まさか、まさかの婚姻
バートリ家のエリザベルとして生を受けて早くも二十年。そんな私のもとに思いがけない縁談が届く。
それは残虐極まりないという噂の、ワラキア公との結婚話であった。
「ど、どうしてわたくしですの!?」
きれいだともてはやされる銀色の髪は一族の者ならばほとんど持っているし、容姿は従妹のギゼラのほうが美しい。
父親はトランシルヴァニア公国の大公だが、我が国はマジャロルサーグ王国の従属国で、マジャロルサーグ王に指名されただけの雇われ大公である。爵位は一代限りのものなので、その娘と結婚しても大した益はない。
突然の打診に、混乱状態になっていた。
縁談をお断りされること百回以上、そんな中で二十歳となり、嫁ぎ遅れとなった上に、バートリ家にはある悪評があるのに――。
◇◇◇
トランシルヴァニア公国を領する我がバートリ家には、ある不穏な噂があった。
それは生きとし生けるものの血を好み、夜な夜な人を襲っては貪っている吸血鬼の一族だということである。
もちろん、そんな事実はでまかせで、バートリ家はいたって普通の大貴族である。
いくらこちらが否定をしても、人々は聞く耳なんて持たなかった。
そんな噂話が国内外に広がること早数年――結婚適齢期を迎えた私は想定外の事態に襲われる。
結婚話が浮上するたびに、〝バートリ家の吸血姫〟と結婚するのはちょっと……とお断りされてしまうのだ。
バートリ家の吸血姫、というのは私、バートリ・エリザベルを示す不名誉なものだ。バートリ家の者達は全員吸血鬼だ、という噂話から、そのように呼ばれるようになったのである。
バートリ家はポーラン国の王を輩出したり、トランシルヴァニア公やマジャロルサーグ王国の宰相に指名されたり、と政治分野で優秀な者が大勢いる。
そんな中でいつしか、バートリ家の者達は家名を名前よりも先に名乗るようになったのだ。
おかげさまで、「バートリ」と口にしただけで、ほとんどの人達が回れ右をして逃げてしまう。
そんな事情があり、血濡れた不穏過ぎる謂われがある一族の娘と結婚したいと思う男性なんて一人もおらず――辞退の手紙が百通を超えた年に、最悪なことに私は二十歳の誕生日を迎えた。
貴族の娘として生まれた者は、十六から十九歳までに婚姻を交わす。
つまり、私は立派な嫁き遅れとなってしまったわけだ。
どうしたものか、と家族で頭を抱えていたところ、トランシルヴァニア公国の宗主国であるマジャロルサーグ王国からある打診が届いた。
それは、トランシルヴァニア公国の南部にあるワラキア公国を領する、ワラキア公ブラッド・ヴィスドル・ランケア・ドラクレシュティとの婚姻話。
「お、お父様、ワラキア公というのは、その――」
「み、皆まで口にするな」
「ああ、なんてことなのでしょう……!」
ワラキア公には残虐極まりない、ある異名がある。
それは〝串刺し公〟というもの。
なんでも数年前、他国から友好のためにやってきた大使を串刺しにし、城の外に晒したことが由来らしい。
また、神聖帝国を始めとする、この大陸を侵攻してきたアトウマン帝国の兵士達を捕らえ、生きたまま串刺しにし、戦意を喪失させたという噂話が広がって呼ばれるようになったのだとか。
串刺し公は年若く、現在は二十七か八歳くらいだったか。
これまで未婚で、結婚話すら浮上していなかったらしい。
心配したマジャロルサーグ王国の国王が、同じように結婚相手が見つからないであろう、バートリ家の娘を心配し、取り持ってくれたという。
「お、お父様、串刺し……ではなくてワラキア公は臣下ですら、串刺しにしているというお話を耳にしたことがございます」
「な、なんという……!」
顔を真っ青にさせた母は、父に懇願した。
「あ、あなた、この話はお断りしてください。あまりにも残酷です!」
「し、しかし――」
父は額にびっしりと汗を掻いた状態で、マジャロルサーグ国王からの手紙を見せてくれた。
指差した行には、すでにワラキア公の承諾を得ている、とあった。
「すでに、双方の家が婚姻を交わすことが決まっているらしい」
マジャロルサーグ国王はさらに、こう付け加えていた。
――バートリ家の吸血姫と、ワラキア公国の串刺し公って、なんだかお似合いだよね!
私達家族は同時に頭を抱えたのだった。
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