表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】悪女日誌 ※電子書籍1~2巻 配信中&コミカライズ企画中  作者: 鉤咲蓮
二章 侯爵夫妻の新婚生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/34

12.ふわふわと奥様と旦那様



 夜、私とジェラルド様の会議室にて。


「……エステル」

「はい。」

「それは何だろうか?」

「メナシウサギのぬいぐるみです!」

 両腕でぎゅっと抱きしめていた楕円形のふわふわを差し出す。

 ナイトガウンを着てソファに腰掛けていたジェラルド様は、ぱち、と瞬いてから受け取った。ちなみにぬいぐるみの色は私の髪と同じ茶色で、首に緑色のリボンを巻いている。


「昨日はお渡しできなかったのですが、ジェラルド様へのお土産です。」

「………。」

 ジェラルド様はメナシウサギを小脇に抱え、反対の手を静かにこめかみにあてた。

 私はその隣に腰掛け、クレマンが淹れたのだろうミルクティーをいただく。う~ん、適温!ジェラルド様はちらと見える鎖骨まで綺麗に見える。本当に何をしてても一枚の絵になりそう。

 ちなみに私のナイトガウンは鎖骨が隠れるくらいまで襟があって、下はふくらはぎの中ほどまであるあったか仕様だ。


「これを俺への土産に選んだ、状況を聞こうか。」

「銀行に寄った後、リディおすすめのカフェに行く途中でその子がガラス越しに私を見ていたんです」

「…そうか」

「ジェラルド様はメナシウサギが可愛いと言っていたので、癒しになるかなと」

「君に悪気がない事はわかった。」

「ご迷惑でしたか?」

 侯爵邸に来て初めての外出だったから、自分のお金でお土産を買いたかったのだ。使用人の皆にはおいしいクッキーを持ち帰った。

 とんちんかんな事をしたかしら、と心配で聞き返すと、ジェラルド様は眉間に深く皺を刻んだ。若干困り顔だ。


「男がこれを渡されると、やや、どうしてよいかわからない所ではある。」

「その子の名前ですか?うーん、エスティーとでも呼んでください。」

「そうじゃない」

「ふわふわしているので、寝る時に抱えると安眠効果抜群で、書類仕事が多い人にはオススメなんだそうです。私は研究浸けですし、ジェラルド様もお仕事で書類をいっぱい捌くと聞きました。」

