結婚式
年頃は二十代半くらいか。
眼光鋭く、いっさい隙がない様子は孤高のオオカミを思わせる。
彼はいったい誰なのか? と首を傾げていたのだが、純白の衣装の胸元で私が刺繍を施したタイが揺れていた。
ここでハッと気づく。
「も、もしかして、ブラッド様ですか?」
「そうだ。よくわかったな」
ブラッド様は私の手を握り、祭壇の隠し扉から引き上げてくれた。
「変化魔法が間に合ってよかった。これが、私の本来の姿だ。急遽、魔法で造ったものになるが」
「そう、だったのですね」
「驚かせてすまない。成功する自信がなかったゆえ、言い出せなかったのだ」
「ブラッド様……!」
「幼竜姿で結婚式を挙げさせるわけにはいかない、と精一杯努めたのだ」
まさか、私のために本来の姿に変化して、結婚式に参加してくれるなんて。
感激で、胸がいっぱいになる。
「エリザベル、夜は短い。早く結婚式を済ませよう」
黄金の祭服に身を包んだ司祭様もすでにいて、目が合うとぺこりとお辞儀をしてくれた。
教会内は蝋燭の灯りで照らされており、皆、頭巾を深く被った格好でいる。
夜闇に紛れるようにしてやってきたので、皆、あのような姿なのだろう。
それぞれの手にも蝋燭がともった燭台を手にしていたので、こう、独特な雰囲気となっている。
司祭様は黄金の燭台の前に立ち、参列者が賛美歌を歌う。
人数は少ないものの、美しい歌声は礼拝堂によく響く。
祝福を浴びているような気持ちになり、感極まってしまった。
結婚式は司祭様のありがたいお言葉から始まり、夫婦となるブラッド様と私へのお祝いの言葉に続く。そして、夫婦の暮らしが幸せであるよう祈りを捧げたのちに、神からの結婚の教えと説教を司祭様が読み上げる。
続いて、結婚の儀が始まる。
この国では参列者の前で愛を誓う言葉は読み上げられない。
私はブラッド様に嫁ぐため、改宗したのちに、ワラキア公国へやってきたのだ。
この国では結婚式のさいに、婚配機密と呼ばれる、結婚における恩寵が与えられるための儀式が行われる。
まず、血の色に近いワインを飲み干してから指輪の交換を行うのだが、三回嵌めたり、外したりという行為を繰り返す。これは父、子、聖霊を表すための儀式でもあるようだ。
続いて司祭様が手に取るのは銀色の冠。
この冠は〝殉教〟の象徴であり、結婚を経ても神の威徳は変わらず、命が尽きるその日まで信仰を続けるという、決意の形でもあるようだ。
ブラッド様の冠はストイカが、私の冠はゾフィアが被せてくれた。
そして、銀杯に満たされた甘いワインをブラッド様と共に飲み、夫婦となってすべての感情を分かち合うことを誓う。
最後に司祭様が結婚成立の宣言をする。
「今、お二人の結婚が成立したことを宣言します!」
冠を脱ぐと、結婚式の儀式は終了となる。
ブラッド様と私は手を繋ぎ、地下通路を通って寝室へと向かった。
「エリザベル、すまない」
一言謝罪したのちに、ブラッド様は私を抱き上げ、全力疾走する。
あっという間に私の寝室に行き着き、押し倒されるように寝台へ転がる。
「はあ、はあ、はあ、はあ……ううっ!!」
ブラッド様は顔を赤くさせ、額に浮かんでいた汗が涙みたいに頬を伝っていく。
「あの、ブラッド様……?」
汗を拭おうとした瞬間、ブラッド様の体は光に包まれ――。
『ぎゃあ!!』
悲鳴を上げたブラッド様は、小さな体となり、球のようにコロコロ転がっていった。
『くっ、こ、この~~~~~!! 結婚式の晩くらい、元の姿で過ごさせてくれてもいいものを~~~~~~!!』
ブラッド様は幼竜姿になっていた。どうやら変化魔法が解けてしまったようだ。
『エリザベル、また、このような姿となってしまった。すまない』
「いいえ、お気になさらず。元のお姿となったブラッド様が素敵すぎて、緊張しているところでしたの」
『素敵!? 私はエリザベルが気に入るような見目だったのか!?』
「はい、とても立派なお姿でした」
『ふふ、そうか。頑張ってよかった』
なんでも私がやってくる五分前に、変化魔法を成功させたらしい。
『ストイカなんか、無駄な抵抗はおやめください! って焦った顔で叫んでいたな』
「変化魔法はとても難しいので、無理しないように言いたかったのでしょうね」
『あいつは心配性なのだ』
嬉しそうにしていたブラッド様だが、突然、しょんぼりするように背中を丸めた。
『今日くらいは、元の姿でエリザベルと共に寝たかったのだが』
そう発言したあと、何かに気づいたのか、ブラッド様はハッとなる。
『あ、いや、初夜をしたかったとか、そういう話ではない!! いや、初夜がしたくないわけでなく、これは、父の体ゆえ、そもそも初夜などできない!!』
「はい、わかっております」
何もかも、問題が解決しない限り、ブラッド様とは真なる夫婦にはなれないのだ。
今日、結婚式を挙げられただけでも、私の心は満たされている。
『余所の宗教だと、永遠の誓いだとか言って、その、口づけをするという噂を聞いたことがあるのだが、本当だろうか?』
「ええ、ございますよ」
『そ、そうか』
この国に伝わる結婚式だと、そのような行為はない。
ホッとしたような、物足りないような、そんな気分だった。
『その、エリザベル、似たような儀式を今、してもいいだろうか?』
「どのようなことをなさるのですか?」
『この体は父のものゆえ、エリザベルと口づけなど許さない。その代わり、額を合わせて永遠を誓うことはできよう』
それならば、私も応じることができる。
「わかりました、ブラッド様」
私は一言断ってからブラッド様を抱き上げ、額と額を合わせる。
どんなときでも二人で助け合い、慈しみ合い、悲しみであっても分け合えるような夫婦になれるよう、祈りを捧げたのだった。
「ブラッド様、本日はいろいろと、心気を砕いてくださり、ありがとうございました。わたくしは幸せな花嫁です」
「私も同じ気持ちだ。エリザベル、心から感謝する」
今日、私達は神様の前で愛を誓い、夫婦となった。
◇◇◇
翌日――ゾフィアがやってきたのだが、ブラッド様がいなくなったのを確認するや否や、まくし立てるように言った。
「エリザベル様、昨日の結婚式ですが、まるで、世にも恐ろしい串刺し公の生贄になる花嫁のようでしたよ!!」
頭巾を深く被った参列者が、蝋燭の灯りで照らされる様子が、余計にそういうふうに見せてしまったらしい。
「ワラキア公がエリザベル様を横抱きにして、嵐のように去ってしまったので、エリザベル様が串刺しにされているのではないか、と落ち着かない気持ちのまま、朝を迎えました!」
よくご無事で、とゾフィアは感極まったように言う。
「ゾフィア……。その、心配をかけましたね」
「本当ですよ!!」
あのあと、ブラッド様はすぐに幼竜姿になってしまったという話をすると、ゾフィアは安堵した表情を浮かべたのだった。




