78話
深く、暗く、冷たい空間。
薄墨渦の館にはそういう空間があった。
館の地下2階。衣笠大だったものはそこに2週間ほど保管されていた。
不気味な風が通気口を抜ける音が部屋全体に広がる。
そんな部屋に2人の人物が衣笠大だったものが入った巨大な水槽のようなものを眺めていた。水槽に満ちていたのは蒼い液体だった。それらはゆっくりと衣笠大だったものに形を与え、彼を”修復”していく。
「ふむ。見習いの私の弟子を助ける為に命を燃やし戦いに臨む。
そして、玉砕。実に人間らしい。これで勝っていれば、美夜古も報われたでしょう」
松前斬院は水槽に入った衣笠大を見つめてそう言った。
「よく言う。生きているんだろう?」
薄墨渦は古びた本を読みながら、松前斬院の言葉に反応した。
「なぜそう思うんです?」
「惚けるな、小僧。
深山錦は魔法界では名の知れた医者だった。
奴がいて救えぬものがあるものか。」
「弟子の容態、気になりますか?」
「馬鹿を言え。
勝手に出ていった馬鹿弟子なんぞ、なんでもないさ。」
沈黙は数分続いた。そして松前斬院はまた口を開いた。
「正直、ここまで彼が早く成長するとは思わなかった。
“衣笠大の本体”がのこした彼の欠片の利用。
魔道具を通じて魔法の呼び起こし、魔法使いとしての再誕。
“縁”の制御、刻印に記された魔法の呼び起こし。
目標には向かっているがこの速さは異常と言っていい。」
薄墨渦はその言葉が気に入らなかった。
想像以上ということは未だに衣笠大は松前斬院の敷いたレールの上を走っていることになる。
この男は得体が知れない部分が多い。
魔法に自らの生を預けた生命は基本的に秘密主義になる。
魔法使い、見習いは他者が扱う魔法の秘密を紐解き、自身の糧としようとする。
情報を共有すること自体は別段問題ではなかった。
問題はその魔法の秘密を紐解く方法だった。
松前斬院は多くの魔法の謎を紐解いた人物と聞く。
そのことを考えれば、この先起こることにいくつかの推測が立てられる。
それは薄墨渦にとって極めて不快なことだった。
「衣笠大はお前にとって何なんだい?」
薄墨渦は松前斬院の本心が知りたかった。
松前斬院は薄墨渦の方へ振り返る。
「5年前、彼が見せた可能性があります。
それは魔法界を揺るがす災厄かもしれない。
魔法界を照らす希望の光かもしれない。
衣笠大は私にとっては未来そのものです。」
松前斬院の言葉の意味が薄墨渦にはまだ理解できなかった。
「その為にも”次の衣笠大”には頑張ってもらいたいですね。」
「衣笠大の本体が残していった衣笠大の中にあったもの。
多重人格者の魔法使いはそう多くはない。
まさかそれを個の魔法生命として独立させ、起動させるとはね。」
「まったく、衣笠大は厄介な魔法使いです。
次に衣笠大となる第3位は迂闊に手を出せない。」
「なぜだい?」
「前回衣笠大だった第5位と違い、
第3位は恐らく記憶を保持している可能性があるんですよ。」




