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【完結】悪女日誌 ※電子書籍1~2巻 配信中&コミカライズ企画中  作者: 鉤咲蓮
二章 侯爵夫妻の新婚生活

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14.妻が謎の男を連れ込んだらしい(ジェラルド視点)



 エステルを妻の部屋へ案内し、夫婦の寝室も見せたが一向に反応がない。

 俺との間にそういった何かがあるという事を一切、僅かにも想像してない事がよくわかる。世の女達に褒めそやされていた顔立ちについては、知る中で一番格好良いと言いつつ「美術館に日参しているような心地」。


 ……それは何か、違うんじゃないか?


 実家へ資料を確保しに行った帰りには、エーミルと名乗る下級貴族風の男に話しかけられたらしい。

 頼まれた「宛先」だと、封筒を渡していたとか。

 男の正体を探るよう言いつけ、夫婦の寝室に入ってみたがエステルの姿はなかった。俺の帰りは日付を越えていたのに、彼女の部屋に続く扉から明かりが漏れている。


 声をかけても返事がなく、一言詫びてから扉を開けた。

 少しの罪悪感は転寝している彼女を見てすぐに吹き飛ぶ。またやったのか。いつぞやの図書室と同じように、腕を枕にして眠っている。真新しい便箋の上にアクセサリーケースが置かれていた。

 リディの報告にあった、銀行から引き取ったという…恐らく「尊敬する男」から贈られたもの。


 エステルをベッドに寝かせ、そのまま去るつもりがつい、手が伸びた。アクセサリーケースを開き、中を見て、閉じて元に戻す。明かりを消して早足に自室へ戻った。


 ――俺が守護を刻んだペンダント……!


 完全に見覚えのある品だった。

 そういう事か、俺がヴァイオレット女史の懐中時計を持っているように、彼女はアレクサンドル・ラコストのペンダントを手に入れて銀行に預けていたのだ。

 持ち帰ったのなら…俺が、クレマン達使用人が、彼女に信用されたということ。


 あれがチャリティーオークションで落札された当時は、何とも思わなかった。名のある研究者が作った、つまり効果の保証された魔法陣がほしいだけの誰かだろうと。

 だが、買ったのがエステルなら。

 彼女が欲したのは、アレクサンドルが作った魔法陣だ。


 他でもない俺が作った物だという事に、価値を感じてくれたのだ。


 そんな、自惚れと言われても仕方のないような事を。

 確信を持って考えられてしまうくらいには、俺は彼女の想いを聞いてきた。

 エステルが【アレク様】に向けるひたむきな尊敬は、俺のこれまでの努力を、苦心を、研鑽を、成功を、誰よりも認めてくれている気がした。


 報われたと、思ってしまう。

 書評に書かれた薄っぺらな賛辞よりも余程。


 起きているとあれだけ「魔法陣魔法陣」とちょろちょろするのに、静かに眠るエステルは年頃の女性でしかなく。

 名を呼ばれても、触れても嫌悪感がない、見ていて飽きない。時に呆れ、思わず笑ってしまうような、ちょっと抜けたところもある、けれど確かな知識を持った人。


 手放したくない。

 叶うなら、自ら望んで傍にいてほしい。

 隣に立つ男として、俺を選んでほしい。

 君が、その意思で。


「……確かに、俺はちょろいのかもしれないな。」


 気付かないうちに随分と心を奪われていたらしい。

 エステルは俺を意識していないから、まずは男として意識してもらうところからか。

 急に意識し過ぎて逃げないよう、ゆっくり慣らさなければ。





「ケワシ・イタカのジェリー君です。」


 それはないんじゃないか。

 自慢するようにぬいぐるみを掲げたエステルから目を離し、手で顔を覆ってため息を吐いた。


 メナシウサギのようだと言った俺が悪かったのか。

 エステルは彼女の色に合わせたぬいぐるみをエスティーと名付け、俺に…似ていると言いたいらしい、ケワシ・イタカのぬいぐるみをジェリーと呼ぶ。


「魔法陣を忍ばせるならささやかな加熱でしょうか…湯たんぽのような…」

 ブレないな。

 こういうのが好きなのかと問えば、ぬいぐるみを買ったのは初めてだという。無意識なのだろうが、良心に訴えて俺にこいつらを認めさせようとしている気がしてならない。買った事がないものを気に入って俺にまで土産で買ったと言われては……くっ。