「それはそうなんだが…ん?君のも買ったのか?」

「あぁ、私のは…ちょっと待っていてくださいね。」

 私は一度自室に戻り、ベッドに安置していたぬいぐるみを取ってきた。

 ギッと鋭い眼光に蜂蜜色の瞳、艶めいた翼は茶色だけど、光があたるとちょっと金色がかって見えて綺麗だ。野生だと翼を伸ばせば三メートルあるという大型の魔物である。


「ケワシ・イタカのジェリー君です。」

「………。」

 ジェラルド様が両手で顔を覆って深々とため息を吐いた。

 やはりお疲れのようだ。まだエスティーを小脇に抱えたままなので、触り心地は気に入って頂けたのかもしれない。


 隣に戻った私はジェリーを正面から眺めてみる。

 店には穏やかな顔立ちのヤサシ・イタカのぬいぐるみもあったけど、こっちの方が強そうというか、悪夢見た時とかに助けてくれそうよね。


「魔法陣を忍ばせるならささやかな加熱でしょうか…湯たんぽのような…」

「君はこういうのが好きなのか?」

「いえ、ぬいぐるみを持っていた事はなくて。初めて買いました。ふわふわで、びっくりして。」

「…そうか。まぁ、好きにしたらいい。」

「はい。今日も一緒に寝ましょうね、ジェリー。」

「名前は変えた方がいいんじゃないか」

 ぎゅっとしてジェリーに頬擦りしている私に、ジェラルド様が早口に言う。

 私はすかさずくちばしを彼の方へ向けた。


「ジェラルド様に似ている!…と、ピンと来てしまったのです。名前は参考にさせて頂きました」

「理解した上での事か……」

「エスティーは私の名前から取りました。茶色のメナシウサギですし、そうそう。リディが、エスティーには是非緑のリボンを巻くべきだと譲らなくて」

「わかった、もういい。二匹はここのベッドに置こう」

「ここの?良いんですか?」

 ジェリー達がいるなら、私は気力がある日以外もここを使いそうだけど。

 ああでもそうか、私は基本的に疲れていようと魔法陣の話がしたい。ジェラルド様が来るか来ないかだけの話なら、いいのかしら。


「俺が来ない時、君は二匹に挟まれて極上の眠りの中という事だ。」

「なるほど、素晴らしいですね……あれ?でもここに来る余力がない時こそ、癒されるようにエスティーを」

「できるだけここへ来よう。そうだ、俺がいようと君は二匹に挟まれればいい」

「確かに…?」

 首を傾げながら想像してみる。

 ジェラルド様、エスティー、私、ジェリー、の順になったらいいのかしら。うん?そもそもこの部屋のベッドは寝落ち対策だったような。

 でも寝落ち対策なら、最初からそこで寝ても変わらないって事になるかも?


「基本的に、ジェラルド様と一緒に寝るという事ですか?」

「基本的に、俺と毎晩魔法陣の話ができるという事だ。それとも」

 少しだけ声を低めて、ジェラルド様は私の髪をすくって口付けた。

 すごい。絵でよくあるやつだ。


「獣が横にいては眠れないか?」

「そりゃあ寝れますよ、だってこんなにふわふわです!」

 ジェリーとエスティーをまとめてジェラルド様の胸へぎゅむっと押し付ける。

 眉間に深々と皺を刻んだジェラルド様は、数秒黙ってからエスティーを私の顔に押し付けた。何も見えない上に顔を動かしてもついてくる。息はできるけど遊ばれている……くっ!


「ジェラルド様!私をメナシにしてるおつもりですか。今日は夏場における給水魔法陣の温度設定について――」

「はぁ。君に恋人も婚約者も何もいた事がないのは知っているが、夜に夫と二人だぞ。何か考えるべき事はないのか?」

「良きパートナーとして、健康状態を心配しているではないですか。」

 ようやっと下ろされたエスティーの小さな手を、ジェラルド様に向けて振ってみる。

 ジェラルド様は大きな手でエスティーをわしわしと撫でた。……や、別に、羨ましいという事はない。十八歳にもなって、そんな。


「私はジェラルド様のお金を沢山使ったり、強引に迫ったり、夜会に行きたがったり、お茶会を開いたりしません。いつか養子を取られるのですよね?その時は一応、私の養子でもあるわけですから…協力できる事はちゃんとしますし。」

「そこの認識差か…」

「はい?」

 別に褒められたくてちゃんとやりますアピールをしたわけではないけれど、言われた事を懸命に思い出していた私は、ジェラルド様が何と言ったのかうっかり聞きそびれた。

 エスティーとジェリーを間にぎゅっと挟んで、ジェラルド様が私の肩を抱く。なんだろう。これは、えっと、何かしら。


「あの」

「養子候補は何人か情報をとっているが、まだ先方に打診はしていない。未確定だ」

「そうなんですね。」

「俺は強引に事を進めるつもりはないし、君にも選ぶ権利がある」

「そうなんですか?」

 疑問形になってしまったけど、一応義理の母になる私と合わなければ養子としてよくない、って事か。魔法陣に興味を持ってもらえるなら、私は割とチョロいと思うのだが。


「だから子供は()()()()()()()。ところで、俺に触れられるのは不快か?」

「不快ではないです。ただ、家族とスキンシップした日々も結構前ですから、慣れてはないです。」

「及第点か。嫌だと思ったら言うように。」

 ジェラルド様を嫌だと思う事は、早々ないと思うけど。

 部下に命令するみたいにぴしゃりと言うので、「はい」と頷くほかなかった。


 カップが空になると、立ち上がったジェラルド様が私に手を差し出す。その小脇にはエスティーが抱えられていて、私もジェリーを胸に抱え、大きな手に自分の手を重ねて立ち上がった。

