謎は深まる
棺に母君の体を運んだのは、ストイカ家の親子だったという。
牛の頭蓋骨について、覚えているか聞いてみた。
『おい、ストイカ! 母上の棺に、牛の頭蓋骨は入っていたか?』
「いいえ、なかったと思います」
棺の中には母君が好きだった、アイリスの花が隙間なく詰め込まれていたらしい。
その空間に、牛の頭蓋骨は納められていなかったという。
『セラも記憶にないのだな?』
「はい」
『ならば、埋葬のときに入れたか、覚えているか?』
「いえ、埋葬は竜騎士団で行ったものですので、彼らに聞いたほうが確かかと」
『ふむ、承知した』
そんなわけで、ブラッド様の先導で、ゾフィアと共に中郭にある騎士団の詰め所に向かった。そこには私をトランシルヴァニア公国まで迎えにきてくれた、年若い騎士の姿があった。
彼はミハイ・コーマンと名乗る。
「あ、ワラキア公と花嫁様、ようこそおいでくださいました。どうかなさいましたか?」
『ロランはいるか?』
「外に休憩に行っておりまして、もうすぐしたら戻ってくると思うのですが……。呼んできましょうか?」
『いや、いい。待たせていただこう』
応接間でしばし待っていたら、コーマン卿がお茶を持ってきてくれたようだ。
しかしながら、次の瞬間、ゾフィアと共にギョッとすることとなった。
ティーカップに注がれたのは、お茶ではなくワインである。
「あ――えっと、その、ここではワインを召し上がるのですか?」
「はい! あ、でも、訓練中には飲まないですよ。でも、水はすぐに腐ってしまうので、おもてなしをするときには、ワインを出すんです」
それを聞いて、そういうわけだったのか、と納得する。
ワラキア公国ではワインの生産が盛んで、水と同じようにワインを飲むのだとか。
一口飲んでみたのだが、芳醇な香りと豊かな舌触りがすばらしく、のどごしも爽やか。
「いかがですか?」
「おいしいです」
「よかったー」
コーマン卿はとても明るく、天真爛漫な青年のようだ。
もしかしたら、まだ十代なのかもしれない。
「あの、俺、花嫁様にお礼を言いたくって」
「なんですの?」
「カルパチア山脈で起こった戦闘のさい、花嫁様の刺繍に助けられたんです」
心当たりがないので、首を傾げてしまう。
「あの、わたくしの刺繍は魔法などはかけられていない、ごくごく普通のものでしたが」
「でも、俺がワイバーンのブレスを浴びそうになったときに、刺繍が弾いてくれたんです!」
「まあ……」
そうなってしまった理由が何かあるのだろうが、今は考えている場合ではなかった。
ロラン卿がやってきたので、コーマン卿は会釈し、下がっていく。
「ワラキア公、申し訳ありません、遅くなりました」
『気にするな』
ロラン卿から、葬儀当日についての話を聞くこととなった。
『母上の棺は、竜騎士団で埋葬した、ということで間違いないな?』
「はい」
墓地に深い穴を掘り、棺を運んで、丁重に土を被せたようだ。
『そのさい、牛の頭蓋骨を一緒に埋葬しただろうか?』
「牛の頭蓋骨――ああ、はい。たしかに、一緒に埋めました」
棺の上に置き、優しく土を被せたらしい。
『それは父上が被っているのと、同じ物だろうか?』
「言われてみれば、今、竜公が被っているものと、埋めた牛の頭蓋骨はそっくりですね」
『ああ。あれが埋めてあったものなのか、そうでないものなのか、調べたいのだが』
「わかりました。では、確認して参りましょう。お辛いでしょうから、私だけ行きましょうか?」
『いや、一緒に行く』
母君の墓地は天守閣の裏側にある、内郭にひっそりとあるようだ。
詰め所に残っていたコーマン卿も手伝ってくれるらしい。
「こちらです」
そこは白亜の墓がいくつも並んでおり、その中のひとつが母君の眠る場所だと言う。
ブラッド様は墓前で祈りを捧げていた。私もその後ろで、手を合わせる。
『母上、ここにくるのは初めてだな……。長らく顔を出せなくって、すまなかった』
ひゅう、と風が通り抜ける。今の季節には珍しい、少し暖かい風だった。
まるで、ブラッド様の言葉に、返事があったように思える。
『見てくれ。私のもとに、花嫁がやってきた。エリザベルだ』
「お初にお目にかかります、エリザベルでございます」
ブラッド様の隣に膝を突き、挨拶させてもらった。
墓には、〝竜公の妻ヴァシリッサ、ここに眠る〟と彫られてある。
『母上、すまない。気になることがあって、ここを掘り返させてもらう。文句は私がすべて引き受けるから、他の者達は恨まないでくれ』
しばし祈りを捧げたのちに、ブラッド様はロラン卿とコーマン卿を振り返る。
『二人とも、頼む』
「はっ!」
「了解しました!」
土は騎士達の手によって掘り返され、ついに、棺がある深さまで行き着いたようだ。
「ワラキア公、牛の頭蓋骨を発見しました」
『そう、か……』
母君の遺言は守られ、牛の頭蓋骨は棺と共に埋められていたらしい。
土が付着しているが、父君が被っているものと同じ物のように思える。
「ブラッド様、この牛は〝灰色牛〟と申しまして、マジャロルサーグ王国にのみ生息する、固有種となっております」
『そんじょそこらにいる牛ではない、というわけだな』
「はい」
その頭蓋骨は安易に入手できる物ではなく、どこかで入手したことになる。
『父上が被っている牛の頭蓋骨は、やはり普通の品ではないのか……』
魔法使いに調べてもらったというが、たった一人の調査では信用ならないとブラッド様は言う。
『ロラン卿、コーマン卿、すまない、またそれを、埋めてもらえるか?』
「よろしいのですか?」
『ああ』
掘り返した土を戻すのを見守っていたら、セラと共に四十代くらいの女性が駆けつけてきた。
『どうした?』
「大奥様の元侍女のアンさんが、あるお話を思い出したようで」
走ってここまでやってきたアンは、肩で息をしながら報告してくれた。
「あ、あの、大奥様は、亡くなる一ヶ月前に、竜公と、お出かけを、されたんです」
戻ってきたあと、どこに行っていたのかと聞くと、それは意外な場所だった。
「向かった先は、新婚旅行で立ち寄った、通商の街〝プネ〟だった、と」
すぐにピンとくる。
父君が被っていた牛の頭蓋骨は、母君と出かけたさいに、プネで購入したものだったのではないか、と。