 やむを得ず「好きにしたらいい」と言ってしまった。

 本当は彼女に接触した男についても聞きたかったのだが。


「はい。今日も一緒に寝ましょうね、ジェリー。」

「名前は変えた方がいいんじゃないか」

 たとえ一瞬でも俺に言っているように聞こえる。

 エステルはサッとぬいぐるみの嘴を俺に向けた。はあ?可愛い事をするな。誤魔化されんぞ。


「ジェラルド様に似ている!…と、ピンと来てしまったのです。名前は参考にさせて頂きました」

 俺の名をつけたと堂々言う割に、それが世間で「バカップル」と呼ばれるような話だとはまったくわかってない。悪質だ…。

 とにかく、俺は自室でメナシウサギのぬいぐるみを(寝相であれ)抱える姿を見られでもしたら精神的にきつい。二匹とも夫婦の寝室に置くよう誘導する。


「なるほど、素晴らしいですね……あれ?でもここに来る余力がない時こそ、癒されるようにエスティーを」

「できるだけここへ来よう。そうだ、俺がいようと君は二匹に挟まれればいい」

「確かに…?」

 なんでもいいから俺の部屋に置くのだけは……、できるだけ来ようと言うのも、がっついた男みたいでどうかと思うが。

 エステルがまったくそこに考え至っていないようなので、放置だ。


「基本的に、ジェラルド様と一緒に寝るという事ですか?」

「基本的に、俺と毎晩魔法陣の話ができるという事だ。それとも」

 自分の顔の使い方なら知っている。

 怯えさせないよう僅かだけ色を滲ませ、エステルの髪をすくって口付けた。


「獣が横にいては眠れないか?」

「そりゃあ寝れますよ、だってこんなにふわふわです!」

 ぬいぐるみ達を押し付けられた。……このお子ちゃま十八歳児が!!

 メナシウサギの方をエステルにぐいぐいと押し付け返してやった。苦しくないようにしているが何も見えないのだろう、もそもそと頭を動かしている。もちろん逃がす俺ではない。

 …若干楽しくなってきたな。


「ジェラルド様!私をメナシにしてるおつもりですか。今日は夏場における給水魔法陣の温度設定について――」

「はぁ。君に恋人も婚約者も何もいた事がないのは知っているが、夜に夫と二人だぞ。何か考えるべき事はないのか?」

「良きパートナーとして、健康状態を心配しているではないですか。」

 エステルがメナシウサギの手を持ってぴこぴこと振っている。

 なぜ…なぜそんな行動をする…可愛いの暴力だが……?冷静さを保つため、メナシウサギの頭をわしわしと撫でた。エステルが俺の手をじっと見ている。何だ。文句があるのか。


「私はジェラルド様のお金を沢山使ったり、強引に迫ったり、夜会に行きたがったり、お茶会を開いたりしません。いつか養子を取られるのですよね?その時は一応、私の養子でもあるわけですから…協力できる事はちゃんとしますし。」

「そこの認識差か…」

「はい?」

 話した時の順番の問題だ。

 確かにあの時、夫婦関係が問題ないなら養子を取る必要が無いという話はしなかった。どこから意識してどこまで意識しないのかわからないエステルの肩を抱いてみる。目が泳いだな?


「あの」

「養子候補は何人か情報をとっているが、まだ先方に打診はしていない。未確定だ」

「そうなんですね。」

「俺は強引に事を進めるつもりはないし、君にも選ぶ権利がある」

「そうなんですか?」

「だから子供は()()()()()()()。ところで、俺に触れられるのは不快か?」

「不快ではないです。ただ、家族とスキンシップした日々も結構前ですから、慣れてはないです。」

「及第点か。嫌だと思ったら言うように。」

「はい」

 魔法陣語りをする時だとベッドへ誘えば、エステルは嬉々として俺と――ぬいぐるみどもと――共に寝転んだ。


 途中でちらちらと俺の方を見ながら、エステルの細い指が空中へ魔法陣を描く。

 やがて微睡んできた彼女が眠気と戦う声は蕩けていて、触れたい欲より愛しい気持ちが勝ってつい苦笑した。力の抜けた手がエステルの身に落ちないよう支え、指先を絡めてベッドに置く。


「おやすみ、エステル」


 これほど穏やかな一日の終わりは、いつ以来だろうか。

 翌朝エステルの「ジェリー」呼びに振り回されるとも知らず、俺は満ち足りた気分で目を閉じた。





 例の男が来る。


 エステルからも「お客様を呼びます」とだけ聞いていて、俺はともかく急いで仕事を終わらせて屋敷へ帰りついた。

 早馬が来なかったという事は、門番に俺を待ちわびた様子がないという事は、何も問題は起きていないはずだ。


 しかし、クレマンから男がまだいると聞いて驚いた。

 訪問予定時刻から三時間は経っている。どれだけ長話をしているのか、妙に焦りながら応接室の扉をノックし、中にいたリディが開けてくれた瞬間に滑り込んだ。


 結界が目に入る。

 そうだ、商談があるから防音を張りたいと言っていた。

 ローテーブルを挟んで向かい合い、二人は真剣な表情で何か話し合っている。そしてふと、同時に俺を見た。妙に息が合っている。


 音が無いから入室にも気付かなかったのだろう、エステルが目を丸くしてほんの一秒固まった。すぐに動いて結界を解き、彼女は立ち上がる。


「お帰りなさいませ、ジェラルド様。どうか…」

「これはこれは、お初にお目にかかります。クラーセン男爵、エーミルと申します。僕はエステル――失礼、夫人とは古い付き合いでして。結婚のお祝いを述べていたところなのですよ。」

「そうか。貴族のマナーを学び直して来い」

 エステルの言葉を遮った上に呼び捨て、おまけに紹介も受けずに下位が上位に話しかけるとは。

 わかっていてやったならふざけた男だと睨みつけると、男爵は反省したような顔を作って「重ね重ね失礼を」と言った。何だこいつは?

