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【完結】悪女日誌 ※電子書籍1~2巻 配信中&コミカライズ企画中  作者: 鉤咲蓮
三章 侯爵夫人と地下迷宮

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26.ジェラルド様の形をした何かを発見!



 歩を進める度、靴に仕込んだ魔法陣がぱしゃぱしゃと水を弾く。


 地底湖に細く伸びた道を通って、私とラウは祭壇のある中央へ到着した。

 自然な物ではなく敢えて設置したのだろう、石材で固定された鉱石で四隅から照らされている。小さな神殿のごとく石造りの屋根が組まれ、長方形の祭壇には鞘に納めた双剣が置かれていた。


 奥にある石版には荒れた文字が綴られている。

 一行目の内容に小さく息を呑み、私は一呼吸おいてからそれを読み上げた。


 【兄上が父上に連れ戻されて殺された。僕のせいだ。兄上のぴかぴか苔の町は半壊している。僕がもっと扉の仕掛けを、町までの迷宮をもっと複雑にすべきだったんだ。義姉上は仇を討った為に、その場で罪人として処刑されたらしい。言われた通りに待ってるなんて僕が馬鹿だった。兄上を、義姉上を、取り返さなければ。】


 少し、沈黙が流れた。

 ザカライアは……国王の死後、王太子だった長兄を暗殺して王になったと言われる人だ。第二王子ロードリックの病死も、国王が錯乱した騎士に殺されたのも、全ては彼の掌の上だったと伝わっている。

 悪政を行ったわけではなくとも、その経緯から恐ろしい王であるというイメージは強い。


 ラウが私の視界に入るよう軽く手を振り、双剣が置かれた祭壇を指した。

 双剣より奥に一言だけ、言葉が刻まれている。



「【永遠の安寧を】」



 祭壇は……人が二人、入る大きさだ。

 上部が蓋だとわかる切れ込みを見なかった事にして、私とラウは黙って胸に手をあて、目を閉じる。


 どうか、安らかな眠りを。

 そしてどうか、ジェラルド様が見つかりますように。

 貴方がたが楽園と呼んだこの場所で、再び会う事ができるように……力をお貸しください。


 目を開けて、私はゆっくりと深呼吸した。

 探索のための情報は何も手に入らなかったけれど、ここが駄目なら灰色狼の《とげとげ岩の町》を目指すだけだ。


「ジェラルド様を探しましょう。ラウ」

「ああ。」

 頷き合ったところで、この浅瀬の道は対岸へ続いていたのだったと思い出す。

 奥には何があるのだろうと目を向けた。

 対岸は鉱石の量が少なく薄暗い。この空間の明るさに慣れるとちょっと見づらいが、そこにも何か人工物があるらしいのはわかった。


「もしかして…ここはまだ何かあるのかしら?」

「行ってみるか。泉が行き止まりだとは書かれてなかっただろ」

 確かにその通りだ。

 ぱしゃぱしゃと水を跳ねさせながら対岸へ歩く。こんな時でなければ、光る鉱石や苔に照らされた地底湖はとても神秘的で美しいんだけど。

 今はその神聖さに少しだけ恐怖も感じてしまう。

 ジェラルド様の命が、攫われてしまいそうで。


「あ、メナシウサギ」

 対岸に着くと、カンテラの明かりが隅っこにいる土まみれの物体を照らし出した。

 屋敷のベッドで私とジェラルド様の帰りを待っているだろう、エスティーと同じサイズだ。あれが等身大だったとは実物を見てから初めて知った。


 鳥の魔物や蛇の魔物は襲い掛かってくるので、大人しいメナシウサギがいる分にはさして気にならない。彼らがのんびりしている時は基本、他の魔物がいないのだ。


 人工物は一メートルほど高さがある三本の柱で、それぞれに鎮座する石像が見つめる中心部には小さな台座に固定された丸い水晶があった。

 カンテラを掲げてラウが呟く。


「これは狼の像か。」

「絵を見てきたから、着色がなくてもどれがどの色かわかるわね。」

 おすわりしている三匹のうち、毛がつんつんして背中に双剣を背負っているのが銀色狼。優美な佇まいでシルエットが美しいのが金色狼。傍を通ろうものなら服がひっかかりそうな、くるくるとした癖毛でにっかり笑うのが黒色狼。

