資料:主な登場人物
【エステル・ファビウス侯爵夫人(研究者ヴァイオレット・バラデュール)】
魔法陣研究に心血を注ぐ元子爵令嬢。初手悪女呼ばわりの夫に嫁いだ。
興味のある事、好きなものにはとことん夢中になるタイプで、研究中は周りの声が聞こえない事もしばしば。逆に興味のない事、嫌いなものは放置しがち。ちょっとした不便は魔法陣作成と己の魔力で突破できてしまうため、多少の困難では打ちのめされない。
リリアの測定によると魔力量Sクラス。
魔力筆から出力される線の太さは書き手の魔力コントロールによるが、細い線を安定して引けるため精密に書き込む事が可能。
とにかく必要な要素を書き込めばちゃんと発動する!という認識のため、一見すると簡略過ぎて詳細指定ができていないようにすら見えるのにきちっと発動するアレク様(ジェラルド)の魔法陣作成技術に尊敬の念を抱いている。
父であるオブラン子爵に愛された記憶はないが、優しい母と自由な妹、適度に放置してくれる使用人、あれこれ指摘して足りない所を補ってくれるラウレンスに支えられて生きてきた。
記録によれば、父フィクトルは出先で魔物に襲われて死亡、母リーセは心臓発作で死亡している。
【ジェラルド・ファビウス侯爵(研究者アレクサンドル・ラコスト)】
王国騎士団の第二師団長も務める美貌の侯爵。妻を初対面で悪女呼ばわりした事を後悔している。
リリアの測定によると魔力量Sクラス。
どうせ使うならきちんと把握しておきたいという理由で魔法陣の勉強を始め、これもっと改良できるだろう、と研究者になった。
エステルが研究者名を隠したのは身を守る意味合いが強かったが、ジェラルドは自分を嫌う者達によって不当に妨害される事を防ぐ意味合いが強い。
エステルと違って構成要素を詰め込むのではなく、最も最適かつ効率よく魔力を循環させられる配置を突き詰めていくスタイル。複数の記号の配置を、全体で見た時に別の記号の役割も果たすように描く、という記述方法も会得している。
ガラクタを詰めたようなただ見づらいだけの魔法陣と、エステルが描く、まるで全てが最初からそのようにあったかのような美しく精密な魔法陣とは天と地ほどに差があるらしい。
ジェラルドは簡略化ならできるが、エステルが作ったお手本を見ずに「同じ大きさ同じ構成内容で自由に配置し、起動可能な魔法陣を作ってください」と言われたらできない。お手本ありでも相当に神経を使った上で劣化品が作れるかというところ。大きさの制限なしで簡略化ありなら同じ質のものを作ることは可能。
【アレット・クラーセン(稀代の悪女エステル・オブラン)】
エステルの妹。
魔力をまったく有しておらず魔法陣を一つも起動できない。「したい事して生きる」がモットー。
父親が逐一「可哀想」という言葉を使い、否定してもまったく聞かないのでやがて話し合う事を放棄した。
ちょくちょく顔を出しては真っ当に気にかけてくれるラウレンスに懐くも、なかなか猫可愛がりまではしてくれないので「男受け研究」を始めた。
ラウレンスに構ってもらうためとしては方向性がちょっと間違っていたが、結果的に男遊びの楽しさを知り、ラウレンスが頭痛がしてそうな顔で心配してくれるようになったので結果オーライである。
いつか姉と一緒に屋敷を完全に出ようと画策していたが、良い感じにジェラルドがエステルを貰ってくれたため、自分も家を出るついでに父親を牢に入れる手はずを整えた。これはジェラルドも一枚噛んでいる。
温めていた養子縁組の書類(数年前酔った父親にエステル用と言ってサインさせた)を持って嬉々として――磨き上げた演技力で「家が無くなっちゃうの」とポロポロ泣きながら――ラウレンスの家に突撃した。
サインした瞬間ガッツポーズをして喜んだアレットを見て、ラウレンスは瞬時に「騙された」という顔になったという。
男達と楽しく刺激的に過ごし、晩年は老いたラウレンスを世話して穏やかに暮らし、看取り、そうして一人旅にでも出ようかなという人生設計。
【ラウレンス(エーミル・クラーセン男爵)】
オブラン姉妹、エステルとアレットの影の保護者。親友夫妻の忘れ形見である二人を見守ってきた。
