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バートリ家の吸血姫(※誤解)とワラキア小竜公のありえない婚礼  作者: 江本マシメサ
第二章 ワラキア公の花嫁

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結婚式

 年頃は二十代半くらいか。

 眼光鋭く、いっさい隙がない様子は孤高のオオカミを思わせる。

 彼はいったい誰なのか? と首を傾げていたのだが、純白の衣装の胸元で私が刺繍を施したタイが揺れていた。

 ここでハッと気づく。


「も、もしかして、ブラッド様ですか?」

「そうだ。よくわかったな」


 ブラッド様は私の手を握り、祭壇の隠し扉から引き上げてくれた。


「変化魔法が間に合ってよかった。これが、私の本来の姿だ。急遽、魔法で造ったものになるが」

「そう、だったのですね」

「驚かせてすまない。成功する自信がなかったゆえ、言い出せなかったのだ」

「ブラッド様……!」

「幼竜姿で結婚式を挙げさせるわけにはいかない、と精一杯努めたのだ」


 まさか、私のために本来の姿に変化して、結婚式に参加してくれるなんて。

 感激で、胸がいっぱいになる。


「エリザベル、夜は短い。早く結婚式を済ませよう」


 黄金の祭服フェロンに身を包んだ司祭様もすでにいて、目が合うとぺこりとお辞儀をしてくれた。

 教会内は蝋燭の灯りで照らされており、皆、頭巾を深く被った格好でいる。

 夜闇に紛れるようにしてやってきたので、皆、あのような姿なのだろう。

 それぞれの手にも蝋燭がともった燭台を手にしていたので、こう、独特な雰囲気となっている。


 司祭様は黄金の燭台の前に立ち、参列者が賛美歌を歌う。

 人数は少ないものの、美しい歌声は礼拝堂によく響く。

 祝福を浴びているような気持ちになり、感極まってしまった。


 結婚式は司祭様のありがたいお言葉から始まり、夫婦となるブラッド様と私へのお祝いの言葉に続く。そして、夫婦の暮らしが幸せであるよう祈りを捧げたのちに、神からの結婚の教えと説教を司祭様が読み上げる。

 続いて、結婚の儀が始まる。

 この国では参列者の前で愛を誓う言葉は読み上げられない。

 私はブラッド様に嫁ぐため、改宗したのちに、ワラキア公国へやってきたのだ。

 この国では結婚式のさいに、婚配機密こんぱいきみつと呼ばれる、結婚における恩寵が与えられるための儀式が行われる。

 まず、血の色に近いワインを飲み干してから指輪の交換を行うのだが、三回嵌めたり、外したりという行為を繰り返す。これは父、子、聖霊を表すための儀式でもあるようだ。

 続いて司祭様が手に取るのは銀色の冠。

 この冠は〝殉教〟の象徴であり、結婚を経ても神の威徳は変わらず、命が尽きるその日まで信仰を続けるという、決意の形でもあるようだ。

 ブラッド様の冠はストイカが、私の冠はゾフィアが被せてくれた。

 そして、銀杯に満たされた甘いワインをブラッド様と共に飲み、夫婦となってすべての感情を分かち合うことを誓う。


 最後に司祭様が結婚成立の宣言をする。


「今、お二人の結婚が成立したことを宣言します!」


 冠を脱ぐと、結婚式の儀式は終了となる。

 ブラッド様と私は手を繋ぎ、地下通路を通って寝室へと向かった。


「エリザベル、すまない」


 一言謝罪したのちに、ブラッド様は私を抱き上げ、全力疾走する。

 あっという間に私の寝室に行き着き、押し倒されるように寝台へ転がる。


「はあ、はあ、はあ、はあ……ううっ!!」


 ブラッド様は顔を赤くさせ、額に浮かんでいた汗が涙みたいに頬を伝っていく。


「あの、ブラッド様……?」


 汗を拭おうとした瞬間、ブラッド様の体は光に包まれ――。


『ぎゃあ!!』


 悲鳴を上げたブラッド様は、小さな体となり、球のようにコロコロ転がっていった。


『くっ、こ、この~~~~~!! 結婚式の晩くらい、元の姿で過ごさせてくれてもいいものを~~~~~~!!』


 ブラッド様は幼竜姿になっていた。どうやら変化魔法が解けてしまったようだ。


『エリザベル、また、このような姿となってしまった。すまない』

「いいえ、お気になさらず。元のお姿となったブラッド様が素敵すぎて、緊張しているところでしたの」

『素敵!? 私はエリザベルが気に入るような見目だったのか!?』

「はい、とても立派なお姿でした」

『ふふ、そうか。頑張ってよかった』


 なんでも私がやってくる五分前に、変化魔法を成功させたらしい。


『ストイカなんか、無駄な抵抗はおやめください! って焦った顔で叫んでいたな』

「変化魔法はとても難しいので、無理しないように言いたかったのでしょうね」

『あいつは心配性なのだ』


 嬉しそうにしていたブラッド様だが、突然、しょんぼりするように背中を丸めた。


『今日くらいは、元の姿でエリザベルと共に寝たかったのだが』


 そう発言したあと、何かに気づいたのか、ブラッド様はハッとなる。


『あ、いや、初夜をしたかったとか、そういう話ではない!! いや、初夜がしたくないわけでなく、これは、父の体ゆえ、そもそも初夜などできない!!』

「はい、わかっております」


 何もかも、問題が解決しない限り、ブラッド様とは真なる夫婦にはなれないのだ。

 今日、結婚式を挙げられただけでも、私の心は満たされている。


『余所の宗教だと、永遠の誓いだとか言って、その、口づけをするという噂を聞いたことがあるのだが、本当だろうか?』

「ええ、ございますよ」

『そ、そうか』


 この国に伝わる結婚式だと、そのような行為はない。

 ホッとしたような、物足りないような、そんな気分だった。


『その、エリザベル、似たような儀式を今、してもいいだろうか?』

「どのようなことをなさるのですか?」

『この体は父のものゆえ、エリザベルと口づけなど許さない。その代わり、額を合わせて永遠を誓うことはできよう』


 それならば、私も応じることができる。


「わかりました、ブラッド様」


 私は一言断ってからブラッド様を抱き上げ、額と額を合わせる。

 どんなときでも二人で助け合い、慈しみ合い、悲しみであっても分け合えるような夫婦になれるよう、祈りを捧げたのだった。


「ブラッド様、本日はいろいろと、心気を砕いてくださり、ありがとうございました。わたくしは幸せな花嫁です」

「私も同じ気持ちだ。エリザベル、心から感謝する」


 今日、私達は神様の前で愛を誓い、夫婦となった。


 ◇◇◇


 翌日――ゾフィアがやってきたのだが、ブラッド様がいなくなったのを確認するや否や、まくし立てるように言った。


「エリザベル様、昨日の結婚式ですが、まるで、世にも恐ろしい串刺し公の生贄になる花嫁のようでしたよ!!」


 頭巾を深く被った参列者が、蝋燭の灯りで照らされる様子が、余計にそういうふうに見せてしまったらしい。


「ワラキア公がエリザベル様を横抱きにして、嵐のように去ってしまったので、エリザベル様が串刺しにされているのではないか、と落ち着かない気持ちのまま、朝を迎えました!」


 よくご無事で、とゾフィアは感極まったように言う。


「ゾフィア……。その、心配をかけましたね」

「本当ですよ!!」


 あのあと、ブラッド様はすぐに幼竜姿になってしまったという話をすると、ゾフィアは安堵した表情を浮かべたのだった。 

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