表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/50

到着、そして……

『給…………餌だと!?』

「はい」


 セラは悪びれもない様子で、大きく頷いた。

 こういうとき、女主人としてセラを窘めたほうがいいのだろうが、私も呆然とするばかりで、何も言葉が出てこなかった。

 代わりに、ゾフィアが物申してくれた。


「セラさん、給餌というのは、ワラキア公に対してあんまりかと」

「そう、でしたね。教養と分別がそこまでないもので」


 セラはブラッド様に対し深々と頭を下げ、「過ぎた言葉でした」と謝罪していた。

 けれどもブラッド様は『給餌……給餌……!』とぶつぶつ呟くばかりで、聞く耳なんぞないように思える。


 何を思ったのか、ブラッド様はティーカップを小さな手で引く寄せ、ごく、と飲んでいた。


『ま、まずい!!』


 そんな感想を述べたあと、もう一度、私に飲ませてくれないかと頼んでくる。

 言われた通りカモミールティーを飲ませてあげると、ブラッド様は叫んだ。


『お、おいしい!!』


 そんな正反対の反応を見せたあと、ブラッド様は頭を抱える。

 しばし思い悩むような様子だったが、何か気づいたのかハッとなった。


『そういえば、父も母から与えられた食べ物のみ、口にしていたような気がする』


 似た者親子なのですね……という言葉は喉から出る寸前で飲み込んだ。

 なんとなく、ブラッド様は指摘されるのを嫌がりそうな気がしたから。

 セラも学習したようで、明後日の方向を向き、口元に手を当てていた。いらぬ発言をしないように努めているに違いない。


『まさか、この私が父と同じ道を歩むことになるとは……! いい年をして、母から〝あ~ん〟なんてしてもらっている父を見ては、恥ずかしいと思っていたのに!』

「ま、まあ、お義父様にとっては、大切な夫婦の時間だったのかもしれませんね」

『たしかに、父だけでなく、母も楽しそうだった』


 息子であるブラッド様が成人し、二十歳を超えても夫婦関係は変わらず、仲睦まじい様子を見せていたようだ。


「わたくしも、先ほどのように、ブラッド様と同じ飲み物や食べ物を囲み、共に味わうというのは、とても楽しく思っておりました」

『そう、だな。私も楽しかった』


 ならば、この先もそういった時間を大切にしよう。

 そんなささいなことを、私達は誓い合ったのだった。


 ◇◇◇


 それから強風の渓谷を抜け、霧の平原を進み、雨が降る丘を飛んでいく。

 途中、休憩を入れつつ、目的地である通商の街プネに到着した。

 街の近くにはワイバーンが翼を休める施設があり、そこに竜車も置けるようになっているらしい。

 窓の外を覗き込むと、天幕がたくさん張られた街の様子が確認できた。

 遠目だが、人で賑わっているのがわかる。


 街中だとブラッド様は目立ちそうなので、かごを用意していたのだ。

 底にはやわらかな布を広げているので、居心地もいいだろう。


「ブラッド様、こちらにお入りください」

『ああ、街中で人目を集めないように、かごを準備したと話していたな』

「はい。こちらがその品です」


 ブラッド様はかごの中を興味津々とばかりに覗き込む。


『思っていたよりも深いな』

「ええ。上から布を被せますので、閉塞感がないように、大きめのかごを選びました」

『そうか。感謝する』


 ブラッド様はさっそく中に入ろうと、飛び上がってかごの縁を握った。

 そのまま体を翻して入ろうとするも、まるまるとした体がそれを許さない。

 翼をパタパタ動かして飛行しようとするも、残念ながら体は浮かばず……。

 見かねた私が、ブラッド様の体を抱き上げ、かごの中へと入れてあげた。


「ブラッド様、かごの中はいかがですか?」

『まるで〝ゆりかご〟のようだな』


 その言葉を聞いたゾフィアが、吹き出し笑いをしそうになる。けれども口を押さえ、なんとか我慢したようだ。

 セラは一見して無表情のように思えたが、口元が僅かに弧を描いているように見えた。

 内心、面白いと思っているのかもしれない。

 もう少し長く過ごしたら、セラの感情も読み取れるようになりそうだ。


 ブラッド様のかごを片手に、馬車から降りる。

 外にはスタン卿とコーマン卿が待ち構えていた。


「お二人とも、ご苦労様でした」


 労いの言葉をかけると、スタン卿とコーマン卿は胸に手を当てて会釈を返してくれた。

 そこにいたのは彼らだけでなく、黒髪に琥珀色の瞳を持つ、二十歳前後の青年の姿もあった。

 仕立てのよいジャケットにズボンを合わせた姿を見るからに、良家の子息だろう、というのは一目でわかる。


「どうもはじめまして。私はカンタクジノ家のイアンと申します。ワラキア公夫人がいらっしゃると聞いて、駆けつけてまいりました」

「はじめまして、わたくしはワラキア公の妻、エリザベル・ドラクレシュティと申します」

「お目にかかれて光栄です」


 カンタクジノ家のイアンというと、当主の長男だ。愛想がいいようで、笑顔を振りまいていた。


「ワラキア公夫人、どうぞ我が家へ。案内いたします」


 二台の馬車が用意されていたようで、ゾフィアとセラが後続車に乗るようにイアンは勧める。スタン卿とコーマン卿には、馬を用意してくれたようだ。


「ワラキア公夫人はこちらへどうぞ。街をご案内しますので」


 嫌な予感がしていたが、どうやらイアンと二人きりでの乗車となるらしい。

 さすがにこれはよくない、と判断し、お断りさせていただく。


「わたくしは侍女達と乗りますわ」

「遠慮せずに、どうぞ」

「いえ……」


 ここで強く拒絶したら、イアン個人だけでなく、カンタクジノ家の不興を買いそうだ。

 ゾフィアが物申そうと一歩前に出てきたものの、首を横に振って彼女を制した。

 さすがに、貴族の子息相手に侍女が意見することを許してはいけない。

 どうしたものか、と考えていたら、イアンが想定外の行動に出る。

 なんと、かごを持つ私の腕を掴んで、ぐいぐい引き始めたのだ。


「ささ、足下に気をつけながら乗ってくださいね」


 このままだと馬車の中で、イアンと二人っきりになってしまう。

 頬を叩くしか制止させる方法はないと思っていたのに、想定外の展開となった。


 バチン! と叩く音が響き渡る。

 なんと、驚いたことに、ブラッド様がかごから顔を出し、私の腕を掴んでいたイアンの手を叩き落としたようだ。


「なっ、竜!?」


 この竜はなんだ!? という視線がこれでもかと突き刺さる。

 ブラッド様ご本人だと言うわけにもいかないので、とっさの設定を口にした。


「こ、この子は、わたくしとブラッド様の、愛の結晶ですわ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