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第61話 本当の『敵』

「アメリア!遅いわよ!」 


 誠とかなめが狭い『ハコスカ』の後部座席から体を出すと、その目の前にはサラが来ていた。


「おはよう!別に遅刻じゃないでしょ?」 


「おはようじゃないわよ!四人とも早く着替えて会議室に行きなさいよ!嵯峨筆頭捜査官がもう準備して待ってるんだから」


 サラはそう言い残すとそのままハンガーに向けて走り出す。 


「どこ行くの?サラ」 


「決まってるじゃないの!歓迎会の準備よ!」 


 とりあえず急ぐべきだと言うことがわかった誠達はそのまま早足でハンガーに向かった。


 ハンガーの前ではどこに隠していたのか聞きたくなるほどのバーベキューコンロが並んでいた。それに木炭をくべ発火剤を撒いている整備員。そんなコンロをめぐって火をつけて回っているのは島田だった。


「おう、神前。着いたのか」 


 コンロに火をつけていた島田が振り返った。その目の下にクマができており、顔には血の気が無い。


「大丈夫なのか?そのまま放火とかしないでくれよ」 


 かなめは冗談のつもりなのだろうが誠にはそうなりかねないほどやつれた島田が心配だった。


「西園寺さん大丈夫ですよ。火をつけ終わったら仮眠を取らせてもらうつもりですから」 


 そんな島田の笑いも、どこか引きつって見える。カウラもアメリアも明らかにいつもはタフな島田のふらふらの様子が気になっているようでコンロの方に目が向いているのが誠にも見えた。


「じゃあがんばれや」 


 それだけ言って立ち去るかなめに誠達はついていく。その先のハンガーには装甲板のはがされたランの『紅兎』が立っていた。


「へえ、ハニカム装甲の間にあの『よくわからないアレ』を差し込むわけか」 


「『よくわからないアレ』って……法術を増幅する装置なんですよね」


「仕組みが分からねえなら『よくわからないアレ』としか言えねえじゃねえか」


 かなめの言葉にツッコんだつもりが逆に言い返された誠はただ黙り込んだ。


「バーベキューですか?」 


「見ればわかるでしょ?」 


 話題を変えようとした誠の問いにそう返すとアメリアはそのまま事務所につながる階段を上り始める。


「おう、おはよう」 


 大荷物を抱えたクバルカ・ラン中佐が立っている。いつものように小柄な体と比べて巨大に見えるトランクを引きずっている。


「その様子、出張ですね」 


「まあな。法術対策部隊の総会ってわけだ。西園寺、ジュネーブって行ったことあるか?」


 いきなり地球の話題をかなめに振るのは彼女なら何度か行ったことがあるだろうとランも思っているんだと誠は再確認した。 


「スイスは機会がねえけど、まあ会議を開くには向いてるところだって聞いてるぜ」 


「そうか。アタシは地球はこれで二回目だけどヨーロッパは初めてで……よく知らねえんだよなあ……イクチオステガはまだいるのか」 


 ランはそう言うと髪を軽く撫で付けた。


「もう絶滅しましたよ。まあ、地球の連中に舐められないようにしてくれば良いんじゃねえの?そのなりじゃ難しいだろうがな」 


 それだけ言うと、ムッとした顔のランを置いてかなめが歩き出す。誠達も急いでそのあとに続いた。


 誠達は遅刻したのを察して恐る恐る実働部隊事務所のドアを開けた。


「少し遅いのでなくて?」 


 実働部隊控え室では、湯のみを手にしてくつろいでいる茜がいた。当然のように彼女は紺が基調の東都警察の制服を着ている。 


「さっさと着替えて来いってわけか?」 


「そうね。そしてそのまま第一会議室に集合していただければ助かりますわ」 


 そう言うと茜はぼんやりと立ち尽くしている誠達の横をすり抜け、ハンガーの方に向かって消えていった。


「私も?」 


 アメリアの言葉に誠達は頷く。そのまま四人は奥へと進んでいく。


「おはよう!神前君、すっかり人気者ね」 


 そう言ってロッカールームから歩いてきたのはパーラだった。いつも通りどこか浮かない調子で誠に声をかけてくる。


「急いで着替えた方が良いわよ。茜さんはああ見えては怒ると怖いらしいから」 


「まあな。表には出ないがかなり腹黒いしな」 


「ダーク茜」 


 かなめとアメリアが顔を見合わせて笑う。カウラは二人の肩を叩いた。その視線の先にはハンガーに向かったはずの茜が、眉を引きつらせながら誠達を見つめていた。


「じゃあ、第一会議室で!」 


 茜の一にらみに耐えかねて目を反らしたかなめはそう言うと奥の女子ロッカー室へ駆け込む。カウラとアメリアもその後を追う。


「神前君もも急いだ方がいいわよ」 


 そう言うとパーラは引きつった笑みを浮かべて去っていく。


 誠は急いで男子ロッカー室に入った。冷房の効かないこの部屋の熱気と、汗がしみこんだすえた匂い。誠は自分のロッカーの前で東和陸軍と同形の司法局実働部隊夏季勤務服に着替える。かなり慣れた動作に勝手に手足が動く。忙しいのか暇なのか、それがよくわからないのがここ。誠もそれが理解できて来た。