 ジェラルド様がちょっとだけ口角を上げる。


「では、君が寝るまで語るとしようか?」

「はい、ぜひ!」


 ジェリー達と一緒に仰向けに寝転んで、空中に指で魔法陣を書いたりしながら話した。

 普段はいくらでも魔法陣について語れるはずなのに、ベッドの上だからか、温かいせいか、ふわふわだからか、だんだん瞼が重くなってくる。

 空中へ持ち上げた指先がゆらゆらして、落ちそうになって、ジェラルド様がぱしっと捕まえてくれた。ふにゃふにゃとお礼を言って、くすっと笑われた気がして――…ああ、手があったかい。


「おやすみ、エステル」


 優しい声が聞こえて、ふっと意識が途切れた。





 翌朝。

 私はあまりの快眠具合にうっとりとため息をついた。


 すごい。ぬいぐるみの力、すごい。

 仮にも論文を書くような研究者であるのに、語彙力の全てが吹き飛んで「すごい」しか出てこない。

 ジェラルド様は早めに家を出るようで、私が食堂に顔を出すのとほぼ同時に食べ終わっていた。つやつやした私に気付いたのか、「よく眠れたか?」と聞いてくれた。

 すっっごかったんですよ、本当に。

 心地よい微睡みを思い返して微笑んだ。


「すごかったです……私もう、ジェリーが一緒でなきゃ眠れない…」

「っ馬鹿!」

「え?」

「ゲホッゴホッゲホゲホ!!」

 私が聞き返すと同時、クレマンが盛大に噎せた。

 いきなりどうしたのかと唖然とするけれど、なぜか笑いを堪えているリディが背中を擦ってあげているのでじきに落ち着くだろう。

 はて、とジェラルド様に視線を戻した。


「クレマン、今のは違うからな。」

「ゴホッゴホ、いわ、祝いを――ゲホゲホ!坊ちゃま、ゴホ、爺は生きててよかっ」

「違う!!」

 よくわからないけど違うらしい。

 眉間に深く皺を寄せて苦い顔をしていらっしゃるけど…


「ジェラルド様、具合が悪かったりしませんか?お顔が赤」

「くない。行ってくる」

「えっ、あ、はい。行ってらっしゃいませ?」

 クルッと背を向けて歩き出したジェラルド様だったけど、ぴたりと止まった。

 またしてもクルッと踵を返して私の方にずんずん歩いてくる。瞬いて見上げると、ギッとこちらを見る蜂蜜色の瞳。「ジェリーみ」を感じる。


「……行ってくる」

 今しがた聞いたばかりだ。

 内心ちょっぴり首を傾げたけれど、私は微笑んで頷いた。


「はい、行ってらっしゃいませ。ジェラルド様」

「……ああ。」

 ジェラルド様は神妙に目を細めて私の頭をひと撫でし、今度こそ出発した。

 もしかして、私に「エスティーみ」を感じているのだろうか。ふわふわじゃなくて申し訳ない限りで……、撫でてもらっちゃったわ。十八歳にもなって。


 ちなみに息切れするクレマンにジェリーとエスティーを紹介したところ、咳き込んでるのか笑ってるのかよくわからない状態に突入し、その回復には二十分かかった。

 クレマン、思ってたより表情を出す人なのね。ちょっと心を開いてくれたという事なのかしら。




 ― ― ― ― ― ―




 良きパートナーとして、ジェラルド様が

 気分よく元気に過ごせるようちょっと気を付けたい。

 基本、私は研究の事ばかり考えてしまうので。

 気を付けるくらいでちょうど良いだろう。


 エスティーは気に入って頂けたみたいで、

 ジェリーとも一緒に皆で寝た。気持ちよかった。

 ふわふわがこんなに効果が高いとは…。

 ジェラルド様も快眠だったに違いない。


 給水魔法陣について興味深い配列案を聞く事ができ、

 (以下数行、魔法陣の話)

 これは研究日誌ではない。



 ところで、ジェラルド様はかつて

 クレマンに坊ちゃまと呼ばれていたようだ。

 小さい頃の絵姿がないか、今度聞いてみようか。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先行配信
書き下ろし番外編ありの電子書籍版1~2巻が配信中!
レーベル:メイプルノベルズ(マイクロマガジン社)様
主な配信先はこちら(人物紹介&挿絵2枚公開中)
※ピッコマ様の限定SSは【巻読み】特典です!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