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【完結】悪女日誌 ※電子書籍1~2巻 配信中&コミカライズ企画中  作者: 鉤咲蓮
二章 侯爵夫妻の新婚生活

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16.侯爵夫妻、浮気について考える



 大事件が起きた。


「奥様?顔色が…」

「……何でもないわ。ありがとう、リディ。下がって」

 心配そうにしているリディに固い笑顔を向け、有無を言わさず退室してもらう。

 いつものように研究にとりかかろうとした私のもとへ、彼女は手紙を持ってきてくれたのだ。差出人名を書くべきところには、特殊郵便のスタンプが押されている。


 つまりこれは、アレク様から返事が来た――あるいは、届かずに戻ってきた。


 二択だ。

 どく、どく、と鳴る心臓の鼓動を聞きながらペーパーナイフを手に取り、封を切る。

 私のではない封筒が出てきた。

 差出人の名は


 アレクサンドル・ラコスト。


「~~~~っ!!!?!?」


 私は封筒を机に置いて全力でベッドに飛び込んだ。

 どこんと音がしたので、リディが戻ってきてしまうかもしれない。でもそれどころじゃない。ま、ま、まま魔力筆で書いたサインだった!!つつつまりああああアレク様じじじじ直筆のおおおお返事が来たというこここことで、はあああああッ!!


「奥様、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ、リディ!ちょっとベッドに飛び込んだだけ!」

「まぁ…!」

 天井を見つめたまま、私はどきどきする胸をぎゅっと手で押さえた。

 深呼吸を繰り返して心を落ち着かせ、ごくりと生唾を飲み込んでアレク様のお手紙を取り出してみる。



 ヴァイオレット・バラデュール様


 銀木犀の仄かな香りが舞い、輝く花弁の美しさに見惚れる頃となりました。

 敬愛する貴女から手紙を頂けた事、大変驚きましたが、それ以上に嬉しく思っております。



 私は一度顔を上げた。

 けい…敬愛する貴女……?読み間違いではなかろうか、と目を戻してみるけれど、何度読み返しても美しい筆致に変化はない。


 驚いた事に、記されていたのは私への賛辞だった。

 著書のどれの何章とまで書いて、自分には無い技術とセンスに驚かされていること、研究意欲を掻き立てられるけど私と繋がりがなく、質問の機会が無くて口惜しく思っていること、出版社に質問状を送るのは自重していること、知れば知るほど貴女は素晴らしいのだと、嬉しいを越えて頭がパンクしそうなぐらい書き連ねられていた。


 私を、ヴァイオレットをここまで褒める人なんてジェラルド様しか知らないから、つい彼の声で脳内再生されてしまう。蜂蜜色の瞳を煌めかせて、楽しそうに口元を緩めて。

 アレク様がこれを書いてくださった…?

 私がずっと憧れ尊敬している、あの美しく整った魔法陣を作り出す神様。

 前世でどんな徳を積んだらこのような手紙を貰えるのか。ぼーっと熱い顔を手で扇ぎながら手紙に目を戻した。



 頂いた便箋は、私の住まう街の周辺でしか作っていない物です。

 匿名郵便であるのにこのような事を書くと、

 私が貴女を探ったのかと恐ろしく思われてしまうかもしれませんが、

 偶然にも妻が同じ便箋を買っていたのです。お許しください。



 アレク様は結婚している!

 新情報だわ。きっとお相手もお淑やかで気品と慈愛に満ち溢れた貴婦人に違いない。

 そんな人を射止めるなんて流石はアレク様。そして妻が買った便箋まで知っているという愛妻家ぶり。うう~ん、解釈一致!


 ……うん?

 【私の住まう街の周辺でしか作っていない】……?

 目を瞬いて続きを読む。



 もし、私に貴女とお話しする栄誉を頂けるのであれば、

 月末に行われる仮面舞踏会にご参加頂く事は叶いますでしょうか。

 研究者同士、素顔でお会いできるとは思っておりません。

 妻も魔法が好きなものですから、連れて行きたいと思っています。

 会場二階【風の間】に九時でいかがでしょうか。


 朝晩は冷える頃ですので、お身体どうかご自愛ください。


 アレクサンドル・ラコスト



 封筒を覗き込むとチケットが入っていた。

 ああ、これはさらなる大事件。


「アレク様に…会える……」


 茫然と呟いた。

 舞踏会なんて普段絶対に行かないけれど、アレク様に会えるなら別だ。興奮して喋り続けて失礼をしてしまわないだろうか?手紙でとても褒めてくれたけど、実際の私に幻滅しないだろうか?


