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バートリ家の吸血姫(※誤解)とワラキア小竜公のありえない婚礼  作者: 江本マシメサ
第三章 通商の街プネにて

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とっさの言い訳

 見事な絵画は、美しい聖母子が描かれたものだ。

 カンタクジノ家の者達が敬虔けいけんな信者である証しでもあるのだろう。

 聖母が生まれたばかりの子に対し、慈しむような様子が描写されていたのだが、それを目にした瞬間、私はあることを閃いた。


 リンゴをフォークに突き刺し、白鳥の美しい細工が崩れないよう、慎重に口に運ぶ。

 口を開いたその瞬間、私は一芝居打った。


「――うっ!!」

「まあ、ワラキア公夫人、どうかしたの!?」


 カンタクジノ夫人が慌てた様子で駆け寄ってくる。

 まだリンゴを口にしていないので、呪いの効果が出るはずがない、と焦っているのかもしれない。


「も、申し訳ありません」


 私は震える手で、リンゴをお皿に戻す。

 片方の手は口元を押さえ、もう片方の手はお腹をさする。


「実は〝悪阻つわり〟が酷くて、もう何日もまともに食事を取っておりませんの」

「ワラキア公夫人、あなた、妊婦なの!?」

「え、ええ……。リンゴならば、食べられると思ったのですが、無理だったようです」

「そ、そうだったのね。どうして先に言ってくれなかったの?」

「悪阻の症状は出ておりましたが、医者が言うには、まだ妊娠の可能性があるだけの段階でしたので……」

「魔法医の診断は受けなかったの?」

「は、はい。検査のさいの魔導波が母胎によくない、と母が言うものですから」


 妊娠初期であれば、医者の診断だけで判断するのは難しい。けれども魔法医ならば、魔力の波動から妊娠の有無を調べることも可能である。

 けれども魔法をよく理解していない者の間で、検査の際の魔導波が母子に悪影響を与える、という根拠のない噂が広がっていたのだ。それを利用し、言い訳とさせていただく。


「紅茶だったら飲めるかしら?」

「いえ、難しいかと思われます」

「だったら柑橘類を搾った果汁は? さっぱりしたものならば、口にできるかもしれないわ」

「今は侍女が淹れてくれたお茶しか受け付けなくて」

「そう……」


 呪いがかけられたリンゴを売っている、という話を聞いてしまったら、カンタクジノ家で用意された物は口にできなくなる。

 悪阻を理由に、すべて断ったほうがよさそうだ。


「夜会は大丈夫なの?」

「ええ、せっかくご招待いただいたので、少しだけでも参加させていただきたいです」


 もちろん、ご迷惑でなければ、という言葉も付け加える。


「迷惑ではないわ。でも、無理はしないでね」

「はい、ありがとうございます」


 カンタクジノ夫人はそこまで悪いお方ではないのか。

 もしかしたら、呪いのリンゴについて知らない可能性もある。だとしたら、気の毒としか言いようがない。


 夜会はすぐに始まるようだが、カンタクジノ夫人から少し休んでおくように言われる。

 彼女が去ったあと、はーーーーー、と盛大なため息が零れた。

 ゾフィアが私を心配そうに覗き込んでくるが、一言、平気だということだけ伝えておいた。

 どこに耳目があるかわからないので、余計なことは口にしないほうがいいだろう。


 広間のあるほうから、楽団の演奏が聞こえてきた。夜会がどうやら始まったようだ。

 一時間ほど客間で待機したのちに、私もゾフィアやコーマン卿と共に広間のほうへ向かう。


 途中、コーマン卿の入場は遠慮いただくよう、使用人の一人に止められてしまった。なんでも親睦を目的とした集まりなので、帯剣する者は入れないようだ。

 コーマン卿は剣は預けておくと主張するも、認めてもらえなかった。

 仕方がないので、少しの間ここで待っておくように言っておく。

 コーマン卿は捨てられた犬のような顔で、私達を見送ってくれた。

 

 入場前に、筆頭執事がご丁寧に名前をコールしてくれた。


「ワラキア公ご夫人、エリザベル・バートリ・ドラクレシュティ様、ご入場!」


 皆の注目が一気に集まる。ひっそり入場して、壁の花になって会場の雰囲気を確認してから、交流しようと思っていたのに。計画があっさり崩れてしまう。

 ただ、私の周囲に人が集まってくるどころか、「バートリ家の吸血姫?」と恐れるような言葉が聞こえてきた。


 顔見せが目的なだけなので、別に誰かと縁故を繋ぎたいわけではない。

 ただこれで引き下がっては、ブラッド様の妻として、いかがなものか、と思ってしまう。


 誰か話しかけやすい人はいないだろうか、と辺りを見回すが、皆、私と目が合いそうになった途端にサッと顔を逸らす。

 バートリ家の吸血姫の二つ名が強すぎるせいで、視線すら合わせてもらえないようだ。

 どうしたものか、と思っていたら、背後より陽気な声で話しかける者が現れた。


「ワラキア公夫人、奇遇だね」


 振り返った先にいたのは、正装姿のルスランだった。

 昼間着ていただらりとした服とは異なり、前身頃に金糸の飾り紐があしらわれている詰め襟の長衣に、立派な刺繍が入った帯を巻いた、アトウマン帝国式の正装姿でいた。


「まあ、イスハーク様、奇遇ですわね」

「本当に」


 ルスランは私の格好を、吸血姫そのもののようだ、と褒めてくれた。

 誰も話しかけてくれなかったのは、この格好も原因の一つだったようだ。

 彼のおかげで、緊張が解れたような気がする。


 会話の途中で、ルスランのもとに彼と同じような格好をした男性が数名やってきた。

 衣装の刺繍や装飾をちらりと確認したのだが、皆、ルスランよりも上等な服を着ているように思えた。

 ルスランよりも高官なのは見て取れる。

 皆、背が高く大柄で、なんだか威圧感を覚えていた。


「みんな、彼女がさっき話した、トカイワインの仕入れを手伝ってくれるワラキア公夫人だよ」


 ルスランがそう説明するや否や、興味津々とばかりの視線を向ける。

 表情もにこやかなものになったので、なんだか大型犬に囲まれているような気持ちになった。


 ルスランが彼らが商団の仲間である、と紹介してくれた。

 皆、外国語が堪能で、ウィットに富んだ会話で楽しませてくれた。強面だが、楽しい方々だった。

 私がバートリ家の吸血姫だとわかるやいなや、興奮した様子で話しかけてくる。

 こうして個人と話をしたら、皆、いい人だというのがわかった。彼らがワラキア公国と良好な関係を築いている国の人達だったらよかったのに、と心の奥底から思ってしまう。


 ルスラン達と別れたあと、勇気を振り絞って近くで手持ち無沙汰な様子を見せていた女性に話しかけてみる。

 驚かせてしまったが、傍で私達の会話を聞いていたのか、普通に接してくれた。

 そこから、怖くないと判断されたようで、次々と話しかけられる。

 ブラッド様の妻として、最低限の交流はできただろうか。

 なんて安堵していた瞬間、事件が起こる。

 広間を照らしていたシャンデリアの灯りが突然消えたのだ。

 真っ暗となった会場で、突然、何者かに腕を掴まれてしまった。

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