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バートリ家の吸血姫(※誤解)とワラキア小竜公のありえない婚礼  作者: 江本マシメサ
第一章 トランシルヴァニア公国の公女、串刺し公に嫁ぐ!?
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ワラキア公との会話

「あの、では、今すぐにでも使用人の方々にワラキア公と父君の入れ替わりについて、報告に行ったほうがよいでしょうか?」

『いや、待て。朝になってからでいい』

「しかし、十ヶ月も竜の姿で、誰にも知られずに過ごしていたなんて……」

『お前がわかってくれたから、不思議と心が穏やかな状態にある』

「ワラキア公……」

『それよりも、少し話に付き合ってくれ。こうして誰かと喋るのは、酷く久しぶりなんだ』


 これまでどんなに声をあげても、竜の雄叫びにしか思われず、歯がゆい思いをしていたという。


『すまない。まだ名乗っていなかったな。私はワラキア公、ブラッド・ヴィスドル・ランケア・ドラクレシュティと申す』

「初めてお目にかかります」


 せっかくなので、モフモフも紹介する。


「この子はお友達のモフモフですわ」

『屋敷妖精か。個人を気に入るのは珍しいな』

「そうなのですね。とってもいい子で、わたくしから離れなかったのです」


 モフモフは私のガウンからほんの少し顔を覗かせ、ぺこりと会釈していた。

 ワラキア公が怖くないとわかったからか、私の肩に飛び乗る。


『楽にしてくれ。きっと長くなるだろうから。椅子でもあればいいのだが――』


 ワラキア公がそう口にした途端に、モフモフが宙を舞い、大きく息を吸い込む。

 すると、空気を取り込んだ体がみるみるうちに大きくなり、クッション大の大きさとなった。


『エリザベル、ココニ、座ッテ』

「まあ! あなた、そのような芸当ができるのですね」

『ウン、デキルヨ』


 体重をかけても大丈夫だと言うので、ありがたく座らせていただく。

 モフモフの体はとても温かく、寒い地下部屋でも快適に過ごせそうだ。


『何から話せばよいのやら――』


 ワラキア公は遠い目をしながら、これまでの竜の体での暮らしについて教えてくれた。


『見てくれ。食事は羊の肉塊に、トカゲの干物だ。こんなもの、食えるわけがないのに』

「まさか、十ヶ月もの間、このような食生活を?」

『ああ。竜だから、周囲にある魔力を取り込むだけで生きられるのだが、それを伝える手段すらなかった』


 ちなみに父君は母君の手料理のみ、食べることができたらしい。


『父にとって、母の料理は嗜好品だったのだろう』


 城の料理人の料理が用意されたようだが、受け付けられなかったという。


『料理が生臭く感じて、とてもではないが、食べられなかった』


 料理を食べないので、生肉やトカゲの干物など、野生味溢れる物が用意されるようになったようだ。


『これも必要ないと言っているのに、ストイカの親子はバカの一つ覚えのように毎日持ってくる』


 魔力があるのでお腹が空く、という感覚はないらしい。

 けれども人間だったころの記憶が、飢えていると訴えてくるようだ。


『たまに衝動的に、生肉を食らってしまうときがある。だから、あいつらは私の主食が肉や干しトカゲだと思い込んでいるのだろう』

「お辛かったのですね」

『ああ……。お前は、生肉や干しトカゲですら口にする私が、気持ち悪いと思わなかったのか?』

「いいえ、まったく。極限状態になれば、わたくしも食べていたと思いますので」

『そのように言ってくれると、救われる』


 会話が途切れた瞬間、ワラキア公は長い尻尾をびたん、びたんと石床に叩きつける。

 それは苛立っているというより、何か言いたいことがあるけれど、なかなか言えないと訴えているように思えた。


「ワラキア公、気になることがありましたら、なんなりとお聞きください」

『ああ――そう、だな』


 ワラキア公は居住まいを正すように背筋をピンと伸ばし、真剣な眼差しで私を見つめる。

 何度か深呼吸するような挙動を見せたあと、私へ問いかけてきた。


『大変申し訳ないのだが、バートリ家と交わしたという婚約について、まったく把握していなかった。どういうことか、聞いてもいいだろうか?』

「はい」


 アトウマン帝国のヴィエナへの侵攻、撤退、それによるトランシルヴァニア公国とワラキア公国の繋がりの強化を期待するマジャロルサーグ王国の存在など、包み隠さずに報告した。


『そうか……。ヴィエナは陥落寸前だったのだな。冬の寒さが味方してくれたか。して、縁談を応じたのは、ストイカだな?』

「おそらくそうかと」


 ワラキア公は深く長いため息を零す。


『もしも他の国に私や父がこのような状態だと知らされたら、危うい状況となる。情報を隠すために、ストイカが結婚話を受け入れたのだろうな』


 ここでワラキア公は想定外の行動に出た。

 深々と頭を下げたのだった。


『すまなかった! 私と父がふがいないばかりに、巻き込んでしまって。本来であれば、もっと立派な者と結婚もできただろうに……』

「いいえ、どうか頭を下げないでくださいませ。わたくしは、その、バートリ家の吸血姫と呼ばれておりまして、嫁の貰い手が付かないような状態でしたので」


 それを聞いたワラキア公は、カッと目を見開いて叫んだ。


『誰だ!? そのように失礼な発言をする者は!! こうして少しでも向き合っていたら、噂を聞いていたとしても、エリザベル嬢が吸血鬼でないとわかるというのに!!』


 言えない。失礼な発言をした者が、百名以上もいることなど。


『あー、なんだ、その、今回の婚約は、なかったものにしてもいい』

「まあ、どうしてですの?」

『竜との結婚など、ありえないだろうが』

「そうでしょうか?」

『は!?』


 ワラキア公は目を丸くし、信じがたいと言わんばかりの表情で私を見下ろす。


「お話ししていると、ワラキア公が心優しく、立派なお方だとわかりますし、これまで婚約を断ってきた方々よりも、誠実であると感じております。アトウマン帝国との関係もありますし、わたくしはこのまま結婚話を続けてもいい、と思っております」

『信じられない……』


 それは私を信用できない、という意味ではなく、とっさに出た驚きの言葉のようだった。


「ワラキア公さえお嫌でなければ、わたくしを未来の妻として、迎えていただけますでしょうか?」


 ここで拒絶されてしまったら、外郭にでもお邪魔して、働いたらいいのだ。

 そんなことを考えていたら、ワラキア公が私にそっと爪先を伸ばす。

 黒真珠のような、美しい爪である。


『このような姿をした夫でいいのならば、受け入れてくれ』


 返事をする代わりに、私は爪先に両手を重ねる。

 この瞬間、両家の婚姻が正式なものとなった。

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