国々が抱える事情
なぜ、ワラキア公との結婚話がいきなり浮上してきたのか?
冷静になってみると、思い当たる節があった。
それは差し迫るような事情だろう。
つい三日前に、神聖帝国の首都であるヴィエナが、アトウマン帝国の十二万の兵士に包囲されたのだ。
猛烈に攻め込まれていたようだが、過去に例がなかったほどの寒波が襲い、温暖な国の出身である兵士達は早々に撤退を決め、大事には至らなかった。
けれども、それでよかった、とはならない。アトウマン帝国の皇帝は、虎視眈々と征服の機会を狙っているだろう。
アトウマン帝国というのは領土拡大とその国々の人達の改宗を目的とし、猛烈な侵攻を続ける恐ろしい国だ。
そんなアトウマン帝国の進撃が、大陸の中央にあるヴィエナまで迫っていたので、その隣国に位置するマジャロルサーグ王国は脅威に感じているのだろう。
マジャロルサーグ王国の従属国であるトランシルヴァニア公国と、独立国であるワラキア公国が繋がれば、何かと都合がよい。
ワラキア公はこの大陸で唯一、アトウマン帝国の兵士に勝利を収めている。そのため侵攻が始まったさいに、マジャロルサーグ王国はワラキア公の助力を得ようという目論みがあったのだろう。
ならば、自国の姫を嫁がせればいいではないか。なんて思ったが、相手は串刺し公である。
マジャロルサーグ王もひとりの父親なのだろう。愛おしい娘を残虐な串刺し公の妻に、と送り出すことはできなかったようだ。
「マジャロルサーグ王はすぐにでも挙式をするように、と書かれている」
「ひ、酷いです。こんな寒さが厳しい季節に、結婚なんてしなくてもいいでしょうに!」
母の言い分は理解できる。厳しい冬に結婚式を挙げる物好きなんていない。
皆、春の暖かくなった季節に、美しい花々に囲まれながら挙式をあげたいだろう。
けれども今回の結婚は訳ありだ。
冬の寒さが厳しいうちに婚姻を交わしておかないと、アトウマン帝国は春を迎えたらすぐに侵攻を再開するだろう。
「冬のうちに、国家間の関係を強固にしておかないといけないのだ」
父は絶望したように言った。
「ただ、結婚相手は〝バートリ家の吸血姫〟としか書かれていない」
「――!!」
それを聞いて、私と母の表情はパッと明るくなる。
「つまり、結婚相手はバートリ家の娘であれば、誰でもいいということですか?」
「おそらく」
絶望しかなかった未来に、眩い光が差し込む。
私の他にも、結婚を断られているバートリ家の娘が数名いるのだ。
そんなわけで、父は一族の結婚適齢期の娘達を集め、話し合いを行うことにした。