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バートリ家の吸血姫(※誤解)とワラキア小竜公のありえない婚礼  作者: 江本マシメサ
第三章 通商の街プネにて

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呪いのリンゴ

 その後、ルスランと別れ、私達はひとまず宿に戻ることとなった。

 ブラッド様はスタン卿やコーマン卿を引き留め、ルスランについて話を聞く。


『あのアトウマン帝国の商人について、お前達はどう思った?』


 まず、スタン卿が答える。


「商人と名乗っておりましたが、武術の心得がかなりあるお方だと思いました」


 その感想に、コーマン卿も大きく頷く。


「食堂にいたとき、つい癖で、意味もなく剣の柄に手を触れてしまったんです。そのとき、視線が一瞬だけこちらに向いて、ゾッとしました」

『なるほど』


 普通の商人ならば、剣に触れただけでは気づきもしないだろう。

 一瞬の行動にも目を光らせるとは、ただ者ではない。


『異国の地に足を踏み入れているということで、常に気を張っていたのかもしれないな』


 ピンと張り詰めた警戒の糸は、私達の発言にも不審な点がないか探りを入れられていた可能性がある。


『呪術に精通しているようだったが、それに関して気になる点があった』


 それ以上、ブラッド様は何も話さず、口を閉ざす。

 おそらく違和感レベルの話なので、自分の中に秘めておくつもりなのだろう。

 何はともあれ、ルスラン・イスハーク――彼がただの商人ではない、という意見は皆の中で一致していたようだ。


『味方であれば頼りになる男だろうがな』


 アトウマン帝国の出身である以上、この街で友好な態度を見せても、外に出たらわからない。敵となって、牙を剥く可能性だってある。


『やはり、弱みは見せたくない相手だな』

「ええ……」


 夜はカンタクジノ家の屋敷で夜会が開かれる。夕方になるまで、しばし休むようにブラッド様から言われた。


「では、少しお昼寝をしましょうか」


 そう言ってブラッド様を抱き上げたが、ジタバタと手足をばたつかせる。


『いや、私は少し考え事をしたい!』

「寝台の上でも考え事はできますよ」


 そう言って、私はブラッド様を布団の上に寝かせる。


「わたくしは楽な格好に着替えてきますので、待っていてくださいね」

『いや、その』

「お嫌なのですか?」

『そういうわけではないのだが……わかった』


 ゾフィアの手を借りてシュミーズドレスに着替え、上からガウンを着込んで戻ると、ブラッド様はお腹を上にして、スースーと寝息を立てていた。

 街中でいろいろなことがあって、疲れたのだろう。

 結婚式の変化魔法をした魔力も回復していないだろうから、ゆっくり休んでほしい。

 私もブラッド様の隣に寝転がり、瞼を閉じる。

 ブラッド様の寝息が子守歌のように聞こえたのか、すぐに寝入ってしまった。


「エリザベル様、エリザベル様――」

「!?」


 セラのハキハキとした声で目覚める。

 部屋の窓から夕日が差し込み、時間の経過をこれでもかと思い知った。

 ブラッド様は私の布団に潜り込み、熟睡しているようだ。

 起こさないように起き上がり、部屋を移動する。

 ゾフィアは私を待ち構えていたようで、どのドレスがいいか、と聞いてきた。

 招待された側なので、控えめなドレスがいいのか、と思ったものの、気弱な印象を持たれてしまったら困る。

 私はワラキア公の妻だ。他人に見下されたり、侮られたりしたら、夫であるブラッド様の名にも傷が付く。

 まずは見た目から強く在らなければならないだろう。

 そう思って、ブラッド様の瞳の色を思わせる、ファイアレッドのドレスを選んだ。

 化粧もいつもより濃い仕上がりになるようお願いし、髪型も編み込みで結い上げるアップスタイルにしてもらった。

 両親が持たせてくれたダイヤモンドの耳飾りや首飾りを装着した姿を鏡に映すと、なんだか強そうに見える。

 初めて、バートリ家の吸血姫にふさわしい姿でいるような気がした。


 眠っていたブラッド様は目を覚ましたようで、私の元へとやってくる。


『驚いた。エリザベルか』