 ジェラルド様の予定を聞いてみよう。

 もし一緒に行って頂けるなら心強いし、ジェラルド様とアレク様が揃えば魔法陣研究はとんでもなく進むと思――あっでもそうすると、私がヴァイオレットだってバレてしまうわね。どうしよう。


「とりあえず返事…いきます、行きます……」

 震える手でインク瓶に手を伸ばし、ハッとした。

 私は返事が来ない前提で思いの丈を綴る手紙を出してしまったけれど、きちんと挨拶から始まっているアレク様はきっと…貴族の方だ。いや私も貴族ではあるのだが。



 貴族らしい返しができた方が良いだろうと考えて、私はティータイムでイレーヌに質問する事にした。私が社交に手を出すと思ったのか、イレーヌはにこにこと嬉しそうに頷く。


「時候の挨拶を知りたいとは意欲的ですね、奥様。よろしいですよ、質問をどうぞ。」

「銀木犀の…えと、仄かな香りが舞い、輝く花弁の美しさに見惚れる頃となりました…とお手紙を頂いた場合、挨拶文の返しは決まっていますか?」

「………奥様、それはどういったお相手からですか?」

「え?」

 スッと目を細めたイレーヌに驚いて聞き返す。

 私がきょとんとしていると、イレーヌは眉根を寄せてツンと背筋を正した。


「お相手との関係によって、読み取り方が幾つかございます。」

「そうなのですか?」

「銀木犀は今が見ごろですから秋の挨拶です。花言葉は【高潔】そして【初恋】。金木犀より香りが弱い花ですが、それを舞うと言う事で【病や怪我が回復に向かった】、【控えめな貴女が出てきてくれた】、あるいは【隠れた美に気付いている】などを意味します。」

「……沢山ですね?」

 手紙のほんの一文で大変な事ね…。

 面倒に思うけど、アレク様に失礼をするわけにはいかない。ちゃんと聞かなくては。


「輝く花弁の部分ですが、銀木犀は白い花。今申しました花言葉を踏まえると、【貴女の輝かんばかりの高潔さ、美しさに胸がいっぱいです】とか、文字通り【見惚れています】、【圧倒されています】でもいいかもしれません。あるいは……【初恋の貴女は()()美しいままで、私は今でも想い続けています】。」

「あら…」

「それで奥様、どういったお相手からのお手紙でしょうか?」

 に゛っこりと笑うイレーヌの目が笑ってない。

 私は必死になって、夫人の話も書き添えられていたこと、初恋の方の読み取りはあり得ないことを説明した。


 私が勇気を出した初めての手紙を【仄かな香り舞う】、それでまさかのアレク様もヴァイオレットを尊敬してくださっていたという事で、私が書く魔法陣の事を【輝かんばかりの美しさに圧倒されています】と書いてくれた……とか?


 イレーヌのアドバイスによると【金木犀】から始まる挨拶で返すべきらしい。

 ただ、花言葉の一つに【真実の愛】があるので取り扱い注意。お手紙の書き方教本を貸してもらった。

 一通目の手紙を書いた時よりよっぽど緊張するわね……。




 夜。

 寝室に入るといつも通り、軽く腕を広げてくれたジェラルド様に抱きつきに行く。今日はアレク様の件でひどく緊張したから、ありがたい癒しの時間だ。

 普段より長くぎゅっとしているのがバレて「疲れてるのか」と聞かれた。ちょっとだけと答えて身体を離し、手を引かれてソファに座る。


 アレク様から手紙が来たんですよッ!!

 …なんて全力で叫んで喜びを聞いてほしい気持ちは大いにあるけど、ヴァイオレット宛の手紙だから話すべきか迷う。

 本当はジェラルド様を仮面舞踏会に誘いたいけど、基本的に夜会は不参加だし、正体バレちゃうし、でも私って一人で舞踏会に行っていいの?少なくとも護衛を連れて行けって言われるわよね。するとジェラルド様には黙ってるのに護衛にはバレる事になって…それはどうなんだろう。


