話し合い
城内にある協議室に使用人の要職に就いている者と、竜騎士団のロラン卿とスタン卿が集まっていた。
皆の注目は上座に集中している。
そこにはクッションをいくつも重ねて椅子に座る、幼竜の姿をしたブラッド様がいた。
ブラッド様は腕組みし、威厳ある眼差しを臣下の方々に向けていたものの、いかんせん愛らしい。
この幼竜が本当にブラッド様なのか、信じられないとばかりの表情を浮かべる者もいるようだった。
ロラン卿はカルパチア山脈であった戦闘について、ブラッド様に報告していた。
「こちらに詳しい状況について書いております」
『あとで目を通しておこう』
ストイカとセラの姿がないな、と思っていたら、最後にやってきた。
ただ、親子はケガ人を運ぶ担架に、誰かを乗せてやってきたようだ。
よくよく確認したら、頭に牛の頭蓋骨を被り、かわいらしい三角のナイトキャップを被った寝間着姿のワラキア公である。
正確に言うと、ブラッド様と魂が入れ替わった父君だ。
『おい、ストイカ! なんて姿で運んでくるんだ!』
「申し訳ありません。いくら起こしても、目を覚まさなかったゆえ、このような力技でお連れしたまでです」
ブラッド様は椅子から降り、担架の上によじ登ると、すやすや眠る父君に声をかける。
『父上! 目を覚ませ! 話がある!』
無反応である。シーーーーンと静まり返る協議室に、ぴいぴい、というかわいい寝息が響き渡っていた。
『ま、まぬけな寝息を立てるな!! 父上!!』
我慢ならなかったのか、ブラッド様は牛の頭蓋骨をポカポカ叩き始める。
『父上、起きろ~~~~!!』
だめだ……とブラッド様は消え入りそうな声で呟く。そんなブラッド様に、ストイカが話しかける。
「ワラキア公、その、起こして椅子に座らせてみますね」
『ああ、頼む』
男性の使用人数名で父君の体を起こし、椅子まで運んで座らせる。
そのまま倒れるのではないか、と思ったものの、絶妙なバランス感覚で座った体勢を維持していた。
『なぜ、座っても起きない?』
ブラッド様の指摘に、答えられる者はこの場にいなかった。
『まあ、いい。話を始めよう』
ブラッド様は翼をパタパタと動かし、クッションが重ねられた椅子に乗ろうとした。
しかしながら、いくら翼をはためかせても、高度が出せない。
すぐに察した私が、ブラッド様の体を抱き上げ、椅子に座らせてあげた。
『エリザベル、すまない』
「いいえ、お安いご用ですわ」
皆の注目が集まる中、ブラッド様はごほん!! と咳払いする。
『皆の者――ストイカ親子から話を聞いていただろうが、私がワラキア公、ブラッド・ヴィスドル・ランケア・ドラクレシュティである。エリザベル様の祝福のおかげで、皆と意思疎通が図れるようになった』
ここからがもっとも大事な話である。
『信じられないだろうが、この幼き竜の体は、父上のものだ。変化の術に失敗し、幼くなってしまった。そして、ここにいる私の体に、父上の魂が入っている。つまり、私達は入れ替わっている、というわけだ!』
皆の反応はさまざまだった。
ストイカ家の親子は冷静に聞き、使用人の方々は口元に手を当てて驚いている、騎士団のロラン卿とスタン卿は目を伏せ、痛ましいと言わんばかりであった。
『なぜ、このようなことが起こったのかはわからないが、おおよそ父の仕業のように思える』
もしかしたら、私がいれば話せるかもしれない。そんな期待が高まっているようだ。
『して、父上、いい加減、起きてほしいのだが!!』
空気がビリビリ震えるような大声であったものの、父君はスヤスヤと眠っている。
しびれを切らしたブラッド様が、テーブルを使って父君のもとへいき、体によじ登った。
『その、ふざけた牛の頭蓋骨を、取ってやる! なんなのだ、それは! 眠っているときくらい外せばいいのに!』
牛の頭蓋骨はすでに確認済みで、特に呪いなどかかっているわけではないらしい。
長年、父君の部屋に飾られていた物だったようだ。
まず、ブラッド様はナイトキャップを取って投げ捨て、今度は角にぶら下がる。
小さな翼をパタパタはためかせるも、牛の頭蓋骨はびくともしない。
『くっ、ぐうっ、この~~~~!!』
ロラン卿やスタン卿も手を貸すが、結局、牛の頭蓋骨を取ることはできなかった。
『はあ、はあ、はあ……。くそ!!』
ブラッド様はテーブルの上で足をばたつかせ、悔しそうにしていた。
その瞬間、「ふわ~~~~~」と背伸びしながらあくびをする声が聞こえた。
『父上!?』
どうやら父君がお目覚めらしい。
『私がわかるか? ブラッドだ! どうして私達の体は入れ替わっている!?』
ブラッド様がこれまで何回も父君に聞いたであろう質問を、改めて口にしていた。
必死の表情で詰め寄るも、父君は首を傾げるばかりである。
ここで、セラとストイカが私のもとにやってきて、父君に話しかけてくれないか、と頼み込んでくる。
昨日、父君は私になんの反応も見せなかったので、効果はないように思えるのだが。
「わかりました。お声をかけてみます」
ブラッド様はすでに諦めの境地にいるのか、父君に背を向けて座っていた。
「あの、ブラッド様、お義父様に話しかけてもよろしいでしょうか?」
『ああ、無駄だと思うが、やってみるといい』
「ありがとうございます」
驚かせないよう、斜め背後から声をかけてみた。
「あの、初めまして。わたくし、マジャロルサーグ王国の従属国、トランシルヴァニア公国から参りました、エリザベル――」
父君はまさかの行動に出る。
勢いよく、私を振り返ったのだ。
「かっ――ぐっ!」
何か言おうとしているものの、言葉になっていない。
『父上、どうかしたのか?』
「はっ、ふっ――」
それは喋るというよりも、息が発せられるばかりであった。
私に向かって、何か言いたいことがあるようだが。
その様子を見たセラが、ボソリと呟く。
「喋るというより、空気を発しているだけのような……」
それを聞いてハッとなる。
「ブラッド様、もしかしたらお義父様は、人間の体で喋る方法がわからないのかもしれません」
私の訴えを聞いたブラッド様は『それだ!!』と叫んだ。




