深夜、不気味な鳴き声
食後に赤ワインが用意され、ギョッとしてしまった。
まさか生き血ではないのか、と思って匂いをかいでみたが、ただのお酒だった。
そういえば、牛のグリルは少し赤身が多めだったような……。
バートリ家の吸血鬼ではない、と否定していなかったのを思い出し、誤解を解かなければ、と思ったのだった。
その後、メイドがやってきて、お風呂の世話をしてくれた。
浴室は一面大理石で、湯もたっぷりと張られている。
実家にいたころは大きなたらいにお湯があるばかりだったので、感激してしまった。
足を伸ばし、肩まで浸かるのなんて、生まれて初めてだ。こんなに気持ちいいなんて、知らなかった。
同時に、ワラキア公はずいぶんと裕福なんだな、と思ってしまう。
メイド達は私が湯に浸かった状態で、髪や体を洗ってくれた。
浴槽の中で洗うなんてもったいない、と思ったのだが、体を流す湯も十分に用意されていた。
最後に薔薇の香油を髪や体に揉み込まれ、薄い絹の寝間着を着せてもらう。
ゾフィアもお風呂を堪能したようで、上機嫌だった。
「ねえ、ゾフィア、もう下がってよろしくってよ」
「しかし、今日くらいはお傍に侍りたかったのですが」
「心配いりませんわ」
ゾフィアを下がらせ、一人っきりとなる。
窓の外から夜鳥のギャア、ギャアという不気味な鳴き声が聞こえ、やはり傍にいてもらえばよかったのか、と若干後悔してしまった。
そういえば、モフモフを鞄の中に入れっぱなしだったことを思い出す。
鞄を開くと、栗みたいにトゲトゲした状態で収まっていた。
「まあ、モフモフ、忘れていて、ごめんなさい!」
『平気! デモココ、怖イ!』
それは同感である。
モフモフを撫でてあげると、トゲトゲが収まってきた。
「今日は大変な一日でしたわ」
モフモフは私を労うように、手のひらの上で跳ね回る。
『エリザベル、モウ人妻?』
「そんな言葉、どこで覚えてきましたの?」
『紳士ノ、集会!』
どうせ、ろくでもない者達の集まりだったのだろう。
深く長いため息を零してしまった。
夜も更けてきたものの、当然ながらワラキア公はやってこない。
一応、結婚式は挙げていないものの、初夜は行うかもしれない、と腹をくくっていたのだ。
よかったのか、悪かったのか、よくわからないでいた。
いろいろあった一日だったが、まだ眠れそうにない。
こんなときは、手仕事に限る。
かわいがっていた羊から分けてもらった羊毛を、持ってきていたのだ。
通常、糸を作るまでにさまざまな工程が必要となる。
まず、羊毛を解しながら付着したゴミを取り除き、カーダーという太い針が幾重にも突き出た道具を二つ使って、羊毛を梳き取り、繊維の方向を合わせていくのだ。
それを糸車で紡いでいくのだが、モフモフがいればその手間は省ける。
「モフモフ、お願いしてもよろしいですか?」
『イイヨ!』
モフモフは私の手のひらにある羊毛をぱくん、と飲み込むと、右に、左にと揺れる。
そして、ぷっとゴミを吐き出した。
続けて、羊毛を咀嚼するように、口をもぐもぐと動かす。
最後に口をパカッと開いたので、繊維を手に取る。すると、糸車で紡いだように、つーーー、と伸びて糸が完成するのだ。
完成した糸を糸巻きに巻いていく。
一時間ほどで、美しい羊毛の糸が完成した。
「モフモフ、ありがとうございます」
『ドウイタシマシテ!』
あとはこの糸に一滴の血を垂らし、染めたら刺繍糸のできあがりだ。
染料はワラキアにある物にしたい。
春になったら、美しい花が咲くだろうか?
明日、セラに聞いてみよう。
一仕事終えたからか、なんだか眠くなったような気がする。
ワラキア公も訪れないだろうし、もう眠ってしまおう。
モフモフと共に寝室に行き、横たわる。
布団はふかふかで、羽布団も暖かい。
暖炉には火が入っていて、寝室をやわらかく照らしてくれる。
パチパチという薪が燃える音が、子守歌のように聞こえ、うつらうつらしていたのだが、突然聞こえた鳴き声にギョッとする。
「こ、これは――!?」
セラが話していた、ワイバーンの鳴き声なのだろうか。
ただそれは、外から聞こえたというよりも、城の中から響き渡っているように思える。
もしかしたら、ワラキア公がワイバーンを城の中で飼育しているのだろうか。
だとしたら、大変な迷惑である。
気にしないで寝よう、と思ったのに、ワイバーンの鳴き声が何か訴えているように思えてならない。
『ナンテ、言ッテイルノ?』
「近くで聞かないと、わかりませんわ」
あれだけ必死な様子で鳴いているのだ。重要なことを訴えている可能性がある。
「モフモフ、様子を見に、付き合ってくださいますか?」
『イイヨ!』
寝台の傍にあった円卓には角灯が置かれていたのだが、蝋燭のランタンだった実家とは異なり、魔石を使って明かりを灯すものらしい。使い方をセラから聞いていなかった。
どうしようかと迷っていたら、モフモフが魔石を飲み込む。そして、その場で一回跳ねると、明かりが付いた。モフモフが吐き出した魔石を角灯に入れる。
「モフモフ、ありがとう」
『イエイエ』
そんなわけで、ワイバーンを探しに行くこととなった。