「はい。カンタクジノ家の夜会のために、このような格好を選んでみましたが、いかがでしょう?」

『よく似合っている』


 その言葉を聞いて、ホッと胸をなで下ろした。


『すまない。私はこのような姿だから、同伴はできないのだが』

「なんとか上手くやってみます」

『ああ、頼んだぞ』


 ここでブラッド様は思いがけないことを言ってくれた。


『もしも何か判断を迫られたような瞬間があれば、エリザベルが最善だと思う方向に進んでほしい。私のことは気にしなくてもいいから』

「いえ、そういうわけにはいきません」

『私はエリザベルの選択を信じている。正しいと思う道を進むのだ』


 まさかの言葉に、どう反応をしていいものかわからなくなる。

 ただ、夜会にはブラッド様は参加できないので、自分の判断でどうにかするしかないようだ。


 馬車の迎えがやってきた、という知らせを受ける。


『エリザベル、何かあったときは迷わず私の名を叫べ。竜の耳は、どこにいても聞こえるという話だから』

「わかりました」


 とても心強い言葉をもらい、少しだけ勇気が湧いてきた。

 頑張って、カンタクジノ家での夜を乗り切らなければ。


 ゾフィアと護衛役のコーマン卿を引き連れ、再度、カンタクジノ家を訪問する。

 招待されたのは私だけでなく、プネを訪問した各地の貴族が集まっているようだ。


 案内された部屋に行くと、カンタクジノ夫人が私を待っていた。

 年は五十代半ばくらいだろうか。ワインレッドカラーのドレスがよく似合う、美しいお方だ。


「ワラキア公夫人、ようこそおいでくださいました。どうぞ、おかけください」

「ありがとうございます」


 夜会が始める前にお茶を囲んで、親睦を深めてくれるらしい。

 侍女がお茶と茶菓子を運んでくる。


「料理長自慢の焼き菓子を、と思ったのだけれど、今は果物が旬だと思って」


 カンタクジノ夫人の言葉と共に運ばれてきたのは、白鳥の形にカットされたリンゴである。

 それを目にした瞬間、どくん、と胸が嫌な感じに脈打った。

 それは、昼間、第四区画で見かけた、カンタクジノ家の領地で作られたリンゴと同じように見えたから。


 動揺を悟られないよう、笑みを浮かべて感想を述べる。


「まあ、リンゴを白鳥の形にカットするなんて、まるで芸術品のようですわ」

「そうでしょう? ここ最近、お客様にお出ししているんだけれど、好評なの」


 私は震えそうになる声で問いかけた。


「ああ、こちらはもしや、カンタクジノ家の領地で作られたという、人気が高いリンゴですの?」


 その瞬間、カンタクジノ夫人の瞳が妖しく輝いたような気がした。


「あら、ご存じだったのね。そうなの。これは領地で採れたリンゴで、とてもおいしいと評判なのよ」


 呪術についての知識がない私は、ブラッド様やルスランが感じていたような違和感は覚えない。

 けれども、これを食べてはいけない、と私の勘が告げていた。

 断れば、カンタクジノ夫人の歓迎を無下にする、失礼極まりない客人だ、という噂が流れてしまうだろう。


 カンタクジノ夫人は確実に呪いをかけようとしているのか、「たくさん召し上がってちょうだい」とにこやかに勧めてきた。


 どうすれば、角が立たないようにして、この場を切り抜けられるのか。

 もしもリンゴをうっかり落としてしまっても、代わりを用意されるかもしれない。

 確実に、食べなくてもいい理由がなければ、この場を切り抜けられないだろう。


 ブラッド様は私に選択するよう言ってくれたのに、早速大ピンチである。


 時間稼ぎとして、カンタクジノ夫人もどうぞ、なんて言ってみたのだが……。


「私もいただきたかったのだけれど、お腹がいっぱいで」


 その手があったか! と思う。けれども私も、と言ったら不審がられるだろう。


 呪われているのではないか、と指摘して回避するのも一つの手だが、カンタクジノ家の人々には無害な女だと思わせておきたい。


 どうすればいいのか――と心の中で頭を抱えつつ、視線を宙に泳がせていたら、マントルピースの上に飾られた聖画イコンが目に付く。

 それを見た瞬間、「これだ!!」と思った。

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