「エステル」

「はい。」

「君は浮気についてどう考える?」

「えっ?」

 突然身に覚えのない単語が出てきて瞬いた。

 考え込むように眉を顰めた美しい横顔をまじまじと見つめる。蜂蜜色の瞳がギッとこちらを見た。


「部下に……俺がヴァイオレット女史を尊敬し過ぎて、もはや浮気だと言われた。」

「ふくっ」

「笑ったか?」

「まさか」

「俺が抱いているのは純粋な尊敬で、浮気などと言われるのはあまりに心外だが…君に誤解された時点で駄目だろう、と。だから君の意見が聞きたい。」

「浮気とは思わないですね。」

 即答した。

 誰をどんなに褒めていたって、ジェラルド様の良きパートナーとして隣にいるのは私だ。朝起きておはようを言いながらハグするのも、夜にこうして時間を取ってもらうのも、エスティーやジェリーと一緒に並ぶのも、眠るまで話す相手も、全部私。エステルなのだから。


 ……そもそも、ヴァイオレットも私だしね。私を褒めてるジェラルド様を私が見ているだけだ。

 ジェラルド様は深く頷いている。


「理解ある妻で良かった。俺も、君のアレクサンドル殿への…あれが」

「尊敬ですね。敬愛とも言います」

「それが浮気だとは思わない。」

 今度は私が深く頷く。

 ジェラルド様はふっと笑って私の肩を抱いた。最近、ハグ以外でもちょっと距離が近い。膝に置いていた手を取られ、手の甲に軽くキスを落とされる。まだ慣れない。

 恥ずかしくてうろたえていると、わざとなのか目が合った瞬間に囁かれた。


「俺が愛してるのは君だけだ。エステル」


 どきどきしていた心臓がばくんと大きな音を立てる。

 それは初耳だ。とんでもなく目が泳ぐ、と思ったら逆で、ジェラルド様から目が離せなくなっていた。


「あ、えと、その、それは初めて、聞いたような」

「初めて言った。だがこれまで、少しも伝わっていなかったか?俺はそれなりに愛情表現をしてきたつもりだし、自惚れでなければ愛を返されていたと思っている。」

「う…」

 愛。

 私のジェラルド様への想いは、ただの好意ではなく愛なのだろうか?

 顔が赤いと言って笑うこの人を、温度を伝えるように頬に触れる手のひらを、愛している?

 心の中で問題提起をして、私の頭はあっさり答えを出した。


 だって、愛おしいもの。


「わ、私……」

「良きパートナーも悪くないが、名実共に俺の妻になってくれないか。子供の事は無理をしなくてもいい。ただ俺は、許されるならもっと君に触れたい。」


 美と色気の暴力…!

 勇気を振り絞って「私も」と言おうとしたのに、ジェラルド様の戦闘力の前に私はあえなく敗れ去った。庭の池にいる魚のようにはくはくと口を動かす事しかできない。


「許してくれるか?」


 吐息混じりやめてください!

 それに距離が近い、近い。かつてないほど近い。呼吸すら憚られる近さで、「はい」と言う事もできない私はぎこちなく、ちょっとだけ頷いてみる。もう涙目だ。

 ジェリー、エスティー、今すぐ割り込んできてほしい。無理か。


 やるならあらかじめ飛行の魔法陣を仕込む必要があるし、サッと魔力を流せるように加工した紐をくくってこちらまで伸ばしておくとか、でもベッドからここまでちょっと距離があるし、だから助けを求めるのは無理というもので――

 

「エステル」


 名前を呼ばれると、目が勝手に動いてしまう。

 蕩けたように優しい瞳に私が映っている。それだけで嬉しくて、幸せで…愛おしい。


 あと少しの距離がもどかしかった。

 いつの間にか絡めていた手をさらに深くと小さく撫でる。どちらともなく甘い吐息を漏らして、私達は唇を重ねた。




 ― ― ― ― ― ―




 アレク様から返事が来るなんて!

 しかも、貴方はジェラルド様かと

 言いたくなるほど私を褒めていた。

 嬉しい。嬉しい!どうしよう。


 しかも仮面舞踏会で会えないかと聞かれた。

 もちろん行きたい!叶うなら

 ジェラルド様も紹介したいが……彼は、

 私がヴァイオレットと知ったらどうするだろう?


 尊敬してくれるのは嬉しいが、

 距離ができてしまったら嫌だ。


 紳士的な手紙への返事として、

 今日は挨拶文を考えるだけで終わった。

 貴族の手紙は難しい。



 追記:

 ジェラルド様の妻になった。

 皆の視線がなまぬるい……

 想いが通じ合ったのが今で、

 本当に良かったと思う。


 彼は私がヴァイオレットだから

 愛するのではなく、

 エステルだから愛してくれたのだ。





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