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獅子奮迅  作者: げんぶ
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74話


 衣笠大の背後に楕円形の1つの光の輪が出現する。

 妙な耳鳴りがその場にいる全員の耳を貫く。たった一人の人物を覗いて。

 彼には、衣笠大にはまったく別の心地の良い声が聞こえた。


 「“こっちだよ”」


 風に運ばれた波は確かにそう言った。

 光の輪から白銀の翼が両翼となって衣笠大を包み込む。

 両翼は人の理を捨てた青年を招く。

 人を捨てよと。人を否定せよと。人を処断せよと。

 青年の心は現実を否定する。故に悩んだ。

 何を持って人を悪とするのか。目の前の形を持つ処断すべき生命は魔法使い。

 人を捨てた生命の一つ。否定すべきは魔法使い。

 

 両翼が漆黒に塗りつぶされていく。じわじわと変質を始めた両翼は肥大化する。

 衣笠大の心に反応するように、両翼は答える。

 

 否定するは魔法使い。

力を持っているにも関わらず、生命の上位に君臨するにも関わらず、理を忘れた者であるのにも関わらず。

あれは下位の生命を淘汰した。松前美夜古という少女を傷つけた。


 「理の外にいるんなら、あんたを人の理の中へ叩き落す。」

 

 衣笠大の言葉に薄墨渦は疑念を覚えた。

 理の中へ叩き落とすとはどういう意味なのか、衣笠大が手に入れた刻印はどのような意味を持つのか想像ができなかった。


 衣笠大は動く。両翼を羽ばたかせ、猛スピードで薄墨渦へ向かって突進した。

 薄墨渦は両腕を弦状に変形させ、さらにそれを硬化し巨大な大剣を作り出す。

 

 「飛んで火にいるとはまさにだねぇ……」


 老婆は大剣を振り下ろし、青年を理から外す両翼を処断した。

 両翼は黒い血しぶきをあげ、地に落ちた。

 濁った水しぶきが戦う二人を濡らし、殺気が入り乱れる。

 衣笠大は倒れず、彼の背後の光の輪が彼を地に落とすことを良しとしなかった。

 

 「猪口才な!!!」


 老婆は大剣を太刀へと変質させ、構え再度刃を振り下ろす。

 両者の距離は数メートルにまで迫っていた。刃が青年の首を捉える。

 満身創痍で接近し、賭けに出ていた衣笠大は死を直視した。


 「”こっちだよ”」


 また声が聞こえた。衣笠大にだけその声がまた形を持って届く。

 正面に手を伸ばし、咄嗟に頭に浮かんだ言葉を口にする。


 「flying !!!」 


 青年はその瞬間、世界から消失した。


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