その1 イズとの出会い
ピピピ……。
狭い部屋に電子音が鳴り響く。
ノルマフィ・エル事務所の二階の一番奥の部屋。恵は今、そこに住まわせてもらっている。
恵は電子音が鳴っているピンク色の箱を手にとる。
箱を開けると、ふたの方にある黒い画面にデイから通信と書かれていた。
「う……デイからかあ。気が重いなあ」
恵はふたではない方のキーボードのエンターを押した。
「もしもし」
「恵! 報告が全然ないぞ!」
箱から大きな声が聞こえた。少し高めの男性の声だ。
「大きな声出さないで。周りに聞こえちゃうでしょ」
「ごめん。……って、恵が連絡を寄越さないのが悪いんだろ」
「だって、まだ、見つかってないんだもん」
「……はあ! なんでだよ! 何ヶ月経ったと思ってるんだよ」
「三ヶ月です」
恵は罰が悪そうにした。
「他の人は、もう見つけてるんだぞ」
「ううっ」
「手がかりもないのか」
「反応がすごく強く出た時があったの。でも、特定できなかったの」
「はあ。これが、学年主席かよ」
恵は俯いて、何も言えなくなってしまった。
「……ま、まあ、強い反応があったなら、手がかりがあるんじゃないのか?」
「金星に旅行に来ていた人たちがいたの。その時に、強く反応が出たと思う」
「それなら、そいつらを追いかけろよ」
「そ、そっか! 追いかければ良いのか!」
「このドジ! そんなのすぐ思いつくだろ」
「ごめんって。それなら、早速、地球に行かないと」
「定期報告、忘れるなよ」
「わかってるって」
「無茶するなよ」
「うん。ありがと……」
そして、デイからの通信は切れた。
デイは恵の幼馴染で、恵を心配して連絡してきたのだろう。
恵はすぐに旅に出る支度をした。
社長や灯子たちに挨拶とお礼をして、旅立つことにした。
「社長さんから聞いたけど、地球には洞窟を通って行くのよね。一番近くの洞窟は近くの森の中か」
ノルマフィ・シュタットから出て、森へと行くことにした。
昼間に出たので、日差しが強い。
恵は肩を出した服を着ているが、それでも暑そうだ。
森の中に入ると、木陰が多いため涼しかった。
森に入ってすぐ、茂みからガサガサと音がした。
「何?」
茂みから、狼ほどの大きさのリスが飛び出してきた。
「も、モンスター!」
恵は、リスに吹っ飛ばされてしまい、尻餅をついた。
「いたっ」
リスは次の攻撃を仕掛けようと、身構えた。
「ど、どうしよう……へ、変則!」
恵がそう叫ぶと、カチッと音が鳴り、リスの動きがゆっくりになった。何かの力が働いたのだろう。
「えっと、えっと……」
恵は、背負っていたリュックから、ナイフを取り出した。
ナイフはすぐ出せる場所にしまっていた方が良いだろうに。
その時、また同じくカチッと音が鳴った。その瞬間、リスが急に早く動き出した。
「え! もう? なんで、上手くできないのー!」
恵がリスに襲われそうになる瞬間、リスは真っ二つになり、地面に落ちた。
「え? ええ?」
恵は襲われる直前に目を瞑っていた。目を開けると、リスは死体となっていて、目の前にフードを被った人が立っていた。
「大丈夫か?」
その人は、声が低く、多分男性だろう。
彼は剣をしまい、恵に手を差し出す。
恵は尻餅をついたままだったのだ。
「あ、ありがとうございます」
恵はその手をとり、立ち上がった。
「いや、いい。君は……一人なのか」
フードの隙間から銀髪が見える。緑色の瞳は、いぶかしげに恵を見つめた。
「はい」
「戦えなさそうなのに、こんな森に来ては危ないぞ」
「た、戦えます!」
恵は両の拳を強く握ってアピールした。
「リスのモンスター一匹にやられそうだったが?」
「う……。今日は調子が悪くて」
「調子の良し悪しに命が左右されるのはどうかと思うが」
「そうですよね」
的確な意見に、恵は何も言えなくなってしまった。
中等部で学年一位だったのに、戦いも勉強も全部一番だったのに、実戦では成績を残せない、と恵は落胆した。
