嫁ぎ先で迎えた爽やかな朝
「きゃああああああああ~~~~~~!!」
ゾフィアの悲鳴を聞いて、ハッと目を覚ます。
「ん……ゾフィア、どうかなさって?」
「なっ、なっ、なっ、なんなのですか!? その、エリザベル様のお胸を枕にすやすや眠っている、小さなトカゲは!?」
ゾフィアに指摘され、胸辺りにちょっとした重みがあるのに気づいた。
そこにいたのは、ブラッド様である。
眠るときは寝台の端っこで眠っていたのに、寝返りを打って私のもとまで来てしまったのだろう。
ブラッド様はゾフィアの悲鳴なんてものともせず、スヤスヤと心地よさそうに眠っていた。ぷう、ぷうという寝息と共に、ぷっくりとしたお腹が上下する様子がかわいらしい。
丸っこく、小さな体を胸に抱きながら起き上がる。
「ゾフィア、安心してくださいませ。この子はトカゲではありません」
「エ、エリザベル様、トカゲではないと聞いて、あ~~よかった! となるとお思いですか?」
「たしかに、そうですわね」
昨日の夜、ゾフィアを起こしてでも、事情について伝えるべきだったのだ。
申し訳なかった、と謝罪する。
「エリザベル様は幼少時から、変な生き物に好かれやすいので、慣れていたつもりなのですが、爬虫類は初めてでしたので」
爬虫類で間違いないのだが、ブラッド様が聞いたら複雑な気持ちになるだろう。
「ゾフィア、驚かないでくださいね」
「嫌な予感しかしないです」
ゾフィアは胸に手を当てて、私の話に耳を傾ける。
「この子はトカゲでも、ただの爬虫類でもなく、竜なのです」
「なっ、竜ですって~~~~!?」
気持ちがいいくらい通る声で、復唱してくれた。
このタイミングで、セラがやってくる。
「エリザベル様、失礼いたします。悲鳴が聞こえたのですが、いかがなさったのでしょうか?」
足早にやってきたセラは、私の胸に抱かれた黒い幼竜を見てハッとなる。
口元に手を当て、気まずそうに問いかけてきた。
「それは――もしやワラキア公のご落胤では?」
『そんなわけあるか!!』
目を覚ましたブラッド様の声が部屋に響き渡る。
「起こしてしまいましたね」
『セラの声で目が覚めたのだ』
ぷりぷりと怒るブラッド様に、セラは冷静な様子で言葉を返した。
「その竜は喋ることができるのですか?」
『ん? セラ、お前、私の言葉がわかるのか?』
「はい」
そういえば、私の祝福について詳しく説明していなかった。
精霊や妖精、幻獣などの人ならざる者達と意思疎通ができるようになる祝福は、私がその場にいれば、他の人も言語が通じるようになるのだ。
『エリザベルさえいれば、通訳せずとも、他の者とも会話ができるというわけか?』
「はい、そうなんです」
私の祝福が家族に信じてもらえたのは、他の人も意思疎通できるようになる点が大きかっただろう。
しばし小首を傾げていたセラが、私の膝の膝頭にちょこんと座るブラッド様に質問を投げかける。
「もしや、ワラキア公ですか?」
『よくわかったな。さすが、ストイカ家の者だ』
なんでも喋り方や態度などから、ワラキア公ではないのか、と気づいたらしい。
セラは冷静な様子で、「やはり」と呟いていた。
その一方で、ゾフィアは驚愕しているようだった。
目をまんまるにして、「あのトカゲ……いや、竜がワラキア公!?」とぶつぶつ呟いている。
「ワラキア公、突然竜化に目覚められたのですか?」
『そんなわけあるか! 皆の前で説明したいから、朝の支度をさせろ!』
「承知しました」
セラは他の使用人に報告するというので、下がっていった。
私はゾフィアの手を借りて、身なりを整える。
ゾフィアが二着のドレスを運んできた。
「ブラッド様、どちらのドレスがよいでしょうか?」
『なぜ、どちらも黒いドレスなんだ? 黒を好んでいるのか? それとも、他の色は持ってきていないのだろうか?』
「いえ、その、今は喪中かと思いまして」
『ああ、そういうわけだったのか。喪に服す期間は一ヶ月ほどだから、気にするな』
ブラッド様は私の手のひらに小さな手をちょこんと乗せ、上目遣いで言ってくれる。
『母上への気遣い、感謝する』
「いえ……」
黒いドレスは着なくていいとのことで、ゾフィアが新たに選んでくれた。
パウダーブルーのドレスと、アメシストカラーのドレスである。
どちらも落ち着いた色合いで、装飾が控えめな大人っぽい雰囲気のドレスである。
ブラッド様はドレスの前に腕組みして立ち、真剣な眼差しを向けていた。
『ふむ、どちらもエリザベルに似合いそうで、迷うな』
短い腕を組んでいる姿は、もだえるほど愛らしい。
かわいい見た目に反し、渋い声と落ち着いたふるまいをするので、そのギャップもなんとも言えない。
『よし、決めた。このパウダーブルーのドレスを着てくれるだろうか?』
「理由をお聞きしても?」
『このドレスの色合いが、我がドラクレシュティ家の家紋の色にそっくりだからな』
「ああ、あの、星と月の絵が入った」
『そうだ』
すぐにゾフィアがドレスを手に取り、私の寝間着に触れる。
ブラッド様は腰に手を当てて、威厳たっぷりに見守っていたようだが、着替えだとわかるとギョッとしていた。
『なっ、き、着替えるならばそうだと言ってくれ!! これでは、ご婦人の着替えを堂々と覗く変態のようではないか!!』
そう叫び、私達の反応を待つことなく、ブラッド様は小さな翼をはばたかせて飛んでいく。が、途中で落下し、転がるようにして寝室から去っていった。
「エリザベル様、ワラキア公って、案外真面目というか、普通のお方なのですね」
「ええ、そうなんです」
串刺し公や残虐な性格が噂されていたものの、実際のブラッド様は心優しく、誠実なお方だ。
「なぜ、あのような幼い竜のお姿なのですか?」
「それが、本人にもわからないようです」
これから皆を集め、話をするという。
いい方向に進みますように、と祈るばかりであった。




