ワラキア公の使用人達
使用人の様子を見たゾフィアが驚く。
「あらまあ、こんなところから出迎えてくれるなんて」
「ええ、そうですわね」
玄関などで待っているならまだわかるが、ここは城の敷地内ですらない。
「エリザベル様が嫁がれるのを、とてもお喜びになっているようですね!」
「そ、それはどうでしょうか?」
なんと言っても、私はバートリ家の吸血姫である。
もしかしたら主人であるワラキア公にふさわしい者かどうか、城内に入れる前に見極めたいのかもしれない。
ここまでやってきて、トランシルヴァニア公国に帰ることはあってはならないことだろう。
猫を被って、なんとかこの場を切り抜けたい。
ロラン卿がワイバーンから下りて、私を紹介してくれているようだ。
すると、途端に使用人達の瞳がキラキラと輝く。
「エリザベル様、見てください。使用人の方々は皆、歓迎されている様子ですよ」
「その……喜び過ぎではなくって?」
使用人達は嬉しそうに、両手を振っていた。
よくよく見たら、マジャロルサーグ王国の言葉で〝歓迎!! 花嫁様!!〟みたいなボードを掲げている者もいる。
想定外の大歓迎に、戸惑ってしまう。
ロラン卿が竜車の扉を開くと、使用人達がワッと歓声をあげながら駆け寄ってきた。
「ようこそ、花嫁様!」
「我々は歓迎いたします!」
「どうぞ中へ!」
「え、ええ、ありがとうございます」
感謝の気持ちを伝えると、使用人達は顔を見合わせ、「優しいお方だ!!」と必要以上に感激したような様子を見せている。
「うう、ご主人様に嫁いでくれる勇気ある女性と聞いて、こう、筋骨隆々の武人のようなお方だと思っていたんです」
「このようにおきれいなお方だったなんて!」
「ストイカ様は何も教えてくれなかったものですから……!」
話に出たストイカというのは父と手紙を交わしていた代理人だろう。
ロラン卿が「ストイカは家令です」と教えてくれた。
「花嫁様、お名前を教えていただけますか?」
「トランシルヴァニア公国の有力な家門出身である、というのはお聞きしているのですが」
「我々には教えてもらえなくって」
家令であるストイカはワラキア公の結婚相手がどこの誰か使用人に教えていないらしい。
だから、花嫁様と呼んでいたのか。
ふと、ここで気づく。
そういえば、ロラン卿やスタン卿にも名乗っていなかった。
「ロラン卿、わたくし、自己紹介もまだでしたわね」
「いいえ、お気になさらず。本来であれば、我々が事前に把握しておくべきことで、花嫁様から名乗っていただくような者達ではありませんので」
それを聞いた使用人達はハッとなる。
「も、申し訳ありません!! 我々なんぞが、花嫁様のお名前を知りたいだなんて、おこがましいことを!!」
「そんなことありませんわ」
ワラキア公が使用人達に私を紹介してくれるとは思えないので、ここで名乗っておいたほうがいいだろう。
バートリ――と家名が先に出そうになったが、ごくんと呑み込む。
ここはもうワラキアの地だ。家名を先に名乗る文化などない。
一度深呼吸したのちに、私は自らの名を口にした。
「わたくしはエリザベル・バートリですわ」
「バートリ!?」
使用人達の目が一気にカッと見開く。若干血走っていて、恐ろしかった。
これまでみんな笑顔だったのに、一気に顔面蒼白となる。
普通の花嫁だと思っていたのに、その正体はバートリ家の吸血姫だったので、驚くのも無理はない。
ただ、彼らの反応は私が想定していたものと違っていた。
「エリザベル・バートリというのは、あの〝血塗れの吸血夫人〟!?」
「いや、かなりお若く見えるぞ!」
「血塗れの吸血夫人は、美しい女の血を浴びて、若返っているという噂だ!」
……どうやら彼らは、私を叔母と勘違いしているようだ。
エリザベルとエルジェベット、名前がそっくりなので、間違えてしまったのだろう。
実は、私があまり社交場に顔を出さなくなった理由がこれだった。
行く先々で叔母と間違われ、恐れられるのだ。
年齢が違いすぎると主張しても、血を使った若作りの噂のせいで信じてもらえない。
結果、私は夜会や茶会に参加せず、引きこもりとなってしまった。
これまで結婚を断られた理由の中にも、叔母と勘違いしていたから、というものあったのだろう。
いつもだったら好きなように言わせておくのだが、ここは嫁ぎ先である。
勘違いされたままではいろいろと気まずい。
そんなわけで、強く否定させていただく。
「あの、わたくしは血塗れの吸血夫人ではなく、バートリ家の吸血姫のほうなんです!!」
シーーーーーン、と静まり返った。
まさか、自ら吸血姫だと名乗ることになるなんて。
誰かが小さな声で質問してくる。
「もしかして、初婚ですか?」
「初婚ですけれど」
使用人達はしばし真顔でいたが、次の瞬間には想定外の行動に出た。
「ワラキア公国の串刺し公と、バートリ家の吸血姫、お似合いじゃないですかーーーー!!」
「しかも初婚だーーーー!!」
「めでたい! めでたい! めでたい!」
状況が飲み込めず、思わずゾフィアのほうを見る。
彼女も戸惑っているようだが、乾いた声で感想を口にした。
「エリザベル様、よかったですねえ。大歓迎ですよお」
本当によかったのか。ゾフィアに問いかけたのだが、ぎこちない微笑みを返すばかりであった。




