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【完結】悪女日誌 ※電子書籍1~2巻 配信中&コミカライズ企画中  作者: 鉤咲蓮
三章 侯爵夫人と地下迷宮

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22.私が迎えに行きます!




 夜、屋敷にやってきたのはラウと――…長袖のワンピースを着たアレットだった。


「改めまして私、アレット・クラーセンです。養女になったの。よろしくねお姉様」

「…あらまぁ……」

 ぱちんとウインクする妹から、その隣に座るクラーセン男爵ことラウへと視線を移す。苦虫を嚙み潰したような顔をしてるわね。

 お父様はどうしたのかと聞けば、仕事での横領やらなにやらがバレて牢に入ったらしい。察したアレットは先にラウの所へ滑り込んだそうだ。

 それはさておき、私は防音の魔法陣を起動して二人に向き直った。


「ジェラルド様を迎えに行きたいの。」

「そう言うと思ったぜ…アテはあんのか?」

「森の地下には迷宮があるみたい。そこじゃないかと思うんだけど」

「あら。せっかく第二王子を強請(ゆす)って取って来た話なのに、もう知ってたのね。」

 私の妹は何をしているのだ。

 でもアレットが聞いてきたのはラファエル殿下に教わったのと違う出口だったので、ありがたく地図に書き込んでおく。もしかすると国王陛下や王太子殿下はまた別の出口を知ってるのかもしれない。王家が全員同じ逃げ方をしたら、下手をすれば一網打尽だものね。

 そして私に迷宮探索の経験などないので、一人では行けない。


「ラウ、一緒に来てくれる?」

「当たり前だ。けど迷宮内をどう探す?」

「特定の魔力を辿る【探知】を今考えてる所で…基準となる純魔力さえあれば、空間・風・土属性の混合構成でどうにかいけると思う……ただ、距離が近くないと精度が上がらない。行ってみない事には…」

「お姉様、純魔力って?」

「一番良いのは魔力筆で出力されたもの。これを使うわ」

 私がペンダントをテーブルに置いてみせると、二人は訝しげに眉を顰めた。手に入れた時の私が大はしゃぎで自慢したものだから、これが研究者のアレクサンドル・ラコストの物だと知っているのだ。


「これ、お前が信者やってるアレクの…待てよ。そういう事か?」

「そういう事だったの。」

「うそ!じゃあ私、本当にお姉様にとって一番良い男を見つけたんじゃない?」

「えぇ、本当に。流石のアレットもそこまでは知らなかったのね?」

「今知ったわ。びっくりしたぁ」

 ともかく、ジェラルド様が殿下の前から消えて丸一日以上経っている。

 怪我をしていようとしてなかろうと、急いで見つけた方がいいのは確かだった。ラウは魔物が出る中を一人旅できるくらいの手練れなので、いてくれると大変ありがたい。

 私は魔法陣で身体を強化できるけど、戦闘経験は無いのだ。


「問題は屋敷中から止められてる事ね…。」

「まぁそら止めるだろ」

「止めるでしょうね。」

 二人に深く頷かれた。私もまぁ、同意だ。

 ジェラルド様無しで私が、それもつい最近魔物の大量発生が起きた場所に行くと言って、「行ってらっしゃい」と笑顔で言ってくれるわけがない。


「というわけで抜け出すんだけど」

「まぁそうなるわな」

「お姉様がやりそうな事よ」

 よく理解してくれていて何よりである。

 私達はどう抜け出し、どこで合流してベルガの森へ向かうのか詳細に打ち合わせた。アレットにこっそり入れ替わってもらおうかとも考えたけど、身長や体型を誤魔化したとしても魔法陣の話ができなくて一発でバレると言われた。それもそうね。


「間違っても駆け落ちと思われないよう、気を付けて手紙残しておけよ。」

「はい、ラウおじさん」

「お兄さんな」

 そろそろこの訂正が微妙な年頃ではなかろうか。

 他にも同行者がいれば変に疑われる心配はないだろうけどと呟けば、アレットが「私のお養父(とう)様よ?お姉様の保護者をして何も問題ないわ」と胸を張った。言われてみればそうかもしれない。


