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深く腰掛けて

作者: シロボウ

人生で5回目の夏休みに差し掛かる頃。教室で話の中心になっている奴らがいた。

曰く、一足先に肝試しをしに裏山の奥まで行ってきたらしい。


俺は聞き耳を立てていたが、内容はなんてことない。

葉っぱのざわめく音が聞こえたと思ったらネズミが飛び出したとか、ふざけて机を蹴ったら虫がわんさか出てきたとか、そんなことばかり話していた。


このやんちゃグループが行ったというのは、裏山にある寂れた小屋の話だ。


なぜかカラスの鳴き声がよく聞こえる山で、夜じゃなくても薄暗い道。ボロボロで雰囲気のあるその小屋は、言わば鉄板の肝試しスポットだ。

辿り着きさえすれば、このクラスじゃ勇気のある奴として太鼓判を押される。そういう風潮があった。


俺も一人で行ったことがあるが、別になんでもない。

ビビリな奴なら怖がるだろうと言った程度のものだったはずだ。が、あいつらは話を盛るのが本当にうまい。


しかし、このやんちゃグループはもう一軒回ってきたというのだ。

俺だって怖いもの好きの端くれ。色々探し回ったつもりだが、建造物らしいものは無かったはずだ。


ふとやんちゃグループの話に意識を戻すと、自慢話の盛り上がり所に入ったらしく、話し方の勢いが増していた。


「小屋は見たし帰ろうと思ったら、道間違えたみたいでさ。迷ってたら偶然! ボロボロの……なんかの店? があってさ。すげー狭かったからレストランってよりバー? に見えるやつでさ」