「それで、どこに行くつもりだったんだ?」
「地球です」
「そうか……。僕と一緒だな」
「え、そうなんですか?」
「ああ。君さえ良ければ、一緒に行かないか? こんなに弱いと放っておけないし」
「でも」
「旅は道連れと言うだろう」
恵は嬉しそうに目を輝かせた。
「はい! よろしくお願いします」
青年の名前はイズと言うらしく、地球に用事があるとのことだ。
恵も自己紹介をすることにした。
「恵です。探している人がいて、地球に行きたいんです」
「そうなのか」
「あの、本当に何もお礼をしなくて良いんですか?」
「いらない。特に欲しいものもないし」
「そうですか。では、何か欲しいものができましたら、言ってくださいね!」
「ああ。わかった」
青年は歩く足を止めて、恵をじっと見つめた。
「ん?」
「恵。敬語でなくて良い」
「は、はい!」
二人が森の中を進むと、洞窟の前に二人の鎧を着た男性が立っているのが見えた。
「あそこだな」
「あの、地球に行きたいのですが」
鎧を着た男性たちに話しかけると、二人は顔を見合わせた。
「ここは、水星に向かうための洞窟ですよ」
「え! そうなんですか!」
「ええ。地球に向かうための洞窟は、北東の首都近くの森にありますよ」
「そうなんですね……。教えてくださり、ありがとうございます」
恵とイズはお礼を言って、その場を立ち去った。
少し歩いてから、岩に腰を下ろす。
「ウェヌス王国の首都かあ」
恵は、はあとため息をついた。
「あまり乗り気ではなさそうだな」
「よそ者に厳しいの。最近、行ったんだけど、よそ者というか旅人が嫌いみたい」
「初めて聞いたな。魔族の国だから、それ以外の種族には当たりが厳しいのは聞いたことがあるが」
「え! そうなの?」
「ああ。金星には元々ヒュー族はいなかったんだ。魔族の国、動物族の国はあったが」
「知らなかった。歴史は色々と調べているのに」
恵は項垂れて、目を伏せた。
「あ、あー。まあ、そういう事もあるだろう。人の歴史は長い。全てを把握するのは無理がある」
イズは少し居心地悪そうにした。余計なことを言ったと思ったのだろう。
「そう、だね」
恵は顔をあげて、少し辛そうに顔を歪めて笑った。
「……よし! 首都に行こう!」
恵は立ち上がって、そう言った。無理をしているだろう。空元気だが、気合いを入れた。
「ああ。あまり気張らないようにな」
二人は森を出て、北東の街道を歩くことにした。もう夕方で、そろそろ野宿する場所を決めようという話になっていた。
「イズは荷物少ないよね? テントとかあるの?」
「カプセルに入れて持ち歩いている」
「そうなんだ! カプセルって高価でしょ。すごいなあ」
二人は街道を少し外れた大きな木の下で夜を過ごすことにした。
その時、ピピピ……と電子音が鳴った。
「……何の音だ」
「な! 何だろうねえ。あ、あー! 私、ちょっと、その……トイレ! トイレ行ってくるね!」
恵は荷物を持って慌てて、その場から離れた。
少し遠くにある木陰に入って、ピンク色の箱を取り出した。
「デイ! どんなタイミングで通信してくるのよ!」
「何だよ。心配して、連絡したんだろうが」
「大丈夫だもん」
箱から、ため息が漏れる。
「宿屋か? 食堂か?」
「野宿」
「野宿? 何考えてんだよ。危ないだろ」
「危なくないよ。イズも一緒にいるし」
「イズ?」
「うん。森の中で会って、助けてくれたの。それで、イズも地球に用事があるから、一緒に行くことにしたの」
「助けて……男か?」
「イズが? うん、多分男の人」
「はあ? 何考えてんだよ! 襲われるぞ!」
「はあ? イズはそんなことしないよ!」
「今日、知り合った男をしんよ」
恵は通信を切った。ついでに、音が鳴らないようにした。
「デイってば、心配症なんだから」
恵は、そう言って、イズのところへ戻って行った。