 別れる前に私はアレットとハグをして、絶対無事に戻ってくると約束した。




 食堂に顔を出して、気遣わしげなマルクに夜食をお願いする。


 ジェラルド様を探すために有効な魔法陣を考えたいからと言って、リディには夜食がある事を伝えた上で朝食は不要だと言った。

 集中して机に向かいたいので朝に起こす必要がないとも。

 クレマンやイレーヌ達も、私が気を塞ぐよりは魔法陣研究に専念している方が安心なのだろう。健康を気遣いながらも意向に沿ってくれた。


 実家を片付けた時に発生した【魔力をたっぷり吸った魔力吸収布】を自室の扉に張り付ける。

 これは上から魔法陣を書く事で、魔力筆が無くとも布に含まれる魔力を消費して魔法を発動してくれる。かつて図書室に施したのと同じ【施錠】を描き、動きやすい服に着替えて荷物を背負い、机の上に手紙を置いて、私は窓から抜け出した。




 敷地の外で身を潜めていたラウと合流し、一頭の馬に二人乗りしてベルガの森を目指す。

 旅人スタイルのラウは短髪に無精ひげがセットだったけれど、今はあくまでクラーセン男爵の旅人姿という事でひげは無く、旅装も小綺麗に手入れされた物だった。長髪のウィッグは外し、剣を携えている。


「騎士団が見張っていたりしないかしら?」

「大量発生した魔物は片付いてる。捜索隊も夜間はいないから、見張りがいたとしても範囲は広くない。王家が隠し通路の出口近くを見張らせるとも思えないしな」

「なるほど…」

 暗色のローブを身に纏い、私達はあえて街道を逸れて道なき道から森に入った。

 馬を目立たない位置に繋いでおき、森の地図を見ながらラファエル殿下が教えてくれた場所を目指す。


「この辺りのはずだけど…」

「何もねぇぞ」

 鬱蒼と生い茂った木々。

 拓けた場所だとか目印らしき岩があるという事もない。五メートル以上離れたら光が届かないよう調整した魔法陣による明かりを頼りに、私は四つん這いになって草の生えた地面をさくさくと触った。


