竜との会話
「あ、あなた様は、竜なのですね」
『そんなの、見てわかるだろうが!』
「も、申し訳ありません」
『ワイバーンとでも思っていたのか?』
「はい」
『どこからどう見ても、竜だろう――って、うわああああ!!』
竜は突然、大げさな様子で驚く。
空気がビリビリ震え、地面が少し揺れたように感じた。
モフモフは恐ろしかったのだろう。毛を逆立てた状態で、私のガウンの中へ飛び込んでしまった。
『おま、おま、お前!!』
「はい?」
『わ、私の言葉がわかるのか!?』
「ええ、わかります」
『な、なんだと~~~~~~!?』
竜がいきなり姿勢を低くし、顔を近づけてきたので、突風が吹いたかのような圧を受ける。
両足で踏ん張って、なんとか耐えた。
『お前は何者――というか、誰だ!?』
竜相手に名前を名乗っていいものか、迷ってしまう。
魔法を習ったさいに、名前は人が与えられる最初の呪文だ、なんて教えてもらった覚えがあるから。
なんでも魔力を多く持つ者は、魔力が少ない者の名前を呪文代わりに唱えると、服従させることができるのだ。
ただそれは、小さな虫と人間とか、人間とエルフとか、圧倒的な魔力差がないと使えない。またその魔法を失敗すると、術者は身を滅ぼしてしまう、という危ういものなのだ。
そんな危険な魔法があるため、名乗り合うというものは危険が伴う。
相手が竜であれば、なおさらだ。
ただ、名乗るというのは、相手への信頼にも繋がる。
現在、竜にとって私は不審者にしか見えないのだろう。
竜族は幻獣の中でも誇り高い存在で、気難しい気性の者が多いと聞いた覚えがある。
意思の疎通ができると知った竜の反応を見るに、お城の人々と会話ができていなかったのだろう。ここできちんと名前を伝えて、どうしてここに囚われているのか聞き出さないといけない。
「このような格好で失礼いたします。わたくしの名前は、エリザベル・バートリと申します」
『バートリ家の者か』
家名を名乗って、驚かれなかったのは初めてかもしれない。
たったそれだけなのに、感激してしまう。
さすが、竜だ。
竜にとってバートリ家というのは、取るに足らない存在なのだろう。
『なんだ、嬉しそうだな』
「ええ! バートリ家と聞くと、吸血鬼だと恐れられることが多々ありまして」
『バカな。バートリ家の者達が吸血鬼なわけないだろう』
「やはり、おわかりになっているのですね!」
『当たり前だ』
なんて知的で、物事の分別がある素敵なお方なのだろうか。
ワラキア公が、彼みたいな人だったらよかったのに、と思ってしまった。
『どうした? いきなり大人しくなって』
「いえ……婚約者に無視されてしまったことを思い出してしまいまして」
『なんだと? 失礼な男だな。どこの誰だ?』
「ワラキア公です」
『わ、私ではないか!!』
ないか、ないか、ないか――と竜の叫びが地下に響き渡った。
「ど、どういうことですの?」
『婚約者というのはどういう意味だ!? 聞いていないぞ!?』
まるで、当事者のような物言いである。
そういえば、ギゼラがワラキア公は竜に変化できる人間だ、と話していた。
〝私ではないか〟という発言から推測するに――。
「あなた様は、ワラキア公、なのでしょうか?」
私の質問に対し、竜はこくりと頷く。ワラキア公は本当に竜だったようだ。
驚いたものの、どこか腑に落ちてしまった。
ギゼラから話を聞いていたおかげで、今、比較的冷静でいられるのだろう。
続けて質問を投げかける。
「では、ワラキア公――あなた様は夜に、竜の姿へ変化するお方なのですか?」
『違う! そうではない!』
「では、昼間にお会いしたワラキア公は?」
『あれは……あれは私ではない。お前とは、今、初めて顔を合わせた』
