資料:魔物その他
【チベッティ・シュナギツーネ】
愛玩用として一部に人気の高い狐の魔物。
目が細く人に例えると真顔のような面立ちであり、滅多に鳴かず、人にも中々懐かず、常に遠くを見つめているミステリアスさが人気らしい。愛好家からは「あれほど可愛い生物はいない」と熱狂的な支持を得ている。
王都に国で唯一のグッズ専門店があり、新作が出ると第二王子によく似た人物が出没するという噂もあるが、真偽不明である。
肉は固く臭みがなかなか取れないため、食用には向かない。
なお、沼地に生息するヌメッティ・シュナギツーネは独特の笑顔が「ゲスい」と言われるが、コアなファンがいる。
【ケワシ・イタカ】
鳥の魔物。目つきが鋭く獰猛、攻撃的で肉食。飼い慣らすのは至難の業だが、一度信用を得ると優秀な狩りの供になるらしい。上下関係の調教を誤って襲われた飼い主の例あり。
生肉を調理するより干し肉にした方が旨みが出るので、主な生息地である山間部では保存食作りが盛ん。卵が絶品過ぎて一時期絶滅しかけたため、今は卵を獲るのは法律で禁じられている。闇市には出品されている。
威厳ある外見のため、貴族の紋章のモチーフにも用いられる。
爪や牙に守護を示す記号を彫り込んだもの(魔法陣としては成り立ってないのでおまじない程度)が魔除けとして人気だが、記号が間違っていたり意味の無い落書きが彫られた詐欺まがいの物も出回っており、エステルは誠に遺憾である。
【ヤサシ・イタカ】
鳥の魔物。大きく愛嬌のある目の上に困り眉のような模様があり、そこはかとない哀愁が漂う。
短時間なら水に潜る事ができ、獲物を水に落として溺れるまで待つ習性がある。待つ間に水棲の魔物に奪われると、奪った相手をしばらくじっと見つめている。微笑んでいるとも呪っているとも言われる。
肉は美味いが下処理を誤ると死ぬ毒がある。卵は人間の探求心をもってしても未だ死なずに食す方法が見つかっていない。食べ方で死に方のパターンがあり、かつてその研究のために連続殺人を犯した研究者もいた。
爪や牙を持つ事はヤサシ・イタカの怨念を呼ぶと言われ、嫌いな相手への嫌がらせなどに使われる。部位が表す意味には地域や家系によって微妙に差があるため、アレットいわく使い方にもコツがあるそうだ。例えば、ある貴族には「羽を三枚扇形に並べたものが最も不吉」と伝わるが、別の貴族では「下向きの扇形なら相手からの謝罪を表す」などである。
【メナシウサギ】
王国に広く生息する兎の魔物。
名の通り目を持たず、視覚がない代わりに優れた嗅覚と聴覚を持つ。野生では主に暗い洞窟や山中の土を掘った巣穴で生息しており、雑食で苔やキノコ、小さな虫、ネズミなどを食べる。
人に懐きやすく、専用のキットを使うとトイレも覚える。大体何でも食べるが、草食させた方が匂いが気にならない。野生は土を掘るために汚れて個体識別が難しいが、元は多種多様な毛色を持つ魔物であり、ごく稀に生まれる模様持ちは高額で取引される。
肉は柔らかく、鶏とほぼ変わらない調理で親しまれている。独特の味わい深さがあり病みつきになる者も多いため、専門料理店や畜産農家が存在する。ジェラルドも当然食べた事はあるのだが、迷宮の一件以来、マルク達には「絶対に食卓に出すな」と命じた。
愛玩用と食用で愛好家同士の争いが絶えず、王立裁判所にある法廷のどれか一つは毎日メナシウサギに関わる裁判だとも言われる。ジェラルドいわく、さすがにそれは嘘らしい。
【クローカラス】
鳥の魔物。ハイーロカラスの卵から時折生まれる羽が黒い個体で、群れのボスとなる。
クローカラスが生まれると当代のボスが世話をし、一人前になるとボスを交代し先代は姿を消す。
研究によると、必ずしもクローカラスの卵からクローカラスが生まれるわけではないようだ。クローカラスの卵は、ハイーロカラスの卵である。味も同じだったと証言した学者はハイーロカラスの群れに襲われて命を落としている。
老いたクローカラス達は皆同じ方角へ向かうため、東南地方には「黒い羽だらけの墓地を見つけた者は二度と人の世に戻れない」という民話がある。
ラファエルは「行ったら宴を開いて歓迎してくれたよ。魔法も教わったし」と言うが、誰もろくに信じていない。
また、クローカラスの肉を食べた者は見えない印がつき、たとえ別の群れであろうと生涯ハイーロカラスに襲われ続けると言われる。
そのため、倒したクローカラスは食べず、敬意を持って素材を活用し、肉や素材にできない部位は丁重に弔うのが習わしである。
【ハイーロカラス】
鳥の魔物。群れのボスであるクローカラスの指示のもと、集団で餌を探し時には中型の魔物でも襲って食べる。王国全土に広く生息しているが、巣に近付いたり攻撃しない限り人間を襲う事はない。
学習能力が高く、魔法陣を使って餌を取り出す様子を繰り返し見せると、真似してつつき、やがて魔力を流し魔法陣を使った個体もいたという。
定かでないのは、魔物が魔法陣を使うという危険性ゆえに飼育されていたその個体が他の研究者によって殺され、後に研究が禁止されて証明が不可能になったためである。
肉は臭みがあるため、王都では下処理の段階でハーブを使う事が多い。クレマンの出身地である北部の村ではハーブを使うのは邪道で、一晩酒に浸すのが正義とされる。