 私は真ん中に安置された水晶をまじまじと眺めてみる。


「水晶越しでよく見えないけれど、魔法陣があるわね。…駄目、反射でうまく読めない」

「魔力を流したら何か起きるわけだな。下手に触るなよ」

「でも、台座に【迷ったらこれ】って書いてあるの」

「何だって?」

 ラウがずかずかと近付いてきて台座を覗き込む。旧字は読めなくとも、とりあえず見たくなったのだろう。


 それから説得すること五分。

 守護の魔法陣たちが無事である事を再確認して、私は水晶に触れて魔力を流し込んだ。


 …割と持っていくわね。

 水晶の中に小さな光が灯ってみるみる輝きを増し、唐突に魔力を受け付けなくなって光が散った。


「駄目だったのかし」

「あ?」

 ガシャンとカンテラが割れる。

 驚いてラウを見ると、彼は驚愕に目を見開いて私のいる先を凝視していた。


「なんで、お前が」

 ラウが呟く間に私も振り返る。

 そこには騎士服に身を包み、艶やかな金髪に蜂蜜色の瞳をした…


「ジェラルド様?」


 間違いなく、ジェラルド様の姿形をした人が立っている。

 でも違う。

 眉に全然力が入ってないし、私を見る目は穏やかなだけで気持ちがなかった。


 それに……なんだかぼんやり光ってて、若干透けて奥の壁が見えている気がする。私が顔をしかめて「違う」と呟くと、何かはにこりと笑った。


『こんにちは、君達。楽園の迷子かな?』

 声までジェラルド様だ。

 ラウが心を落ち着けるように、重く息を吐いた。


「迷子のようなものだけど……貴方は誰?というか、何?」

『僕は()分類名【ダンジョンマスター】、固有名は【楽園の管理者リリア】。ロードリック・サイモン・ルーズヴェルトが作った、魔力によって動く広域監視装置だ。』

「広域…監視装置……?」

 そんな魔法聞いたこともない。

 ラウが険しい顔で「その姿は何だ」と問う。


『外見設定より機能の保持に重きを置いたため、僕の姿は見る人によって違う。僕を起動した君と、そちらの君に見えているのは別の姿という事だね。』

 私を手で示し、続けてラウを示してリリアが言う。

 どう見てもジェラルド様の姿だけど、ラウには違う人に見えているらしい。


「監視装置って何ができるのかしら。私達、人を探しているの」

『この楽園内に君達以外の人間がいるかを調べる?』

「できるの?位置は!?」

『ちょっと待ってね。』

 リリアが目を閉じて沈黙する。

 ラウは黙って割れてしまったカンテラのガラスを片付け、風よけが壊れたそれに再び火を灯した。私がじっと見守る中、唐突にリリアの目が開く。


『……該当者一名。成人男性、剣を所持し最大魔力量Sクラス、現在Aクラスまで消費。魔法陣の複数所持を確認、効果詳細判定不可。位置――…【コーデリアの横穴】K7-23地点を北上中。』

「生きてるのね?」

 わかっていた。

 信じていたし、わかっていたけれど、でも、私が聞き返す声はどうしても掠れていた。リリアが微笑んで頷く。


『これは生体反応だよ。怪我や病気をしているかはわからないけど。』


 つい力が抜け、その場に座り込んでしまった。

 ジェラルド様は生きているし、リリアの機能で現在地もわかる。必ず会える。ほっとしてぼろぼろと溢れる涙を袖で拭う。


「よかった。…っよかった……」

「ああ。…これで会えるな。」

「うん……!」

 ラウが私の肩を優しく叩き、リリアに向き合った。


「随分、細かく調べられるんだな。」

『ロードリックは、楽園がいつか襲われるとわかっていたからね。理想は僕の分身…というか、簡易接続装置を各拠点に設置し、どこからでも調べられるようにする事だった。でも完成より先に彼は命を落としてしまった。それからは、ザカライアの子孫が時々やってくるよ。』

「【コーデリアの横穴】ってのは何の事だ?」

『楽園の町や貯水装置はザカライアが設計したけど、途中の道はロードリックやコーデリアも好き勝手に掘っていたんだ。二人共魔力量が桁違いだったからね。コーデリアは特に、掘削用の魔法陣を仕込んでもらった棒を振り回して、あちこちランニングしていたし』

 話を聞きながら嫌な予感がする。

 もしかしてジェラルド様、楽園の中でもだいぶ厄介な通路に飛んだのでは?


『彼女の町である《とげとげ岩の町》と、《巨大水槽》の途中の通路に横穴があるんだ。あの通路はそこしか出入口がない。排水口が一か所だけあるけど、それを使うのはお勧めしないし。』

「広いのか」

『のべ百キロメートル程度だよ。』

「ひゃく………?」

 インドア派の私にはいまいちピンとこない。

 涙も落ち着いたので、よいしょと立ち上がってラウに説明を求める視線を送った。


「数日で踏破は無理だ。」

「…っジェラルド様……!」

 つい悲鳴のような声が出てしまう。

 突然苔しか明かりのない迷宮に放り込まれ、たった一人で何日も彷徨い歩いておられるなんて。しかもそれは私の魔法陣が原因なのだ。罪悪感で血の気が引く。


「リリア、どうしたら合流できるかしら。地図はないの?」

『僕は把握してるけど、それを写した物は存在していないよ。』

「お前に遠隔でできる事は、監視以外にないのか?」

『開発中だった簡易接続装置の試作機能が幾つか。たとえば、狙った位置に()()姿()を映す事はできるよ。ただ、喋ったり相手の声を聞く事はできない。』

「え?その場合、リリアの姿って…」

 どうなるのだろう。

 私が首を傾げる横で、ラウが「それだ」と声を上げる。


「エステル。お前に見えてホイホイついてくるんじゃねぇか?」

「えっ」

「ファビウス侯の傍に映せばいい。それでここまでおびき寄せる。楽園の全体図がわかってるなら案内もできるだろ。どうだ?」

『彼がついてくるなら、できると思うよ。ただ追加の魔力を常に貰わないといけない。』

「私の魔力で足りるなら…」

『どうだろう。起動よりはずっと少なくて済むけど、彼が来る速さと距離によってはだいぶ時間がかかるよ。』

「少しでも近付いた方が良いのは確かだ、やるしかないだろ。俺の魔力も使う」

 この楽園で魔力の枯渇は大問題だ。

 私が使い過ぎる事のないよう、リリアの魔力測定機能を使いつつラウとも交代で行う事になった。


『じゃあ、始めるね。』




 ― ― ― ― ― ―




 地底湖の中心には後悔と悲しい事実が綴られていた。

 奥の水晶に魔力を流し、天才魔術師ロードリックが遺した

 広域監視装置、楽園の管理人リリアと出会う。

 見る人によって姿が違うらしく、私にはジェラルド様に見える。


 ジェラルド様は一番脱出難易度の高い通路に

 飛ばされたようだ。申し訳なさで心が痛い。

 リリアの機能を使い、ジェラルド様を案内する事に挑戦。

 彼は今のところ無視しているらしい。


 私の姿に見えないのだろうか?

 無視しないでほしい。




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