 部下の報告では、良くも悪くも普通の――ただし、不在の多い――商家男爵という事だったが…


「エスティー。君が紹介すべきじゃないのか?」

「んっ!?そう、ですね?」

 俺との仲が絶対だと見せつけて悪い事はない。

 咄嗟に腰を抱いてしまったが、エステルは驚きこそすれ拒否はしなかった。


「えっと、ジェラ」

「うん?いつも通りで良いぞ、エスティー。」

「…ジェリー、こちら、魔法陣の商流において長くお世話になっている方で、クラッセン男爵です。」

「ぶふぐッ、ごほん。ご紹介に預かりました、クラーセン男爵エーミルです。」

 これは普段家名で呼んでいないな。

 だがエーミルという名も、リディの報告ではエステルはすぐには呼べなかったと聞いている。どういう関係かいまいち見えない。

 部屋の扉を手で示すと、両脇に待機していたイレーヌ達が静かに扉を開けた。


「よくわかった。ゆっくり(三時間も)茶を楽し(俺の妻と)んで頂いた(話し込んだ)ようだが、(らしいが、)まだ話して(早く帰って)いかれるか?(くれないか?)

「今日のところはお暇致します。――夫人。僕の事はお好きにお話しください。貴女の判断に任せますよ」

「…わかりました。例の件、よろしくお願いしますね。男爵」

 わざとらしいほどに恭しい礼をして男爵は出て行った。

 エステルと話したかったのでイレーヌ達も同時に出て行かせる。頭の中を整理していると、くいと胸元の服を引かれた。


「ジェラルド様」

「っ、失礼した――もし君が厄介な男に付き纏われ脅されて防音の魔法陣まで使わされ何かよろしくない取引でも持ち込まれていたらどうしようかと一気に頭に血が上ってしまって俺が大事にしているとわかれば牽制になるのではと愛称を」

「心配はありがたいのですが」

 俺らしくもない長い語りをエステルがばっさりと切る。反射的に口を噤んだ。


「彼は大丈夫ですよ。納得がいかなければまた寝る前に話しますが…」

「一つだけ、今聞かせてくれ。例の件とは?」

「出したい手紙があったので郵便局へ届けるようお願いしました。匿名郵便なのでお金がかかります。彼には一部お金を預けているので、そこから出してくださいと。」

「……そうか、わかった。話してくれてありが…」

 ふと、俺は手を離しているのに彼女がくっついたままだと気付く。

 どういうアレだ、これは。

 至近距離でじっと見つめられると自分がどうなるかわからないので、一瞬だけちらと様子を窺った。なんて澄んだ目だ……少しでも紳士の枠から外れたら嫌悪されそうだ。


「離れないのか?」

「あ…そうですよね。思った以上に大丈夫だったので、ついこのままでいてしまいました。」

 大丈夫だったとは?

 俺が触れること、だろうか。

 どこまで自覚があるか知らないが、もう少しこのままでいたいと……君も、思ってくれたのだろうか。


「離れますね」

 そう呟いた彼女を止めたくて、つい背中に手を添える。

 嫌じゃなければ今しばらく触れたまま、俺との距離に慣れてほしい。だが強制はしな…


 自らくっついてきた、だと……?




 ハグが解禁されたかもしれない。


 夜、彼女が夫婦の寝室に来たタイミングで立ち上がる。

 微笑むというのは無理だったが、俺がさも当然のように腕を広げればエステルは少し首を傾げつつもとことこ歩いて腕の中に納まった。やはりハグは解禁されていた。

 といっても、密着するのは危険なのであまり力は込めないが……素直過ぎて心配になってくるな。


「君は本当に気を付けた方がいい。外出時は絶対に護衛を連れて行くように。」

「わかってます。ちなみにジェラルド様、今日はどんな香水を使ってたんですか?」

「香水?使ってない。任務があったからな」

「えっ、そうなんですか。」

 驚くエステル自身は柔らかな良い香りがする。

 俺がきつい匂いは苦手だと侍女達もよく知っているからだろう。


「エステル」

「はい。」

「俺がこうするのは嫌じゃないか?」

「嫌ではないです。ジェラルド様は、嫌なら言って良いとも仰ってくださいましたし。ただ…どうしてたらいいかは、ちょっと、わからないです。」

 少し身じろぐ彼女は言葉通り迷っているらしかったが、俺はその声に僅かな恥じらいがあると気付いて口角を上げた。

 今鏡は見れないが、あくどい笑みになっているかもしれない。


「俺の背に手を回せるか」

「こうですか?」

「それでいい。肩の力を抜いて楽にしてくれ」

 エステルは息を吐き、程よく力が抜けたようだ。

 恋人のようにとはいかないし、ジェリーを抱くようにとは口が裂けても言わないが。


「う~ん…あったかくていいけど、ちょっと眠りそうなので離れたいです。」


 だって魔法陣の話がしたいから。

 そう続けられて笑ってしまい、男爵の事など頭から飛んでしまった。




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