出版社との交渉から魔法陣の売却、学会や騎士団からの依頼の仲介などエステルのフォローは勿論、個人的に資産や情報を増やしておくため冒険者として魔物討伐もこなしてきた。
アレットの事は魔力はなくとも処世術に長けていたためさほど心配していなかったが、男漁りを始めた事で非常にラウレンスの頭を悩ませた。
平民の生まれながら魔力量が高く(リリア測定:Aクラス)、親友フィクトルの勉強に付き合わされて魔法陣の知識を得る。使いたい魔法陣の種類がわかればよく、自分で魔法陣を作ろうとは思わないため、エステルの研究語りにはさほど興味がない様子。
フィクトルに婚約者ができると聞いて腹を抱えて笑い転げ、「お花持って格好つけんのか、お前が」と聞いたところ、「やるかもしれねぇ…」と雑草を口にくわえて片手を差し出すポーズをされて呼吸困難になった。「顔合わせお前も来るか?」と軽く聞かれ、真顔で断る。
人の死はたとえ一人が真実を知っていようと、世には届かないものである。
【第三王子ラファエル】
ジェラルドの幼馴染(同い年)。ジェラルドは公的な場では「殿下」と呼ぶが、身内や騎士団の近しい部下の前だと「あいつ」「ラファエル」「あの馬鹿」などと呼んでいるようだ。
強力な攻撃用魔法陣を暴発させず正確に発動、コントロールする事ができる秀才。魔法陣の用意さえあれば王都全体を粉砕するものでも扱える。エステル、ジェラルドと組めば実現は可能。
大勢でわいわい楽しむ場が大好きなので、隙あらば夜会を開き隙あらば茶会にも飛び入り参加する。笑顔で気さくに話してダンスもしてくれるため、端的に言ってチャラい印象を持たれがち。本人も否定はしない。ムキムキの騎士に詰め寄られるより、可愛い女の子達に囲まれていたい。
とはいえ既婚者なので誰かと個室に消えるような事はなく、事前に参加が決まっている会であれば必ず妻を誘っているがすげなく断られる事が多い。妻は文官としてバリバリ働いている所を当時十五歳のラファエルが見初め、翌年にした最初の求婚を瞬時に断られ、三年通いして承諾してもらった三つ年上の令嬢。
結婚して四年、ジェラルドと顔を合わせる度に「結婚はいいぞ…」と言っていた。
幼い娘が二人おり、妻は産休だけとって未だにバリバリ働いている。なかなかデートしてくれないのがラファエルの悩み。
ドラゴン討伐の後は魔力欠乏により気絶寸前まで陥ったが、自ら頬を叩いて意識を保ち、後始末の指示をした。
走る馬車の中で薬を浴びるように飲み、妻子に顔を見せる暇もなく国王らへの報告を済ませ、ジェラルド捜索やドラゴンの死骸の始末について会議を行い、僅かな仮眠で凱旋パレードを行う。
エステルが目覚めたと聞いてファビウス侯爵邸への報告を部下と代わり、自ら話をした後で地下迷宮にいる可能性について国王へ報告したが、エステルも予想した通り捜索許可は下りなかった。
休息を疎かにした分ラファエルの魔力はほぼ回復しておらず、ここでようやく自分の離宮へ戻って妻と再会。顔を見た瞬間初めて泣かれておろおろしている所を「いいから寝てください!」と平手打ちされて倒れた。
【フィクトル・オブラン(故人)】
エステルとアレットの父親であり、ラウレンスの親友。
陽気であまり細かい事を考えないタイプ。強い劣等感を抱く弟に自分が何を言っても無駄(悪く受け止められる)だろうと、自らその話題を出すような事はなかった。
決して兄弟仲が悪かったわけではなく、顔を合わせれば話し、笑い、幼少期には悪戯っ子の兄が父に叱られるのを弟がぽかんと眺めるような事もあった。
弟が親戚に嫌味を言われている現場を見て止めに入り、「魔力にばかり囚われて人の価値を決めるのは馬鹿がする事だ」と啖呵を切った事がある。
自分を庇う兄の背を見ながらその言葉を聞いた弟が、魔力が無い事に囚われて自分の価値を決めていた弟が、生まれながら強い魔力を持つ兄にそれを言われてどう思ったかは、本人のみぞ知る。
