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第19話 お姫様と絵

 部屋に戻った誠は荷物を片付ける仕事があった。島田は入り口のそばで屈伸をしている。


「早くしろよー!」 


 サングラスをかけた島田が上目遣いに誠をにらむ。誠はそそくさと隣の和室に入ると、かけてあった儀礼服をバックに突っ込んだ。


「それだけか?荷物」 


「ええ、とりあえず一泊ですから」 


 そう言うとジッパーを閉めてバッグを小脇に抱えた。大型のリュックを背負って島田が立ち上がる。


「おい!行くぞ」 


 ドアをたたいて島田が呼んでいるのが聞こえた。


「暑いなあ、さすがに。ビールでも飲みたい気分だな」 


「島田先輩、帰りも運転でしょ?警察が飲酒運転したらまずいでしょ」 


「まったく……うちの隊員で大型一種は誰でも持ってるくせに二種は……まあ、オメエに愚痴っても仕方ねえか」


 島田はそう言うと苦笑いを浮かべた。


「それにしてもいい天気だな」 


 誠は島田の言葉に釣られて大きな窓に目を向けた。水平線ははっきりと見える。空の青はその上に広がり、太陽がそのすべてに等しく日差しを振りまいている。


「よしっと」 


 窓の前で島田が再び屈伸をした。彼が履いているのはビーチサンダルでいかにも浜辺に向かうのに適した格好に見えた。


「もしかしてプライベートビーチとかですか?」 


 ホテルの裏の、時期にしては閑散としているように見える浜辺を見た誠がつぶやく。


「いやあ……そこまでは……。それにどうせアメリアのおばさんが『プライベートビーチなど邪道だ!』とか意味不明なこと言い出すから。一般海水浴場に行くんだと」 


「誰がおばさんよ!誰が!」 


 いきなりドアが開いて胸だけを隠しているように見える大胆な格好をしたアメリアが怒鳴り込んできた。彼女はそのまま島田の耳をつまみ上げる。


「痛い!痛いですよ!鍵がかかってるでしょ?どうやって入ったんですか?」 


 島田がそう言う後ろから、一枚のカードを持ったかなめが入ってくる。 


「一応、このホテルの名義はアタシだからな。当然マスターキーも持ってるわけだ」 


「聞いてないっすよ!」 


 島田の驚く顔を見てかなめは満足げに頷く。涙目になりかけた島田を離したアメリアが誠の手をつかんで引っ張った。誠はとりあえずかなめの機嫌がよくなっていることに気づいてほっと胸を撫で下ろす。


「さあ誠ちゃん!行きましょうね!」 


 紺色の長い髪をなびかせながら誠を引っ張ってアメリアは廊下に出る。廊下には遠慮がちにアメリアの荷物を持たされている淡い緑色のキャミソールを着たカウラがやれやれと言ったように二人を眺めていた。


「んじゃー行くぞ!」 


 かなめが手を振ると皆はエレベータルームに向かった。


「西園寺さん。この絵、本物ですか?」 


 明らかにこの集団が通るにはふさわしくない瀟洒(しょうしゃ)な廊下が続いている。そこにかけてあるのは一枚の絵画だった。


 印象派、ということしか誠には分からない絵を指してかなめに尋ねた。かなめはまったく絵を見ることはしない。


「ああ、モネの睡蓮な。模写に決まってるだろ」 


「そうですよね」 


「本物は甲武の美術館にある」


 かなめは当たり前のようにそう言った。


「へー。遼州星系にあるんですね……なんていう名前の美術館なんですか?そこ」


「西園寺記念美術館」 


 それだけ言ってかなめは立ち去る。あまりにも自然で当然のように振舞うかなめにただ呆然とする誠だった。


「本物持ってるの?かなめちゃん」 


 思わずアメリアが突っ込む。かなめはめんどくさそうに額に乗っけていたサングラスを鼻にかける。


「まあ、あの美術館の所有品は全部アタシ名義だからな……持ってるって言えば持ってるわけか……親父が9歳誕生日にプレゼントだってくれた」


 相変わらずかなめはそっけなかった。


「誕生日プレゼントに……モネ……」


 誠は『モネ』と言う画家が何者かは分からなかったが、それなりに価値のあるものらしいということだけは分かった。


「アタシは印象派は趣味じゃねえけどな……」


 開いたエレベータの扉に入る。感心したようにかなめを見つめるアメリアと島田。カウラは意味がわからないと言うように首をひねりながら誠を見つめている。


「さすがにお嬢様ねえ。昨日の格好も伊達じゃないってことね」 


 アメリアが独り言のようにつぶやくと、かなめは彼女をにらみつけた。


「怖い顔しないでよ。他意はないんだから」 


 アメリアはサイボーグのかなめを怒らせても得は無いことは知っているのでなんとか笑ってごまかそうとする。


 島田は両手で計算をしている。誠にはつぶやいている内容からして、実物のモネの睡蓮の値段でも推理しているように見えた。


 扉が開き、エレベータルームを抜けたところで、先頭を歩いていたかなめの足が止まった。


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