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バートリ家の吸血姫(※誤解)とワラキア小竜公のありえない婚礼  作者: 江本マシメサ
第一章 トランシルヴァニア公国の公女、串刺し公に嫁ぐ!?
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ワラキア公との初対面

「あ、あの、ご主人様、以前お話ししました花嫁様がいらっしゃっております。彼女が、バートリ家の――」


 ワラキア公はストイカの訴えに欠片も反応を見せないどころか、歩みも止めなかった。

 私のほうなど見向きもせず、通り過ぎていく。


「ご主人様、ご主人様、どうかお待ちを!!」


 ストイカの叫びだけが、廊下に空しく響き渡る。

 ワラキア公は母君を亡くしてからずっと、このような状態なのだろう。

 まるで、魂が抜けた幽霊のようだ。

 この様子を、ストイカやセラは見せたくなかったのかもしれない。


「――セラ」

「はい」

「お部屋に案内してくださる?」


 にっこり微笑みかけると、セラは目を丸くし、私を見つめていた。


「どうかなさって?」

「いいえ、なんでも。こちらでございます」


 セラはそれ以上何も言わず、案内を再開してくれた。

 私のために用意してくれた部屋は、とにかく広かった。

 一面にふかふかとした毛足の長い絨毯が敷かれており、革張りの長椅子に、大理石のテーブル、立派な暖炉など、贅が尽くされた調度品なども用意されていた。


「お隣が寝室となります」


 天蓋付きの寝台は、大人が五人寝転がっても余裕があるくらいの大きなものである。

 さらに専用の浴室や洗面所、衣装室に茶会室など、実家よりも充実した部屋が用意されていた。

 さらに、ゾフィア専用の部屋も近くにあるようだ。

 ゾフィアは私室が与えられるとは思っていなかったようで、とても喜んでいた。

 セラは淡々とした様子で、説明を続ける。


「食事は日に三回、菓子や軽食はいつでもご用意できます」


 セラは竜の翼が付いたベルを円卓に置く。


「こちらを鳴らしていただけたら、いつでも使用人が駆けつけますので、ご自由にご利用くださいませ」

「ええ、ありがとう」


 欲しい品があれば、いつでも商人を呼んでくれるという。

 外出のさいは、竜騎士団の騎士をつけてくれるらしい。


「現在、戦時中でありますので、あまりお奨めはできないのですが」


 先ほどワイバーン兵の襲撃を受けたあとなので、のんきにワラキア公国を散策しよう、だなんて思えるわけがなかった。


「他、何かご質問がありましたら、なんなりとお訊ねくださいませ」


 すぐに挙手し、セラに質問する。


「ここでのしきたりや、禁忌などはあるのですか?」

「何もございません。ご自由にお過ごしください」


 いろいろと覚悟を決めて嫁いできたというのに、何もないなんて、拍子抜けしてしまう。


「注意すべきことなどもないのですか?」

「ええ――あ」


 何かあるようで、セラの眉がピクッと動いた。

 父親と同じ癖があるのだな、と思ってしまう。


「夜、ワイバーンの鳴き声がうるさいかと思いますが、必要であれば、耳栓をしてお眠りください」

「あら、そんなに酷く鳴きますの?」


 セラはサッと顔を逸らし、「ええ」と頷いた。


「食事の支度が整っているのですが、ご用意してもよろしいでしょうか?」

「ありがとうございます!」


 いろいろあったが、実を言えばお腹がペコペコだったのだ。

 ありがたい申し出に、ゾフィアと共に喜ぶ。


「では、こちらに運んでまいりますので、しばしお待ちを」


 セラはぺこりと一礼し、去って行く。

 足音が聞こえなくなると、ゾフィアは「はーーーーー」、と盛大なため息を吐いた。


「エリザベル様、あの、ワラキア公の態度はなんなのですか!? エリザベル様を無視するなんて、絶対に許せません!」

「ゾフィア、落ち着いてくださいませ。ワラキア公は母君を亡くして、意気消沈されているのですから」

「しかし、お亡くなりになってから、十ヶ月も経っているのですよ!?」

「ええ……。ですが、人を失う悲しみというのは、いつまでも消えないものなのです」


 私も祖父母を亡くしているのでよくわかる。

 お別れしたのは子どもの頃だったが、今でも昨日のことのように悲しいのだ。


「喪失感に苛まれているのは百歩譲っても理解できます。けれども、嫁いできてくれたエリザベル様に、少しでもいいので敬意を示していただきたかったです」

「ゾフィア……」


 彼女を傍に引き寄せ、抱きしめてあげる。


「エ、エリザベル様!?」

「ゾフィア、わたくしの代わりに、怒ってくれて、ありがとうございます」

「い、いえ、そんな……」

「わたくしはゾフィアがいるので、平気です。だからどうか、ご機嫌を治してくださいませ」

「う、うう……!」


 ゾフィアが怒ってくれたので、私は逆に冷静でいられるのかもしれない。

 感情豊かなゾフィアに、感謝したのだった。


 冷静さを取り戻したゾフィアが、一言もの申す。


「エリザベル様、セラはきっと、何かを隠していますよ」


 私だけでなく、ゾフィアも気づいてしまったらしい。

 いったい何を隠しているというのか。

 気になるものの、今は追求しないほうがいいのではないか、と思った。

 ゾフィアにも変な探りを入れないように、と注意しておく。


 その後、食事が運ばれてくる。

 インゲンと牛肉の汁物レヴェシュに、ナマズの酢漬け、仔羊のパプリカ風味パプリカーシュに牛のグリル、鮭の窯焼き――デザートには焼きたてのカッテージチーズパイがサーブされる。

 そのどれもが、トランシルヴァニア公国で食べていたマジャロルサーグ王国料理であった。

 私のために、わざわざ用意してくれたのだろう。


 歓迎されるのは表面上だけで、実際は違うのではないか、などと思う瞬間があった。

 けれども用意された料理はとてもおいしくて、心がこもっているように思える。


 配膳をしてくれたセラに、感謝の気持ちを伝えた。


「セラ、お料理はどれもおいしかったです。料理人達にもお伝えください」


 相変わらず、彼女はニコリともしなかったが、深々とおじぎをしてくれた。

 

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