ならば、牛の頭蓋骨を被ったワラキア公はいったい誰だったのか。
その疑問については、ワラキア公がすぐに答えを教えてくれた。
『あれは父だ』
「お父様……? ですが、使用人の方々はワラキア公だと」
『違う! 私は、私は父の体と魂が入れ替わってしまっているのだ!!』
どーーーーーん! と脳天に雷が落ちてきたような衝撃を受ける。
くらくらと目眩を覚えたものの、倒れている場合ではない。
少し、情報を整理する。
「えー、その、つまり、黒い竜はお父様のお体で、ワラキア公の魂が入っている、と?」
『ああ』
「そして、ワラキア公のお体には、お父様の魂が入っている、ということで間違いありませんか?」
『そうだ』
いったいなぜ、そのような事態になっているのか。
「原因について、何かご存じなのですか?」
『知るわけあるか! 母の葬儀のあと、気づいたら竜になっていたからな!』
「それはお気の毒に……」
ということは、十ヶ月もの間、ワラキア公は竜の姿だった、ということになる。
「あの、入れ替わった間にあったアトウマン帝国の侵攻のさい、戦陣を切って戦っていたというのは――」
『父だな』
ワラキア公の体でいながらも、猛烈な活躍をしたらしい。
『ただ、父が人外じみた活躍をしたせいで、余計に恐れられるようになってしまったのだが』
なんとも気の毒な話である。
『ずっと言葉も通じず、竜が私で、私の体に入っているのが父だと伝えようとしても、まったく理解してもらえなかった』
「まあ! ならば、使用人の方々は皆、入れ替わりに気づいていない、ということですの?」
『そうだ』
ちなみにワラキア公の姿となった父君は、人語を喋ることができないらしい。
「その、これまでどうやって、父君と交流なさっていたのですか?」
『母が父の通訳をしてくれたんだ』
「わたくしと同じ祝福を持っている、ということですか?」
『お前は祝福持ちだったのか……。母は違った』
なんでも眼差しや反応から、こういうことを考えているのではないか、というレベルで意思の疎通をしていたらしい。
『犬や猫を飼育している飼い主が、こういう要求をしているのではないか、と勝手に推測するのと同じようなものだったのだろう』
「そ、そうだったのですね」
それでも、ワラキア公のご両親は仲睦まじく暮らしていたらしい。
けれどもその生活も、母君の死によって崩れてしまったようだ。
『魂が入れ替わった原因は、おそらく父にあるのだろう。ただ、父は人語を解せず、私自身も父の気持ちなどわかるわけもない』
最初は父君に詰め寄り、一生懸命理由を聞こうとしたらしい。
『けれども父は、母を亡くしてから心を閉ざしてしまった。誰が話しかけても反応せず、幽霊のように彷徨っている』
それは昼間見かけた、ワラキア公の姿そのものだった。
きっと伴侶を亡くし、意気消沈しているのだろう。
『ただ、母が儚くなってから、十ヶ月も過ぎている。いい加減にしてほしいと詰め寄ったら、攻撃に見えたようで、ストイカの親子に拘束されてしまった』
「そ、そういう事情でしたのね」
セラが何か隠しているように感じていたのだが、それは竜のことだったのだろう。
「しかし、大きな体をした竜を、どうやって拘束したのですか?」
『奴らは蔓魔法の名手だ。瞬く間に私をぐるぐる巻きにし、地下へぶち込んでくれた』
「なるほど」
ここは竜を捕らえるための地下部屋で、巨大な竜が入れる牢屋も完備されているようだ。
『ストイカ……主に娘のほうは、用心が必要だ。かなりの蔓魔法の使い手だろう』
蔓魔法はどんなに重たい物でも、軽々と持ち上げてしまうらしい。
通常、建物の建築などに使われるようだが、竜の捕獲も可能のようだ。
「その、大変でしたね」
『まったくだ』
思わず同情してしまった。




