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バートリ家の吸血姫(※誤解)とワラキア小竜公のありえない婚礼  作者: 江本マシメサ
第一章 トランシルヴァニア公国の公女、串刺し公に嫁ぐ!?
4/50

なぜ、バートリ家が吸血鬼の一族だと言われてしまったのか?

 家族三人が残された部屋で、父は罪を告白するように「すまない……すまない」と謝罪の言葉を口にしていた。


「わ、私のせいで、エリザベルが吸血姫だなんて、呼ばれるようになってしまったのだ!」

「お父様のせいではありませんわ!」

「あなた、エリザベルの言うとおりですよ!」


 吸血鬼の一族だと噂されるようになった原因は、正確に言うと他にあるのだ。

 噂の一端を担っているのは、叔母である。

 バートリ・エルジェベット――父の実妹であり、マジャロルサーグ王国の伯爵に嫁いだ女性だ。

 彼女は嫁ぎ先で夫と死に別れると、領地にある古城へ拠点を移し、好き勝手な振る舞いをしていた。

 侍女達に酷い折檻せっかんするだけでなく、それ以上の暴力的な行為を犯す。

 年若い娘を手にかけ、その血を浴びる美容法に夢中になり、古城の庭には毎日のように遺体が埋められていたという。

 遺体から発せられる腐敗臭は、近くにある村にまで届いていたようだ。

 被害は侍女だけにとどまらず、村の年若く美しい少女も巻き込まれた。

 なんでも叔母は美容に耽るだけでなく、独自の拷問道具の開発にも情熱を注いでいたらしい。

 その中でも、人々を震え上がらせたのは〝鋼鉄乙女の抱擁〟と呼ばれる拷問道具である。

 それは美しい少女を象った鋼鉄製の巨大なドールだという。内部は人が入れるように空洞となっており、蓋部分に太く鋭い釘が幾重いくえにも施されていて、人が入って閉めると数カ所の急所を刺し抜かれる、という聞いただけでも震え上がるような拷問道具だ。

