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腹の探り合い

 カンタクジノ家の当主は穏やかなようで、瞳の奥は常にこちらを探っているようだった。

 ブラッド様の言うとおり、隙を見せてはいけない、油断ならない人物のようだ。


「息子が会って早々に失礼を働いたようで」

「いいえ、お気になさらず」


 会話が途切れる。こちら側からの謝罪を待っているのかもしれないが、それを口にしてしまえば、息子の話題となってしまうだろう。

 これ以上情報を与えるわけにはいかないので、黙っておいた。


「このあと、息子に街の案内をさせるつもりだったが、具合が悪くなったと言っていて……申し訳ない」

「いえいえ。お大事に、とお伝えください」


 代わりの者を、と言われないよう「街の案内は騎士に頼みますので」と言っておく。

 話すことは尽きたように思えるのだが、なかなか解散とならない。

 おそらくカンタクジノ家の当主は私という存在を探っているのだろう。

 用心すべき相手か、それとも取るに足らない相手なのか。

 ここは目を付けられるよりも、気にするべき者ではない、と思われていたほうがいいのかもしれない。


「今回は視察の他に、珍しい舶来品はくらいひんを求めてやってまいりましたの。何かよい品が入った、というお話は聞いておりますか?」


 そんな質問を投げかけた途端に、カンタクジノ家の当主の表情が硬くなる。

 聞いてはいけない質問だったのか? よくわからない。


「舶来品、か。例えば、どのような品をお求めなのか?」

「宝飾品や鞄、傘などの品物ですわ」


 そう答えた途端に、カンタクジノ家の当主の表情が柔らかくなる。


「ああ、それらの品であれば、妻のほうが詳しい。夜会の際に、何か紹介するように言っておこうか」

「ありがとうございます」


 ここでようやくお開きとなった。

 カンタクジノ家の当主は私に滞在する部屋を用意しようか、と聞いてくれたが、宿を予約しているので、と丁重に断る。

 もしも要注意人物と見なされたら、強制的にここに泊まるように言われていただろう。

 無事、解放されたので、胸をなで下ろした。


 カンタクジノ家の前には、スタン卿が手配してくれた馬車が用意されていた。それで宿まで向かう。

 予定ではそのまま街の視察に行く予定だったのだが、なんだか酷く疲れてしまったのだ。


 他の人達も同様だったようで、馬車の中では無言だった。

 宿は石造りの大きな施設で、魔石仕掛けの昇降機が売りらしい。最上階の部屋を用意してくれたようで、街を見下ろせるような絶景が窓の外に広がっていた。

 ブラッド様の部屋も用意されているようだが、少し話したいと言って、残ってもらう。

 ゾフィアとセラは、しばし休んでもらうよう下がらせておいた。


 二人がいなくなると、ブラッド様はかごからひょっこりと顔を覗かせ、私に声をかけてくれた。


『エリザベル、ご苦労だった。疲れただろう?』

「ええ、その、少々……」


 ブラッド様がかごから出ようとジタバタしていたので、抱き上げて長椅子に座らせてあげた。


『む、すまない』

「いえいえ」


 ゾフィアが淹れてくれた紅茶を飲み、ホッと息を吐く。


『いきなりカンタクジノ家の当主がおでましとはな』


 かなり用心深い人物のようで、挨拶するならば夜会のときだろう、とブラッド様は想像していたらしい。


『息子がやられて、どういうことかと気になったのだろうな』

「ええ」


 ブラッド様に息子がいる、という情報も想定外だったのだろう。


『はは! あいつの顔を思い出しただけでも笑える。私の息子について情報を上手く聞き出そうとしたのに、エリザベルがサラリと流すから!』


 やはり、あの場は話題に出さなくて正解だったようだ。


『あのカンタクジノ家の当主を翻弄するとは、エリザベル、お前は腹芸の才能があるぞ』

「偶然ですわ。ずっと、蛇に睨まれた蛙のような心地を味わっておりましたので、ご当主様とやり合っているつもりはございませんでした」

『謙遜するな』


 カンタクジノ家の当主がこれまで見たこともない、悔しそうな表情を浮かべていたと言うが、私はまったく気づかなかった。ほんの些細な表情の変化だったのだろう。


『思っていた以上の収穫もあった』

「収穫、ですか?」

『ああ』


 まったく手応えなどなかったのだが、ブラッド様から『よくやった』と褒められてしまう。


「わたくしはいったい何をしたのでしょうか?」

『会話の中に出てきた〝舶来品〟という言葉だ。おそらく、何かの取り引きで使う暗号なのだろう』


 たしかに、あのときだけ表情が硬くなった。

 ブラッド様曰く舶来品という言葉は、酷く古めかしい言い方だという。


『通常は輸入品としか呼ばないだろう』


 言われてみれば、母より年代が下の人達から聞いた覚えがない。


「たしかに、祖母世代が使っていたような気がいたします」


 祖母から昔の舶来品をよく見せてもらっていたので、いつの間にか言葉が染みついていたのだろう。


『カンタクジノ家の当主は舶来品と称した怪しい品物を、取り引きしているに違いない』


 いったい何を取り扱っているというのか。その辺は街を散策していたら、何かヒントを得られるかもしれないという。


「今後は、舶来品という言葉は口にしないほうがいいようですね」

『そうだな』


 平和だと思っていたプネに、不穏な風を感じてしまった。


『私の視察が数ヶ月なかっただけで、このような状態となっていたとはな』

「街の様子も、しっかり見て回る必要がありそうですね」


 ここはワラキア公国の経済を支えるかなめとなるような場所だ。

 もしも秩序が乱れてしまえば、ワラキア公国につけいる隙となってしまうだろう。


『出かける前に、街について説明しよう。ペンと紙はあるだろうか?』

「ご用意します」


 羊皮紙をテーブルに広げ、羽根ペンとインクも添えておく。

 ブラッド様は小さな手で羽根ペンを握り、先端をインクに浸す。


『プネは四つの区画に分かれている』


 入ってすぐの天幕市場グランドバザールは、商品の性質、品質などが、他よりすぐれている商店が出店している区画らしい。


『この天幕市場がある場所が、第一区画。今、私達がいる場所が、第二区画だ』


 第二区画はそこから西へ行った場所にある、宿や食堂が集まった場所らしい。


『そこからさらに進んだ先が、第三区画で、ここは正直、治安が悪い商店が並ぶ通りだ』


 ただ、こういった場所もあえて作っているのだという。でないと、皆、隠れて悪さをするようになるから、というのがブラッド様の言い分であった。


『最後、第四区画はカンタクジノ家の当主が牛耳っている場所だ』


 布や宝石、輸入雑貨など、ほどほどのいい品が売られているようで、観光客や仕入れの商人から評判がいいらしい。


『以上だな』

「勉強になりました」


 あとは実際に、街を歩いたほうが理解が高まるのだろう。


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