありがとうございます」

「その代わり、私も行きますからね」

「ええ、もちろんです」


 ブラッド様に相談したら、止められるだろう。だから何も言わずに発つつもりだ。


「お義父様、この件については、黙っていただけますか?」

『うん! 父、口、硬い!』 


 父君はスタン卿にも、黙っておくよう命じていた。


「スタン卿、巻き込んでしまって、申し訳ありません」

「私のことはお気になさらず」


 アトウマン帝国へ行くことは私が勝手に決めたことで、父君やスタン卿は関係ない。どうか責めないでほしい、という手紙を書かなければならないだろう。


 ひとまず、宿に行って叔母と話をしなければ。

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