行き詰まり、そして――
やはり、牛の頭蓋骨が怪しい。父君からしたら、思い出の品なのかもしれないが……。
「牛の頭蓋骨は、一度魔法使いに依頼して、調べてもらったのですよね?」
『ああ。だが、専門家ではなかった、とストイカが言っていたので、信用していいものなのかわからん』
なんでも入れ替わりのあと、ブラッド様がまったく喋らなくなった上に、牛の頭蓋骨を被るようになったので、城にいる医官と通りすがりの魔法使い、両方に診てもらったという。
「通りすがりの魔法使い、ですか?」
『ちょうど山の中に薬草を採りにきて、うっかり要塞に迷い込んだらしい。一晩宿として部屋を貸す代わりに、父上を診せたようだ』
「そういうわけだったのですね」
『ああ。その辺をほっつき歩いているような魔法使いでは、呪いの有無ですら、判断できないだろう。そういうのはやはり、専門家でなくては』
専門家というのは呪いの生成や解呪などを生業としている、呪術師のことらしい。
「ちなみに呪術師というのは、どちらの組織に所属しているのですか?」
聖魔法を使える者は教会に身を置き、攻撃魔法が得意な者は騎士隊、薬草や調合に詳しい者は薬局など、魔法使いはたいてい何かしらの組織の中で活動している。
『呪術師の場合は、ほぼほぼ単独行動だ。不思議と協調性のない者ばかりで、呪いの専門家は恨みも買いやすいゆえ、人前にはめったに姿を現さない』
「会おうと思っても、会えるような相手ではない、ということですのね」
『そうだな』
呪術師の話を聞いて希望が差し込んだように思えたが、まったくの気のせいだったようだ。
「その……では、一度、プネの市場に怪しい品物を売っている商人がいないか、見に行ってみますか?」
『そうだな。視察もずいぶんと行っていなかったから、久しぶりにいろいろ調査もしたい』
商品の品質や、悪徳業者がいないか、不正が横行していないかなど、視察で確認しなければならない部分は多々あるようだ。
「わたくしは足手まといになる可能性もありますが」
『そんなことはない。それよりも問題は、エリザベルと共に婚前旅行をすることなのだが』
「でしたら、プネに行く前に結婚だけでもしておきませんか?」
母君が亡くなって一年経っていないので、挙式は後回しでもいい。
そんな提案を持ちかける。
『なっ……!? エリザベル、このような状態の私と、結婚するというのか?』
「遅かれ早かれ、ブラッド様の妻になるのですし、プネに行くのであれば、わたくしがワラキア公の夫人として、代わりに視察にやってきた、と言えますので」
ブラッド様の妻になるためにワラキア公国に行ったわたくしが、独身のままではよくない憶測も招くだろう。
妻という立場にあれば、戦時中でブラッド様が要塞を離れられないと理由を付けて、私が名代でプネの視察と称して訪問できる。
『それもそうだな……いや、しかしこの姿で結婚するのはどうなのか……』
ブラッド様は腕を組み、眉間に皺を寄せ、しばし迷うような表情を見せる。
「あの、無理に結婚する必要はないと思います。その、独身の娘の一人旅行というのは、珍しいことだと思っただけですので」
『独身の娘――そうか。独身であれば、行き先々で、余計な虫がエリザベルに集る可能性があると』
「い、いえ、そういうわけでは」
『ありうるぞ! 決めた、結婚しよう!』
ブラッド様は小さな爪先で私の手を握り、熱い眼差しを向ける。
『苦労はさせない。絶対に幸せにするから、私の妻になってくれ』
「はい」
『せっかくだ。結婚式もしよう。神の御前で、夫婦となることを誓わなければ』
「よろしいのですか?」
『ああ、母も天国から喜んでくれるだろう』
結婚式をするのは元の姿に戻ってからのほうがいいだろうが、彼は神様の前で夫婦になるという儀式を行いたいらしい。
「わかりました。でしたら、よろしくお願いいたします」
ブラッド様はすぐに私との結婚を早めるという旨を皆に知らせて回ってくれた。
結婚式は要塞にある教会で、一部の臣下のみを招待するという。
要塞内での結婚お披露目会は、ブラッド様が元の姿に戻ってからするようだ。
プネへは明後日旅立つということで、結婚式は明日執り行うという。
急なスケジュールとなったが、一刻も早く問題を解決したいので、動くのは早いほうがいいのだろう。
婚礼衣装の最終確認や、装飾品の確認など、ゾフィアやセラと一緒に急ピッチで進めていく。
ゾフィアはベールのほつれを修繕しながら、大きなため息を吐いていた。
「結婚式なんて、こんなに慌てるようにやるものではありませんのに」
「ゾフィア、事情が事情ですので、仕方がありませんわ」
むしろ、戦時中であるため、結婚式はできないかもしれない、と考えていたのだ。
「わたくしは幸せな花嫁です」
「エリザベル様、なんて謙虚なお方なのでしょう!」
明日の結婚式に備えて、早く眠るようにと言われる。
モフモフは父君と一緒に寝ていると、ストイカから聞いた。
今日は一人か、と思っていたところに、ブラッド様がやってきた。
『エリザベル、今宵も共に過ごしてくれるだろうか?』
「もちろんですわ」
寂しいと思っていたところだったので、ブラッド様を大歓迎で迎えた。