ラジオドラマに紛れ込んだ怪獣の嘆き
私が映像制作会社の丸川プロダクションへ入社して、もう二十年位になるだろうか。
入社当初は前衛派気取りの映画青年だった私も、今では特撮監督という肩書がすっかり板に付き、ヒーローや怪獣達と苦楽を共にする毎日だ。
そんな私の代表作といえば、怪獣ブームの起爆剤となった巨大ヒーロー番組「アルティメマン」の初期シリーズと言えるだろう。
何しろ私にとって、「アルティメマン」に「アルティメゼクス」、そして「究極地帯~アルティメットエリア~」の三部作は、特撮監督としての原点である事は勿論だけど、脚本家としてのキャリアの第一歩でもあるのだから。
その「アルティメマン」のシリーズも順調に歴史を重ね、初期三部作を見て育った子供達が社会の第一線で活躍するようになったというのは、何とも喜ばしい限りだよ。
私がセミレギュラーとして出演している特撮系ラジオ番組「ラジオ怪獣伏魔殿」だって、特撮ヒーローや怪獣に造詣の深い社員達が発言力を持っているからこそ成り立っているんだから。
番組のパーソナリティーを務める構成作家は勿論、スタッフもリスナー達も子供の頃からの筋金入りの怪獣ファンだからね。
自分達が心血を注いで此の世に送り出したキャラクター達が今も沢山の人々に愛されている事を実感し、その熱烈なファン達の生の声を直接聞く事が出来る。
それは正しく、クリエイター冥利に尽きる光栄と言えたよ。
そんな特撮ファン必聴の深夜番組「ラジオ怪獣伏魔殿」の一番の目玉コーナーと言えば、何と言ってもドラマパートの「新生!特撮ラジオドラマ」だろうね。
テレビシリーズは勿論、劇場映画やオリジナルビデオ等の様々な媒体で展開しているアルティメマンのシリーズだけど、作品を制作するために書き上げられたシナリオやプロットの全てが使用されるとは限らないんだ。
予算の問題や役者さん達のスケジュールの都合、それに当時の社会情勢等の様々な事情で泣く泣く御蔵入りにしたシナリオは、「未映像化シナリオ集」という書籍が出せる程に存在する。
そうした未映像化シナリオをラジオドラマという形で蘇らせようというのが、この「新生!特撮ラジオドラマ」のコンセプトなんだ。
改めて考えてみると、ラジオドラマは未映像化シナリオのメディア化に最適の媒体かも知れないな。
十数年も経てば役者のイメージは変わるけれども、声だけの出演なら当時に寄せた演技だって出来る。
それにセットや着ぐるみを気にしなくて良いから、予算の都合で断念したシナリオだって実現出来るからね。
こないだの放送回でラジオドラマ化された「アルティメゼクス」の未映像化エピソードである「怪獣百鬼夜行」なんかは、その典型例と言えるだろう。
何しろこのシナリオは、「アルティメマン」と「アルティメゼクス」、そして当時の丸川プロが制作した劇場用特撮映画の全てに登場した怪獣達が、世界各地の大都市に出現するという破格のストーリーだからね。
怪獣達に蹂躙される世界各地の都市のセットなんて、予算が幾らあっても足りやしないよ。
ドラマに登場させる怪獣や侵略宇宙人だって、使える着ぐるみやスーツアクターさんのスケジュール等を考えたら、相当に絞り込まないといけないだろうね。
だけどラジオドラマという媒体なら、それら全ての問題が一気に解決する。
蹂躙される世界の各都市は資料音声で表現出来るし、世界各地に大挙出現した怪獣達も、鳴き声の音源を再生させれば問題なく登場させられるからね。
「こんなに色んな怪獣の音源を駆使したのは、僕がスタッフになって初めての事ですよ。」
初期のアルティメマンシリーズからの顔馴染みである音響監督なんか、こんな事を言いながら喜々として音源データを引っ張り出していたっけ。
当時のレギュラー俳優陣も、若き日の持ち役を久々に演じる喜びに興奮気味で、ラジオドラマの収録現場はまるで同窓会みたいなノリだったよ。
−俳優もスタッフもここまで熱中して制作したのだから、きっとラジオドラマも最高の出来になっているだろう。
誰もがそう信じて疑わなかった。
だが、放送直後に予期せぬ出来事が起きてしまったのだ…
例のラジオドラマが「ラジオ怪獣伏魔殿」の枠内で放送された日の朝。
丸川プロへ出社した私を待っていたのは、リスナーからのクレームを告げる音響監督の困惑した顔だった。
「えっ、音声に不具合が?」
「何でも、深海怪獣軍団が神戸港を襲撃するシーンのナレーションに怪獣の鳴き声が被さっていて、よく聞き取れなかったみたいです。ナレーションに鳴き声なんか、僕は被せていないのに…」
私だって、そんな事をシナリオに書いた覚えはない。
ラジオドラマにおいてナレーションは、通常の映像作品のそれ以上に重要な役割を占めているからね。
「編集には私も立ち会っていたけど、そのシーンのナレーションには怪獣の声なんて被っていなかったはずだよ。一体、何という怪獣なんだい?」
「それがね、成相寺さん…事もあろうに、『深海作戦ZERO』の鋼鉄海竜レヴィアだそうです…」
音響監督の返事を聞いた私は、愕然たる思いだった。
ファシスト勢力残党が開発したロボット兵器の鋼鉄海竜レヴィアと、海洋国家の日英が共同開発した万能戦艦の攻防戦を描いた、海洋特撮映画の「深海作戦ZERO」。
それは発足間もない丸川プロがイギリスの映画会社と組んで制作した日英合作特撮映画で、初期の丸川プロが誇る傑作特撮になるはずだった。
だがイギリスの映画会社の倒産によって「深海作戦ZERO」の権利関係は曖昧になり、再上映やソフト化の機会に恵まれない封印作品となってしまった。
本編が封印されてしまえば、それに登場する怪獣だって同じ運命を辿る。
こうして鋼鉄海竜レヴィアは、「封印作品の怪獣」として闇に葬られる事となったのだ。
「きっと鋼鉄海竜レヴィアも、もう一度丸川プロの怪獣として日の目を見たかったんでしょうね…」
音響監督の寂しそうな声は、まるで鋼鉄海竜レヴィア自身の嘆きのように感じられたんだ…