マルクの出身地である南部の村では酒を使うのは邪道で、家ごとにブレンドしたハーブを使うのが正義とされる。
クレマンとマルク本人達は「美味ければどっちでもいい」と思っているようだ。
【グンセーヒ・カリゴケ】
群生する光る苔。便利。ありがたい。
発光部分に食べると視神経に作用する毒があり、分離も難しいので普通の生物は食べない。メナシウサギは影響が無いのでこれも食べるが、味はそんなに好きではないのか、喜んでモリモリ食べるような事はないようだ。
三日天日干しして水分を飛ばしてからすり潰して振るいにかけた粉末は美しく、菓子の装飾として一時期流行った。
無毒化に成功していると言われていたが、蓄積するタイプの毒に変化していただけとわかり訴訟が相次いだ。
現代においても、奇跡の粉などと言って売られている薬はおおよそこれを含む詐欺である。
見るだけなら綺麗なので、祭りの屋台ではこれの発光部分を小瓶に集めたものがよく売られている。
幼いアレットがお小遣いで買ってエステルに見せたところ、同じ光り方をする魔法陣を考えてくれた。しかしアレットは自力では発動できなかったため、時々エステルに頼んで光らせてもらっていた。
【カミツキドリ】
鳥の魔物。嘴の中に牙が生え揃っていて噛まれるとかなり痛い。
飛ぶより走る方が速いため地面にいる事が多く、飛んでいる姿はあまり見られない。肉食で小動物から魔物の死骸まで幅広く食べる。人も捕食対象だがさほど強くない魔物なので、負傷者こそ絶えないが、カミツキドリに殺される大人は滅多にいない。
翼と尾は矢羽に最適で、牙は小動物向けの罠などに使われる。毒や臭みのない肉ではあるが、単体の味や旨みはないので調味料無しには食べたくない部類。蒸すと食感が悪くなるため、焼いたり煮るのが主流。
ラウレンスは少年の頃カミツキドリの雛をフィクトルと一緒にこっそり飼い、フィクトルの父である当時のオブラン子爵にバレて二人揃ってしこたま怒られた事がある。
雛が子爵のウィッグに噛みついて離れなかったため、ラウレンスもフィクトルもそれから三日間腹筋を痛めたままだった。
【スズナリヘビ】
蛇の魔物。発声器官はないが、大きい鈴が鳴るようなカロカロという音を出す。
ネズミやメナシウサギの子供が好物で、大きい個体は成体のメナシウサギでも丸呑みする。
音は獲物を仕留めた後と獲物を飲み込んだ後に鳴らす事が多い。飼育下での寿命が約二十年と長く、音の美しさを競う大会が年に一度開かれているが、毎年必ず脱走者が出て騒ぎになるために王都での開催は三十二年前に禁止された。
皮を剥ぎ香辛料と共に焼くと良いツマミになるが、下処理でぬめりを取るのが大変。取らないと舌が痺れるため、このぬめりを材料とした窒息目的の毒薬が存在する。
ジェラルドの部下はこれを薄めたものを拷問で使う事がある。喋りにくくする事は恐怖を煽るのに使える手らしい。
【ドラゴン】
前触れなく天より現れる厄災であり、悪政の王の時代に現れるとも、人間が増え過ぎれば現れるとも、あれこそが魔物の王だとも言われる。
人間も魔物も無機物も関係なく蹂躙する破壊の権化。単体の脅威に加え、近隣に棲む魔物のスタンピードが必ず同時発生するため、一度現れれば数万人以上が犠牲になると言われている。
出現頻度は数十年単位と言われるが、百年以上現れなかった事もある。
未だかつて和解も従属も叶った事のない魔物であり、人間が倒せなかった場合ドラゴンは息絶えるまで暴れ続けるとされる。
彼らが暴れる理由は誰も知らない。
【ダンジョンマスター】
稀代の天才魔術師と呼ばれた王子、ロードリックが秘密裏に開発した自我を持つ広域監視装置。
現存するのは彼が「楽園」と呼んだ地下都市の最奥にある一つのみで、固有名として【楽園の管理者リリア】を与えられている。
魔力によって動く装置であり、性別は存在しない。
ロードリックが志半ばで亡くなったために未完成ではあるが、水晶を支える台座の内部および床下に至るまでびっしりと記号や文言が書きつくされ、非常に高度な機能を持つ一つの魔法として発動、顕現している。
実体化に至っておらず触れようとしてもすり抜ける。外見と音声の設定を簡略化するため、姿と声は見る者によって認識が異なる。
検証の結果、ロードリックはその時に【会いたい】者の姿で見えているのではと推測した。お腹を空かせた彼の妻にはメナシウサギに見えたようだ。鳴き声ながら、きちんと人の言葉で聞こえたらしい。
なお思考能力の差であるのか、メナシウサギはもちろんのこと、楽園に住む魔物や他の生物達はリリアに反応を示さなかったようだ。
リリアの名はロードリック、コーデリア、ザカライアから取ったもの。
魔力がなければ作動しないため、停止中の時間経過を計測する事はできない。前回の起動から何分、何年経ったかは人間側が記録し、教えない限りリリアにはわからない。
リリアの感覚では眠った次の瞬間に目覚める事を繰り返している。
次に目覚める時同じ人間がいるのか、老いたその人がいるのか、まったく知らない誰かがいるのかもわからずに、リリアはまた眠りにつく。