父親が勝手に縁談を持ってきてちょっと面倒&ラウレンスに話すネタになるなと思っていたが、現れたリーセが普通に可愛かったため、普通に笑顔で話して普通に連れ出し、普通にラウレンスに会わせて「デートで金物屋に来る馬鹿がいるか!」と怒られた。
リーセがラウレンスをお茶に誘う(使用人付き&フィクトルに言いづらい悩み相談)ため、リーセに「ラウの親友は俺だからな」、ラウレンスに「リーセの夫は俺だからな」と拗ね散らかした顔で言った事がある。リーセは微笑んで「もちろんです」と返してくれたが、ラウレンスには「大体お前のせいだからな」と白けた目で見られた。
娘が生まれて大喜びし、ラウレンスに名付け親になるかと聞いて「馬鹿か!リーセと決めろ!」と怒られ、三日悩んでエステルという名に決めた。この時二番目の候補だったのがアレット。
エステルが二歳の頃(約十六年前)、刃物による傷が原因で失血死した。当時リーセのお腹にはアレットが宿っていたが、それを知る事はなかった。
【リーセ・オブラン(故人)】
エステルとアレットの母親であり、ラウレンスの良き友。
代々魔力を有する伯爵家の三女だが、兄弟の中でもっとも魔力が少なく「一族の恥」呼ばわりされていた。オブラン子爵家から完全に魔力目当ての縁談が持ち込まれ、リーセは魔力が豊富な姉や妹でなく自分が寄越される事を相手は不満に思っているだろう、と怯えながら婚約した。
フィクトル自身は魔力量をまったく気にしていないと知り、少しずつ歩み寄って仲睦まじい夫婦となる。魔力が少ない事で下に見られてきたため、まったく魔力の無いフィクトルの弟から向けられる嫉妬と羨望に戸惑っていた。
夫の死後悲しみにくれていたが、エステルと三人で描かれたものまで全て夫の肖像画が燃やされ、忘れ形見であるエステルも消されるのではと危機感を抱く。娘を守るために少しずつ手を回し、手紙越しではあるが再会したラウレンスに願いを託した。
十年前、脳挫傷によって命を落とす。
【ロードリック・サイモン・ルーズヴェルト(故人)】
稀代の天才魔術師と呼ばれた数百年前の第二王子。
膨大な魔力(リリア測定:SSSクラス)と豊富な知識、開発力で魔法研究を一人で千年分は進めたと言われている。しかし彼が開発した中には魔力量が豊富な者でなければ扱えないものや解読しきれないものも多く、時の流れによって用途不明のまま失われた研究も数えきれない。
強力な魔法を行使できるが「何かを傷つける」という事ができず、武器をとって戦うどころか、得意な魔法で魔物を倒す事すらできなかった。そのように半端な力を持っているため、父王と王太子は彼を有効活用するには飼い殺しが一番だと判断、コーデリアとの結婚を認めず高位貴族の妻をあてがおうとした。
ロードリックはかねてより極秘に作っていた楽園へ避難したが、追っ手に見つかって城へ連れ戻される。躾と称した拷問の末、駆け付けたコーデリアの腕の中で亡くなった。
【コーデリア(故人)】
数百年前の女騎士。
平民ながら規格外の魔力量(リリア測定:SSクラス)を誇り一騎当千の実力を持つ。ただし自分では魔法陣を書いたりできない。これが何用だよ、と教えてもらうと覚える。
淑女らしからぬ言動に貴族からは軒並み煙たがられ、「山にいる汚らしい狼のよう」と陰口を叩かれていた。
狼結構。たとえ爪が折れようと、この牙で敵の喉笛食いちぎってくれよう。
ロードリックが攫われた事で城へ急襲をかけ、たった一人にも関わらず玉座の間まで到達。瀕死のロードリックを足蹴にしていた男――国王の首を刎ねた。
周囲が騒然とする中でロードリックを抱き起こすが時すでに遅く、彼は「会えてよかった」と呟き微笑んで死んだ。一筋の涙を流して。
慟哭するコーデリアを王太子が背後から斬首刑に処した。素人の手によるため、即死ではない。
【ザカライア(故人)】
数百年前の王。
第三王子だったが、第二王子ロードリックが病死、国王は錯乱した騎士に殺され、王太子だった第一王子の死をもって王位継承権一位となり玉座についた。特に第一王子はザカライアが暗殺したという説が有力。
退位後も国を見守ったが、ある時姿を消してそれきり見つからなかった。
一度も笑わない王だったと語り継がれている。