 叔母は鋼鉄乙女の抱擁を使って女性達を手にかけ、新鮮な血を浴びていた。

 そんな恐ろしい謂われから、叔母は〝血塗れの吸血夫人〟と呼ばれるようになった。

 叔母の悪行がマジャロルサーグ王国だけでなく、トランシルヴァニア公国にも広がった結果、バートリ家自体が吸血鬼の一族だと囁かれるようになったのである。

 ちなみに現在、叔母は世界各地を旅しているようで、どこにいるかわからないようだ。

 噂を否定する本人がいないため、余計に広がってしまうのだろう。


 ここまでの事情であれば、父のせいとはいえない。

 ギゼラが父を責めたのには理由がある。

 実は、叔母の婚姻を決めたのは父だった。

 叔母をマジャロルサーグ王国の伯爵に嫁がせなければ、もしかしたらバートリ家は吸血鬼の一族であるという噂は広まらなかった可能性がある、と主張したかったのだろう。

 たったそれだけの理由で、父のせいにされていたのだ。


 ただ、父だけを責めるのは間違っている。

 そもそも、叔母の噂自体が身に覚えのない濡れ衣なのだ。


 叔母はそれはそれは、気の強い人物だったらしい。

 何かあれば、侍女やメイドの頬を叩いて、厳しく教育していたようだ。

 それだけでなく、貴族令嬢にもきつく当たり、とても好かれるようなお人柄ではなかった。

 けれども叔母は、意味もなくそのような態度に出ることはないらしい。

 侍女を叩いたさいは、侍女が叔母の私物を何度も盗み、メイドを叩いたさいは、メイドが叔母の悪評を触れ回っていたのだ。

 貴族令嬢の場合は、当時婚約者だった伯爵に色仕掛けをし、寝取ろうとしていたらしい。

 叔母の怒りを買うのは無理もない挙動を繰り返し行っていた者にのみ、制裁を行っていたのだろう。

 それらの気性を叔母は嫁ぎ先でも隠しもせず、自分の正義を信じ、振る舞っていたのだろう。

 結果的に多くの人から反感を買い、身に覚えもない悪評を流されてしまった。


 つまり、叔母は年若い娘の血なんか浴びていないし、拷問道具を手作りなんてしていない。

 普段は読書が趣味の、物静かな女性だと父は話していた。

 その証拠に、叔母の拠点となった古城の庭を掘り起こしても、遺体は一体も見つからなかったらしい。

 ただ、父の調査に対し、叔母は「愚かな罪を働いた使用人のむくろは、森の魔物に食べさせてやった」などと話していたようだ。

 その辺の気性の荒さが、吸血夫人と呼ばれる原因の一つとなったのだろう。


 叔母以外にも、吸血鬼の一族と呼ばれるようになった理由がある。

 バートリ家に伝わる魔法も、誤解される原因の一つとなったに違いない。

 魔法というのはバートリ家の女性が作る手書き刺繍イーラーショシュと呼ばれるものである。

 太い刺繍が魔法陣となっており、さまざまな魔法が発動できる。

 ただし、魔法が使えるのは、バートリ家の女性と結婚した夫のみ、という一風変わったものなのだ。

 刺繍に使う糸を染めるさいに血を一滴垂らすので、その噂が間違って伝えられた結果、生き血で染めるだの、血を啜りながら染めるだの、吸血鬼と絡めたような話になっているのだろう。


 それ以外にも、吸血鬼の噂が広まったのは、マジャロルサーグ王国内の貴族の嫉妬を買ったから、なんて話も出ていた。

 マジャロルサーグ王の信頼が厚く、周辺諸国の重臣にも指名されるほどのバートリ家は、余所の貴族にとって出世の邪魔となるようだ。

 そのため、悪い噂を流し、バートリ家の名声を消し去ろう、という目論みもあるのかもしれない。

 叔母やバートリ家の者達は悪評を流された被害者なのだ。


 話を思い出すと、怒りが沸いてくる。

 どうしてこのような扱いを受けなければならないのか、と。

 これまで私は、吸血姫だと後ろ指を指されるのが恐ろしくて、社交場に顔を出すことはめったになかった。

 けれどもこれからは、積極的に表に出なければならないだろう。

 そこで私自身が、バートリ家の噂はでたらめだと証明するしかない。


 この瞬間に、覚悟が決まった。

 私の身に降り注ぐ運命を、受け入れようと思ったのだ。


「お父様、ギゼラが言ったことは、お気になさらないで」

「しかし――」

「お父様のせいではありません。絶対に」


 父の手を握り、まっすぐ瞳を向けて言うと、父はゆっくり頷いてくれた。


「ワラキア公には、わたくしが立派に嫁ぎますので、ご安心を」

「エリザベル、それは――」

「お任せください。バートリ家の名誉と共に、わたくしはトランシルヴァニア公国からワラキア公国へ旅立ちますので」


 父と母は涙を流していた。

 瞼がじわっと熱くなるも、私まで泣くわけにはいかない、と必死に耐える。


「お父様、お母様、泣かないでくださいませ。わたくしは絶対に、幸せになりますので」


 ワラキア公が幸せにしてくれるとは思っていない。

 だから私は、私だけの力で幸せになってやろう、という強い気持ちでいた。

◇◇◇設定資料◇◇◇

トランシルヴァニア公国

マジャロルサーグ王国の従属国。ユーロパ大陸にある小国。


ワラキア公国

ユーロパ大陸の中で唯一の独立国。


マジャロルサーグ王国

ユーロパ大陸の中央に位置する国で、いくつかの従属国を抱える。


神聖帝国

教皇が認めた皇帝が即位する巨大国家。ユーロパ大陸の七割を領土としている。


アトウマン帝国

ユーロパ大陸を次々と侵攻し、我が国の物にしたいと目論む大国。

皇帝スルタンが率いる最強の精鋭部隊がある。


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