「エステル」

「何か見つかった?」

「関係ないかもしれねーが、この石……どっかで見た形じゃないか?」

 ラウは足下の地面を靴でザッと擦り、埋まっている平たい石を指して言う。

 私の片手のひらをめいっぱい広げたくらいしかない石だ。これくらいならあちこちの地面に埋まってる、けど。


「…閉塞を表す記号に似てるわね。上下の双角が略されていないという事は、三百年から五百年前…まだ【陣】として境界を作らなかった時代の……」


 言いながら、自分の足元にも石が埋まってると気付く。

 雑草が邪魔だけど、形に注意してみると、まさかこれは…


「……ラウ、草刈りお願いしていい?」

「おう。待ってな」

 ラウが剣を抜いて雑にバサバサと草を切る。仕上げに風を吹かせて草を飛ばすと、円で囲まれていない、構成(中身)だけの魔法陣が現れた。

 使われている文字列や記号はやっぱり数百年前のものだ。現代の人間が作ったものではないし、真ん中は石が埋まっていなくて空いたスペースになっている。


「俺だとこれは読めねぇな。どんな魔法が仕込まれてる?」

「……魔力を流したら一時的に扉が開く、そして十秒後に再び閉じるみたいね。殿下が出口と仰ったからには、内側からも開けられるはずだけど。」

「入るんだろ」

「えぇ」

 ラウと共に石が配置された外側まで下がり、石に魔力を流し込んでみる。

 近くの石からぽつぽつと淡い光が宿っていき、全ての石が光ると中央の地面が沈んで下り階段になった。


「――行きましょう。」


 十秒経たないうちにと、私達は階段を下りる。

 音も無く階段が天井に姿を変えると、もう騎士団に見つかる心配もないので光度制限もなくていい。カンテラに火を灯して周囲を照らした。


 土の地面に石の壁、少し湿った空気。

 通路の幅も高さも三メートルほどはあるだろうか、充分余裕を持って歩ける広さだ。ラウがかぶっていたフードをぱさりと脱ぎ、壁を剣の柄でノックする。


「分厚そうだな。ま、地中で支えをぶち抜いたら何が起きるかわからん。下手なショートカットは危険だ。」

「…まずはあの扉に入るしかないわね。」

 私達の後ろは行き止まり。

 カンテラの明かりが届くぎりぎり前方に石の扉があった。近付いていくと、両開きの扉には絵が描かれている。


 焚火を囲んで踊る三頭の狼。

 流麗なシルエットで黄金色に塗られたもの、猫っ毛で口をにっかりと開けた黒色のもの、身体が一回り大きく毛がつんつんとして強そうな灰色のもの。


「これまさか、あの絵本?美しい金色狼に、強い銀色狼……」

「アレットが好きなやつか?それでいくと黒は悪者のはずだろ。そんな事より…押しても開かないな。取っ手も鍵穴もねぇし。王子殿下は何か言ってなかったか?」

「え?えっと…」

 ラウに聞かれて扉から目を離し、ラファエル殿下との会話を思い出してみる。

 私が一人で行ったらジェラルド様に怒られる…それと、確か。


「【黒い狼に攫われたらどうする】、と。」

「こいつか?」

 ラウが扉に描かれた黒い狼に触れる。

 すると、狼はかこんと沈み込んだ。黒く塗られて見えにくかったが、切り込みがあったようだ。ごごご、と音を立てて扉が開いていく。



 驚いた事に、扉の向こうはうっすらと明るかった。


 グンセーヒ・カリゴケという淡く発光する苔があちこちに生えているためだ。

 通路の壁に窓のような穴を見つけて覗き込むと、そこには【迷宮】の名にふさわしい光景が広がっていた。


 眼下には何階層にも渡って階段や石造りの小型の建物のようなもの、横穴、さらに下へ繋がる階段などがある。見える範囲でも広さは数キロほどあるだろうか、私達がいる場所だって、下から見上げたら小さな穴が空いているだけの壁面に見えるに違いない。

 時折何か小さいものがちょろちょろ動いているように見えるのは生物か、魔物か。


 壁の途中に平らな屋根のようなものが設えてある場所もあり、下からの視線を遮る造りになっていた。仮にあの中のどこかへポンと放り出されたとして、この地上へ通じる通路に辿りつくまで一体どれだけの時間がかかるだろう。

 横から覗き込んだラウが苦い顔で顎を擦った。


「マジかよ……本当にここに居たとしたら、お前も凄いとこに旦那を飛ばしたもんだな。」

「…地下に転移してしまうとは、盲点だったわね……」

 あの懐中時計には改良が必要だ。

 私は大きく息を吸い込んで口の横に手をかざす。


「ジェラルド様ー!いたら返事してくださーい!」


 さーい、さーい…

 自分の声が反響していく。でも反応は返ってこないし、聞き取れない域まで小さくなっていく声を聞いていると、改めてここの広さにゾッとした。

 ラファエル殿下は来た事があるだろうか。

 もしかしてここまでの迷宮だとは知らなかったとか、ある?


「探知は?」

 ラウに聞かれ、急いで私特製【ジェラルド様探知】の魔法陣を起動する。

 反応はなかった。

 振り返ると、入ってきた扉は閉まっている。


 この通路がわかりやすいよう窓の外側に白いハンカチを固定し、私達は階段を下りていった。




 ― ― ― ― ― ―




 ジェラルド様捜索一日目


 とんでもない広さの迷宮。いっそ地下都市のようだけど

 人が住んでいた様子はまったくないので、

 巨大な避難豪のようなものかもしれない。


 屋敷から持ってきた夜食を食べて、

 広場のような所で火を焚きつつ休んだ。

 地下は少しだけ肌寒い。

 魔法陣に反応はない。





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