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バートリ家の吸血姫(※誤解)とワラキア小竜公のありえない婚礼  作者: 江本マシメサ
第一章 トランシルヴァニア公国の公女、串刺し公に嫁ぐ!?
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ポナエリ城にて

 バートリ家の吸血姫だということを喜ばれる日が訪れるなんて、夢にも思っていなかった。

 それだけ、ワラキア公が残虐で、どうしようもない男性ひとなのかもしれない。

 ただ、私はごくごく普通の人間で、吸血行為などしない。

 夕食で敵の生き血なんぞ出されたらどうしよう――などと考えていたら、駕籠が用意され、乗るように言われた。


「お城の敷地内は広いので、どうぞお座りになってください」


 駕籠に車輪はなく、足下に二本の棒が伸びるだけのそれは、人力で運ぶ乗り物だ。

 申し訳ない、と思ったものの、慣れない場所なので足手まといになるかもしれない。ここはお言葉に甘えて、乗らせていただいた。

 使用人の一人がよく通る声で、監視塔に向かって声をかける。すると跳ね橋が下りてきた。

 私が乗った駕籠は男性二名の使用人が持ち上げ、野太いかけ声と共に運ばれていく。

 もう一度合図を出すと、今度は鋼鉄の堅牢な扉がギギギ、と重たい音を鳴らしながら開いた。

 私の隣を歩いている二十代後半くらいの侍女が、案内してくれた。

 彼女はセラ・ストイカと名乗る。ブルネットの髪が美しい、クールな雰囲気の女性だ。


「もしかしてあなたは家令の――」

「娘です」


 ストイカが何歳かわからなかったため、妻君さいくんかと思っていたが、違ったようだ。早まらなくてよかった、と心から思う。

 セラは侍女頭で、私の身の回りの世話もしてくれるらしい。

 ゾフィアにセラと仲良くするように、と言っておく。 


 扉の向こうには大きな建物に、ワラキア公国全土を見渡せそうな塔、巨大な炉がある広場など、さまざまな施設があるようだった。


「ここは外郭で、石工が作業したり、鍛冶職人が武器を作ったり……あちらの建物は領民が税を納めたり、罪人を突き出したりする場所なんです」


 今日はワラキア公の花嫁がやってくるということで、休日にしているようだ。

 そのため、見張りの兵士数名とすれ違う程度である。


 ちなみにここは生活の拠点にもなっているようで、商店の他、職人達が暮らす部屋も用意されている。

 要塞自体が街の機能を果たしているようだ。


 二枚目の扉の向こうは中郭へ繋がる場所だが、ここにもさまざまな施設があるようだ。


「ここは職人が仕事をし、生活の拠点とする場所になります」


 立派な尖塔のような建物が、いくつも並んでいた。

 そこでは糸を紡いだり、酒を造ったり、服を仕立てたり、蝋燭を作ったり、粉を挽いたり、とさまざまな仕事が日夜行われているらしい。

 ここも外郭同様に、今日は休日となっているようで、静まり返っている。


「普段は職人達の怒号が響き渡る、賑やかな場所です」

「そうなんですね」


 それ以外に畑などもあり、季節ごとに野菜や小麦などを収穫しているようだ。


 中郭の扉の向こうは、竜騎士団の本拠地だという。騎士達は日々鍛錬し、寝食を共にする場所だそうだ。神聖帝国から贈られたワイバーン達も、ここで世話をしているという。

 立派な礼拝堂や、病院などもここにあるようだ。

 騎士達も休んでいると思いきや、一列に整列し、私を歓迎してくれた。


「――ワラキア公の花嫁様に敬礼!!」


 ロラン卿やスタン卿などの迎えに来てくれた人達も列に加わって、挨拶してくれる。

 そして、その先はついにワラキア公の拠点となる天守閣に行き着く。

 重厚な石造りの建物は、見上げるほどに大きい。

 何世紀も昔からある物らしく、少し不気味な雰囲気も漂わせていた。

 ドキン、ドキンと緊張で胸の鼓動が早くなる中、城の内部へと足を踏み入れた。

 エントランスには、分厚い眼鏡をかけた、六十代くらいの白髪頭の男性が待ち構えていた。


「バートリ・エリザベル様、ようこそおいでくださいました。わたくしめは家令の、ギーケル・ストイカと申します」


 ストイカは必要以上に深々と頭を下げていた。

 まるで、これまでの対応を謝罪するかのような行為にも思える。


「ストイカ、お初にお目にかかります。これからどうぞよろしくお願いします」


 丁重な挨拶を返してきたからか、ストイカは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべた。

 けれどもすぐに私情を隠したのか、「もったいないようなお言葉です」と返す。


「それで、ワラキア公とはすぐにお会いできるのでしょうか?」


 これまで無表情でいたストイカだったが、眉が微かにピクッと動いた。

 ほんの些細な反応だったが、彼の動揺だろう、とすぐに察する。


「大変申し訳ないのですが、現在、ワラキア公に会うことはできません」

「まあ!」


 なんとなく、そうではないか、と心のどこかで想定していた。

 けれども大げさに驚いてみせる。


「もしかして、体調を崩されていますの?」

「いえ、その――」


 ストイカは眉間に皺を寄せ、苦しげな表情を浮かべる。

 もう少し攻めたら、もっと情報を引き出せそうだ。

 なんて思っていたら、背後にいたセラがストイカの代わりに質問に答えた。


「ワラキア公は十ヶ月ほど前に母君を亡くし、今も深い悲しみの中にいらっしゃるようで」

「喪中――でしたのね」

「はい」


 そのような話は聞いていなかった。想定外の事態である。

 喪中だと知っていたら、ドレスも黒を選んだのに。


「では、ワラキア公の父君である、竜公にお会いしたいのですが」


 ストイカは言葉もなく、首を横に振った。

 どうやら親子揃って、喪に服しているらしい。


 ちなみにワラキア公は神聖帝国の教皇に指名されたものらしく、トランシルヴァニア公と同様に世襲で得られるものではない。そのため、父君が在命であるにも関わらず、ワラキア公の地位に就いているのだ。

 それにしても竜公まで面会謝絶だったなんて。 


「エリザベル様、本当に申し訳ありません」

「いいえ、どうかお気になさらず」


 二ヶ月もの間、ここで過ごし、喪が明けてから面会、結婚となるのだろうか。

 出鼻をくじかれるような事態だったが、喪中であれば仕方がない。

 結婚話を断られなかっただけでもよしとしよう。

 セラの導きで、私室まで案内してもらう。

 実家の屋敷とは異なり、石造りの城内は酷く冷える上に暗い印象があった。

 昼間でも、窓から差し込む明かりだけでは足りないからか、蝋燭が灯されていた。

 先の長い廊下を歩いていると、前方からコツン、コツン、という足音が聞こえる。


「ま、まさか!!」


 ストイカが叫ぶ。

 セラが私の腕を引き、別の部屋へ連れ込もうとしたが、それに従わなかった。

 これからやってくるのは、きっと私が会わなければならないお方だ、と心のどこかで確信していたのだろう。

 廊下を歩いてきた人物は、緋色の外套に、二本の角が立派な牛の頭蓋骨を被った長身の男性。

 目にした瞬間、ゾクッと全身に鳥肌が立つ。


「ご、ご主人様!!」


 ストイカがご主人様と呼んだので間違いないだろう。

 彼がワラキア公のようだ。

 

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