急に曖昧な表現が増えるが、やんちゃグループは勢いだけで話し続ける。


「でもさ、その店すげーきったないの。蜘蛛の巣は張ってるし、埃っぽくて息苦しいし。でも、一個だけきれいに手入れされてた物があったんだよ」


やんちゃグループは、みんなでニヤリと笑った。


「それが、なぜか天井に括り付けてあった高そうな椅子! それ下ろしてみんなで代わる代わる座ってさ、ギイギイ鳴ってマジで雰囲気出てんだわ!」


周りは大盛りあがり。すごーいとか私も行きたいとか、そんな反応ばかりだ。


「……アホらし」


俺は盗み聞きをやめ、とっとと帰ることにした。

外に出て、正門を抜ける。するとすぐに、何かの気配がした。誰かが俺の後ろを付いてきている。


勢いよく振り向くと、幼馴染の麗子(れいこ)がビクッと肩を揺らした。


「なんだよ。何か用かよ」


「えっと、ちょっと相談があって……」


もじもじと話しづらそうにしている麗子に、俺はずいと詰め寄る。


「またあの連中となんかあったのか? 言っただろ、知識もないのに心霊スポットには近付いたらダメだって」


「そっその、ご、ごめん……」


麗子は昔から気が弱いタイプだった。

そのくせ見た目は可愛いもんで、さっきのやんちゃグループみたいなのにはよく絡まれる。

誘いを断れない性格なのはわかっているが、なんだかイライラする。


聖司(せいじ)、霊感あるって言ってたじゃない? その……さっきの話、実は私も行ってて……」


「……またか」


俺は大きく溜息をついた。

麗子は小さい頃から引き寄せる体質なのだが、そもそもそういった場所に行く機会が尋常じゃなく多い。

これは最早、俺が止めるようなものではない――もちろん、知識をつけて最低限守ってやってはいるが。


「えっと、これ見てほしいの」


彼女が取り出したのは現像された写真。

俺の寺で用意した特殊なインスタントカメラをいくつか渡しているから、こういった時に役に立つ。


「なんだこの……花畑? あの裏山にこんなとこあったか?」


写真には、一面に咲き誇る赤と白の彼岸花。

その先にポツンと、先程のグループが話していたボロボロのバーらしき店が佇んでいる。


「やっぱりそう見える? それが、みんなに聞いても『何も写ってないじゃん』って言うの。写真を見せても、まるで花や店なんて見えないみたいに……」


麗子はまた自分だけ変なものが見えてるのではないかと不安だったんだろう。

実際、それは的中してしまっているわけだが。


見覚えのないボロボロのバー、天井に括り付けられた椅子、麗子と俺にしか見えない彼岸花。

あからさまに怪しい場所だ。


「それでね、一緒にここに行ってほしいの。実は、ここで見かけたお椀を持ってきちゃってたみたいで」


麗子がかばんから真っ赤なお椀を取り出す。見るからに高そうというか、妙にきれいだ。


「ちょっと待て。"持ってきちゃってたみたい"って……お前、そんな手癖の悪い奴だったか? それとも、あいつらに持たされたとか――」


「違うの! 変にきれいなお椀があるなと思って棚を見てたんだけど、帰る時には気付いたらかばんに入ってて……その棚には誰も近付いてないの。もちろん私も」


「……おいおい」


俺はガシガシと頭を掻きながら、また不思議なことが増えたと辟易する。


「わかった。そのお椀を返すだけな。そんでこういうのは多分早い方がいい……すぐにでも行くぞ」


俺は麗子と二人で、裏山で散策をすることになった。しかも、何が起こるかわかったものじゃない場所を目指して。



--

麗子と裏山に向かい、心霊スポットである小屋を通り過ぎてしばらく歩いた頃。

彼岸花がポツポツと咲いていることに気付く。


「……本当にあったのか」


俺は少し屈んで、花を覗き込む。

なんの変哲もないように見えるが、本当に俺と麗子にしか見えないのか?


一輪だけ持ち帰って調べてみようと思い、彼岸花に触れる。


「熱ッ!」


手が火傷したように痛む。

念の為ポケットの中に入れていた御札を取り出してみると、焼け焦げたように黒く変色していた。


手折ろうとしたからか? それとも、既に呪いが始まっている?


「えっと、この先にバーが……あった!」


麗子が指さした先には、話に聞いていた通りの建造物があった。

そして何故か、彼女は建物に吸い込まれるように入っていく。


せっかくついてきたのに、一人で動かれちゃ意味がない。

そう思って急いでバーに入るが、麗子の姿はもう見当たらなかった。


おかしい。まだ入って5秒も経っていないし、隠れられそうな所なんてほとんどないのに。


「お、おい麗子! どこいった! 返事しろ!」


バーは思ったより狭い。

出入り口はここと奥の1つしか見当たらないため、そこに行ったとしか考えられない。


お椀を返しに行ったのか?

どこにあったとかは細かく聞いていなかった……まさかこんなにも急にはぐれると思ってなかった。


ふと、さっきのやんちゃグループが言っていたことを思い出す。


『天井に括り付けてあった高そうな椅子! それ下ろしてみんなで代わる代わる座ってさ――』


そういえば、どこにも椅子がない。バーっぽいのに客用の椅子すら見当たらない。

……全部奥の部屋にあるのか?


俺は床をギィギィと鳴らしながら、恐る恐る奥の部屋を覗いてみた。

しかしそこにあったのは、何の変哲もない、すごく狭い倉庫だ。


隠れられそうな場所はどこにもないはずなのに、椅子も麗子も見当たらない。

緊張状態が続く中、後ろからうめき声のような音が鳴る。


「うう」


バッ、と振り返るが、誰もいない。


「聖…司……」


上から、麗子の声がする。

声のする方を見上げると、天井で麗子が椅子と一緒に縛り付けられていた。


急いで紐を(ほど)き、麗子を下ろす。

呼吸をしづらそうにしているが、意識はあるようだった。


「首を括られて……吊るされる幻覚を……見た。すごく……恨んでるみたい……」


麗子のバッグから、コロコロと何かが落ちる音がした。

……そこには、真っ二つに割れた赤いお椀があった。


首には何も触れていないはずなのに、徐々に苦しそうになっていく麗子。

誰かに首を絞められるように、手の形が赤く浮かび上がる。


俺は彼女を背負い、急いでバーを飛び出した。


外には彼岸花が続く。いくら走っても花畑は続いた。

息が上がっていく。もう走れない。


意識が朦朧とする中、ふと麗子が何かを持っていることに気が付いた。


「おい、割れたお椀なんて持ってんじゃない!」


俺は麗子に当たり散らしながら、お椀を叩き落した。

椀に触れた瞬間。ざあっと嫌悪感が引いていった。彼岸花も、いつの間にか見当たらない。


「は……もう…はっ……走れないっ……」


そのまま崩れ落ちるように、麗子を下ろす。

彼女の体調も落ち着いている……首にあった赤色の手形は、既に消えていた。


「聖司、私達に……何が起こったの?」


「そんなの、俺だって知りたいよ……」


とにかく助かったのだ。これ以上調べて、呪いに巻き込まれるのはゴメンだ。

俺達は帰路に着き、今日のことは忘れようと約束した。こういう話をしてると、寄ってくるからな。

この二人の冒険は、ここでお終い。

心配せずとも、二人はこの後も無事です。やんちゃグループは、どうなったかわかりませんが。


ところで、物というのはどれだけ思い入れがあっても、いつかは手放してしまうものですよね。

遺留品であったり、曰く付きのものであったり……それらが中古で売っていたとして、見分ける方法は私達にはないわけです。


物には多少なりとも思いがこもるもの。

あなたが今まさに使っている物に、よくない思いがこめられていないことを切に願っています。

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