 とりあえずネクタイは後で締めることにして手荷物とそのまま第一会議室に向かった。小柄な女性が会議室の扉の前を行ったり来たりしている。着ている制服は東都警察の紺色のブレザーなので誠にも彼女が茜の部下であることが推測できた。


「こんにちわ」 


 声をかけた誠を見つめなおす女性警察官。丸く見える顔に乗った大きな眼が珍しそうに誠を見つめる。


「えーと。神前曹長っすね。僕はカルビナ・ラーナ巡査っす。一応、嵯峨主席捜査官の助手のようなことをしてます!」 


 元気に敬礼するラーナに、誠も敬礼で返す。


「すぐに名前がわかるなんて……警察組織でも僕ってそんなに有名人なんですか?」 


「そりゃあもう。近藤事件以来、遼南司法警察でも法術適正検査が大規模に行われましたから。軍や警察に奉職している人間なら知らない方が不思議っすよ!」 


 早口でまくし立てるラーナに呆れながら、誠はそのまま彼女と共に第一会議室に入った。


「ラーナさん、まだかなめさん達はお見えにならないの?」 


 上座に座っている茜が鋭い視線を投げるので、思わず誠は腰が引けた。


「ええ、呼んできたほうがいいっすか?」 


 ラーナはそう言いながらその場しのぎの苦笑いを浮かべた。


「結構よ。それより話し方、何とかならないの?」 


 茜は静かに目の前に携帯端末を広げている。


「へへへ、すいやせん……癖で」


 あっけらかんとラーナは笑っていた。


「すまねえ、コイツがぶつくさうるせえからな」 


「何よかなめちゃん。ここは職場よ。上官をコイツ呼ばわりはいただけないわね」 


 かなめ、アメリア、そしてカウラが部屋に到着する。その反省の無いかなめの態度に茜は呆れ果てたと言う表情を浮かべた。


「じゃあ、席についていただける?」 


 刺す様な目つきに誠は恐怖しながら椅子に座る。すぐに彼女は視線を端末に戻しすさまじいスピードでキーボードを叩く。


「おい、それは良いんだけどよ。法術特捜の部長の人事はどうなったんだ? 一応看板は、『遼州星系政治同盟最高会議司法局法術犯罪特別捜査部』なんて豪勢な名前がついてるんだ。それなりの人事を示してもらわねえと先々責任問題になった時に、アタシ等にお鉢が回ってくるのだけは勘弁だからな」


 誠の隣の席に着くなり切り出すかなめ。アメリアもその隣でうなづいている。


「その件ですが、しばらくはお父様が部長を兼任することになっていますわ。まあ本当はそれに適した人物が居るのだけれど、まだ本人の了承が取れていないの。それまでは現状の体制に数人の捜査官が加わる形での活動になると思いますわ」 


 そう言いながら、茜はなぜか視線を誠に向かって投げた。かなめもその意味は理解しているらしく、それ以上追及するつもりは無いというように腕組みをする。


「僕の顔に何かついてますか?」 


 真っ直ぐに見つめてくる茜の視線を感じて思わず誠はそう口にしていた。


「いいえ、それより今日は現状での法術特捜の人事案を説明させていただきます」 


「そうなんですの。とっととはじめるのがいいですの」 


 かなめは茜の真似をして下卑た笑みを浮かべて見せる。茜はそれを無視するとカウラの顔を見た。


「司法局実働部隊の協力者の指揮者ですが、階級的にはクラウゼ少佐が適任と言えますわね」 


 そんな茜の言葉にアメリアはにんまりと笑う。


「でも少佐の運用艦『高雄』の艦長と言う立場から言えば、常に前線での活動と言うわけには参りませんわ。ですのでベルガー大尉、捜査補助隊の隊長をお願いしたいのですがよろしくて?」 


 茜の言葉にカウラは静かにうなづく。一方、期待を裏切られたアメリアはがっくりとうなだれた。かなめは怒鳴りつけようとするが、茜の何もかも見通したような視線に押されてそのままじっとしていた。


