71話 メビウスの輪
「これで、私の勝ちだ。」
勝者が優越感に浸る。頭上にあった雲が晴れたような感覚が勝者を飲み込んだ。
敗者の肉塊を見つめ、蔑む。一度でさえ忘れることのできない敗者の顔。
その影が今までぴったりとついてくる不快感が邪魔で気持ちが悪くて仕方がなかった。
だが今はどうだ。それが消えた、ようやく消えた。
長年思い描いていた理想図のピースがひとつ埋まった。
執念というのは恐ろしい。ここまで人の心を塗り替え、歪めてしまう。
なんて醜い私。なんて恐ろしい私。なんて歪んだ私。
でも仕方がない。何度試しても一度沁みついてしまった汚れは落ちない。
魂が叫ぶのだ。あの女を殺せと。肉親を殺した女を殺せと。
私は知っていた。目の前のたった一人の、唯一の肉親を殺した女の影を私は見た。
見てしまった。知ってしまった。
安堵する。ようやく私は一つの過去から逃れ、先へ進める。
ぐちゃ、音が鳴る。
鼓動が高鳴る。徐々に、徐々に、私に迫ってくる。
肉塊となったはずの女は異形の怪物へと変わり果て、私に襲い掛かってきた。
怪物は咆哮する。泣き叫ぶように。
四肢があるのかさえも分からない。頭がどこにあるのかも、急所がどこにあるのかも。
心臓が刺された。一突きだ。
ちょっと視線をそらしてしまった。
戦闘中に、命のやり取りをする際中に私は思ってしまった。
今の私は過去の私を知らない、本当の衣笠大を知らない彼、今を生きる衣笠大にはどう映って見えているのだろうか。
我ながらくだらないことを考えたものだ。
だが、心臓を貫かれ魂が現世を去る秒針の針が進む中でどうしても確かめたかったのだと思う。
今を生きる自分に見える自分。今を生きて私を見る彼。私にとっては正しい行いをしたはずなのに、気持ちが良かったのに、どうしてこんなにも悲しいのか。
ただ、その答えが知りたかった。
衣笠大は私の心を映すように、悲しそうな表情をしてくれていた。
それが私に向けられたものなのかはわからない。
でも最後のこの瞬間だけは、私に向けられたものだって。
「思ってもいいよね?」
勝者は敗者からの報復から逃れられなかった。
因果応報、戦いから生み出されるこの流れは魔法を得たものたちにとっても逃れられないものだった。




