旅立ち
結婚式の翌日には、要塞で働く人達にごちそうが振る舞われた。
白鳥の丸焼きに、焼きたてのパン、鳩のミートパイに、鍋いっぱいのスープなど、一日では食べきれないくらいの量が用意されていたらしい。
ブラッド様の母君が亡くなり、宴も自粛していたようで、皆、久しぶりに楽しい時間を過ごしたようだ。
結婚式から三日後――本日から視察と称し、牛の頭蓋骨の謎を調査するため、通商の街プネに向かう。
プネまではワイバーンに乗って行くようだ。
スタン卿とコーマン卿が騎手兼護衛として同行してくれると言う。
父君は目覚めたようで、モフモフと遊んでいるらしい。
モフモフに旅行についてくるか聞いたところ、父君と一緒に遊びつつ、言語の練習をすると言う。
ストイカが見守ってくれるようなので、任せても大丈夫だろう。モフモフとはしばしのお別れとなった。
プネはワラキア貴族のカンタクジノ家が、二年ほど前から仕切っているらしい。
カンタクジノ家がプネを管理、監督するようになってからというもの、大きな事件は起きていないようだ。
なんでもプネは、下手な権力者が実権を握ったら、犯罪の温床に利用されるような危うい場所だと言う。
カンタクジノ家は神聖帝国の教皇の信頼も厚い家門だが、ブラッド様は距離を置いていると話していた。
『隙を見せたら、立場などあっという間に奪われるような世の中だからな。私は特定の者達となれ合うつもりはない』
私のプネ視察については、すでにカンタクジノ家に伝えられているという。
歓迎の手紙と共に、夜会へのお誘いもあった。
ブラッド様は無理して参加する必要はない、と言っていたものの、私はワラキア公国内で顔が知れているわけではない。
バートリ家の吸血姫がワラキア公に嫁いだ、となれば別の悪評を引き寄せてしまう可能性もある。
一度だけでも、社交場に顔を出しておくべきなのだろう。
そんなわけで、出発となる。
竜車に乗り込み、目指す先はプネだ。
前回のようなアトウマン帝国の襲撃を警戒し、遠回りをしてプネを目指すらしい。
風の強い渓谷や、霧深い地域など、普通であれば避けるような場所も敢えて進んでいくという。
その辺りはワイバーンの騎手達が常日頃から訓練している場所で、自分達の庭のような感覚で空を飛べるらしい。
コーマン卿曰く、プネまで四時間ほどで到着するのではないか、と話していた。
彼はワイバーンに騎乗した状態で護衛任務に就くらしい。
「何かあったときは、窓を広げて話しかけてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
『コーマン卿、しっかり務めるように』
「はっ!!」
コーマン卿は元気いっぱいと言わんばかりの敬礼をブラッド様に返していた。
さっそく竜車へ乗り込む。
ブラッド様は私の隣に腰掛けた、向かい合う席に、ゾフィアとセラが座る。
ゾフィアはブラッド様が一緒だからか、緊張の面持ちでいるようだ。
今回はセラも一緒に同行するのだが、彼女からはワラキア公国の礼儀やしきたりなども、教わる予定だ。
楽しい旅行というわけではないのに、不思議とわくわくしている自分がいる。
今回の旅行で、何か成果が得られますように、と祈るばかりだった。
ワイバーンはひと鳴きしたのちに、大空へと飛び立った。
風が強いと聞いていたので、竜車はとてつもなく揺れるのではないか、と思った。
けれどもスタン卿の制御は完璧で、天候の影響はまったくない。
ただ、車内は曇天が広がるような空気が漂っている。
気まずげな様子のゾフィアに、真顔で無言を貫くセラ、二人の侍女に気遣ってか静かに過ごすブラッド様――シーーンと静まり返る中、私はある提案をする。
「お茶にしませんか?」
セラは頷き、竜車に備え付けてあった折りたたみテーブルを出してくれる。
私とブラッド様の分のカップしか用意しなかったセラに、ある頼みをした。
「あの、皆で飲みたいので、人数分、用意していただけますか?」
「承知しました」
セラは拒否などせず、淡々とお茶の用意をしてくれた。
ゾフィアが魔石ポットを使って湯を用意している間、セラは革袋を取りだし、口を縛っていた紐を解く。
そこに入っていたのは、乾燥させたカモミール。
この国では紅茶よりも、薬草茶や珈琲が好まれているらしい。
紅茶ばかり出ていたのは、紅茶文化で育った私に対する心配りだったのだろう。
ティーポットにたっぷりの茶葉を入れ、湯を注ぐ。その後、しばし蒸らすようだ。
続けてセラが出してくれたのはダークチェリーを蜜漬けにしたものを使って焼いたケーキであった。
蒸らされた薬草茶をゾフィアが注いでくれる。砂糖か蜂蜜を入れるか聞かれたものの、まずは素材の味を楽しみたい。
カモミールティーはリンゴみたいな甘い香りに、すっきり爽やかな味わいが特徴だ。
それと、ダークチェリーケーキがよく合う。
ブラッド様は竜の体なので、食べ物や飲み物は必要としないらしい。
一応、セラはブラッド様のお茶を用意していたものの、口を付けていなかった。
『エリザベルが食べたり飲んだりしているのを見ると、おいしそうに見えるから不思議だ』
「おいしいですよ。カモミールティーだけでも、飲んでみますか?」
『まあ、そうだな』
そのままでは熱いと思い、ふーふーして冷ましてあげる。
「はい、どうぞ」
目の前にカップを持っていき、差しだしてあげると、ブラッド様はしばし躊躇うような様子を見せていたが、自分で持ったまま飲めないと判断したようだ。
小さな舌先をチロチロ動かし、カモミールティーを味見する。
『ふむ、うまい!』
「よかったです」
ダークチェリーケーキも食べさせてあげたが、おいしいと絶賛していた。
さすが、お城の料理人特製のケーキである。
よほどおいしかったのか、ブラッド様はご自身でダークチェリーケーキに手を伸ばし、ぱくんと頬張っていた。
しかしながら、すぐに『ウッ!!』とくぐもったような声をあげる。
最終的に、セラが差しだしたハンカチに吐き出していた。
『なぜだ! 自分で食べると死ぬほどまずい!』
そんな叫びに、セラがボソリと指摘するように言った。
「エリザベル様の愛ある給餌でないと、おいしく感じないのでは?」