「つまり私は後方支援というわけね。それよりその子、大丈夫なの?」 


 アメリアはテーブルの向かいに座っているラーナを見ながらそう言った。ラーナは何か言いたげな表情をしているが、それを制するように茜が口を開いた。


「彼女は信用置けますわ。遼帝国禁軍近衛師団に出向してレンジャー訓練を受けたことがある逸材です。それに法術適正指数に於いては神前曹長に匹敵する実力の持ち主ですわ」 


「遼帝国のレンジャーだ?こいつが?」


 かなめがそう言ってラーナを指さした。黒髪の小柄なラーナはかなめの悪意に気づかないようで照れ笑いを浮かべていた。


「遼帝国軍って弱いことで有名ですよね……なんでそんなところに出向していたら自慢になるんですか?」


 軍の常識は誠の非常識である。誠のその言葉にその場の女子全員が大きくため息をついた。


「あのなあ……遼帝国は地球から最初に独立した国だ。その得意の戦術が……」


「ゲリラ戦ですよね」


 カウラの諭すような言葉を遮って誠は答えた。


「ゲリラの戦いは生きるための戦いだ。道なき道を進み、補給などあてにできない状況でも作戦を遂行する必要がある」


「まあ、誠ちゃんなら一時間で脱落するわね……」


 カウラとアメリアの言葉にムキになって反論しようとする誠だが、隣に座っていたかなめの視線がそれをやめさせた。


「アタシは生身じゃねえから受けられねえが……あそこで鍛え上げられたって言うなら本物だろ?神前、後でこいつと組み手をしてみろ。三分持ったら酒を奢ってやる」


 かなめが酒を奢るということはかなめなりにラーナの実力を認めているということだと分かった。さらに、先日の襲撃事件での法術師としては誠をはるかに凌ぐ実力者の茜の言葉にはラーナの実力を大げさに言っていることは判っていても重みがある。


「そんな大層なもんじゃないっすよ。山育ちなんで、サバイバルとかには結構自信があるだけっす」 


 ラーナは軽くそう言って笑って見せた。


 そんな明るいラーナを見ながら誠はかなめ達を見回した。かなめは相変わらず挑発するような視線をラーナに送っていた。カウラは珍しそうにラーナの様子を伺っていた。アメリアが聞きたいことは彼女の趣味と合うかどうかの話だろうと推測が出来た。


 四人に黙って見つめられても、照れるどころか自分から話始めそうなラーナを制して、茜は話し始めた。


「法術犯罪は実は遼州独立以降絶えず各政府を悩ませていた問題ですわ。法術の存在を一般に公表できないうえに、時として大規模な被害を伴うものも発生することもある……正直、もうどこの政府も法術の存在を隠しきれない状況でしたもの。まあ、『近藤事件』でその存在が明らかになって一番安どしてるのが警察関係者……これまでみたいに『原因不明』とかありもしない爆発物による嘘の発表をしなくていいんですものね……。まあ、前の大戦の少し前くらいからそれらの法術犯罪が増加の一途をたどっているのは事実ですもの。もう、どこの政府も黙ってみているわけにはいかなかったから……」 


 茜らしい。法術犯罪とその対策の歴史を語りだした茜だが、すぐにそれに飽きてしまう人物がいた。


「おい、茜。そんな御託は良いんだ。それより狙いはどこだ?甲武の官派か?ネオナチ連中か?地球の連中が動いてるって話も聞くわな」 


 かなめは相変わらずガムを噛んでいた。茜はそれに気を悪くしたのか、答えることも無くじっと端末を操作していた。


「じゃあかなめさん。『廃帝ハド』と言う人物のことはご存知?」 


 ようやく茜が口を開く。かなめは自分の意見が通ったことで少しばかり笑みを浮かべた。


「噂は聞いてるよ。100年ぐらい前に遼帝国が鎖国を解いた時の皇帝……ああ、その皇帝が封じられた後に鎖国は解かれたんだったよな……なんでも暴君で国をめちゃくちゃにした阿呆だって話じゃねえか……そんな昔の人間がどうして出てくるんだ?」 


 かなめの言葉にカウラとアメリアは黙って聞き入っていた。


「あれじゃない?封じられていたってことは、誰かが封印を解いたんでしょ?なんだかファンタジーな世界の話よね……」


 かなめのふざけた調子にさらにアメリアが茶化してみせる。茜は大きくため息をついて二人をにらみつけた。 


「あのーファンタジーの世界の話じゃなくってリアルな話がしたいんですけど……」 


 三人のにらみ合いを収めようと誠は話題を元に戻そうとした。


「クラウゼ少佐の言うことは半分は正解ですわ。ハドは死んでいなかった……正確に言えば『殺せなかった』と言った方がいいかしら」


「殺せない?『不死人』か?」


 それまでぼんやりしていたカウラの目に生気が宿る。誠はその『不死人』と言う言葉に先日の出動の際にランが言った『遼州人には時間の概念が無かった』と言う言葉を思い出した。


「正解……封印されていたのが内戦中の遼帝国内だったから誰がその封印を解いたのかは不明だけど……」


「その死なない化け物……今何してる?うちにも死なねえのが4人ほどいるからいっそのことうちで引き取るか?」


 茜の言葉にかなめが場がしらけるような大口をたたいた。


「あのー死なないのは隊長とクバルカ中佐だけじゃないんですか?」


 誠がそう尋ねるのを見てアメリアが恨みがましい視線をかなめに送った。カウラもまた明らかに誠に黙っていた事実をかなめが漏らしたということに気が付いてかなめをにらみつける。


「まあ……あとの二人は後でのお楽しみってことで」


「どうせそのうちの一人は島田先輩でしょ?あの人死にそうにないし」


 どうせ聞いても答えてくれそうな女達ではないことを悟っている誠はそう言って苦笑いを浮かべた。



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