69話
「願いが叶う?
呆れたよ。魔法は万物の法則領域の外側にある結晶体。
自由自在に操ることもできなければ、人の願いをすんなり受け入れてくれるものでもない。教えたはずだよ、美夜古。
魔法使いでもないのに身に余る力を求めるなってね。」
薄墨渦の言葉は事実であり、真実であった。
美夜古もそれは理解していた。
だが、人の願いは無限だ。
叶うはずのない願いを叶える手段がどうしても美夜古は欲しかった。
「力があるから闘争が生まれ、闘争があるから人は願うことをやめない。
人の世の力とは願いであり、戦いだ。
どんな形であれ、力を誇示しなければ人は人の世で生きていけない。
魔法使いは人であってはならない。
力という理を捨て、領域外の理の中でこそ魔法使いは存在意義を見出さなければならない。
師匠、あなたのこの言葉今なら良くわかる。」
美夜古は負傷した体を奮い立たせ、黒いユニコーンの白骨に炎を灯しながら師に言葉を投げ続ける。
「だから魔法使いは魂を見通し、力に固執しない人とは違う社会を形成する必要がある。
人には見えない魂。人には扱えない魔力。可能性の鍵はある。
でもあなたが見出した可能性を可能性とは思えなかった。」
薄墨渦は再度右腕に黒く眩い閃光を収束させ始める。
美夜古の言葉に耳を傾け、手元を離れた弟子の哀れな姿に落胆しながら。
「ああ、確かにそれは私の言葉だ。
だがね美夜古。そんなことを言う前に私らには時間がないんだよ。
そんなことを語り合って、議論したってね、時間が過ぎていくだけだ。
私が研究を始めた瞬間、お前は私の手元を離れた。それで意外とすぐに気づいたよ。
結局、元が人である時点で到達点は力から指針がずれることは無い。」
薄墨渦は右腕を美夜古に向け、右手を広げた。黒い閃光が美夜古の体を飲み込んだ。
回避不能、防御不能の一撃であるように衣笠大には見えた。
美夜古の全身から蒼炎が溢れ出る。
何も傷を負っていない様子の美夜古を見て、衣笠大は不思議に思った。
「捕食が始まるぞ、小僧。」
深山錦は衣笠大に対してそうつぶやいた。
捕食、どういったことを指すのか衣笠大にはピンとくるものがなかった。
「美夜古、お前”再誕”する気かい?」
薄墨渦の言葉に美夜古は少し表情を曇らせるといった反応を見せてしまった。
それを見て薄墨渦は美夜古の狙いに予想を打ち立てる。
「再誕。見習い魔法使いが正当な魔法使いへ昇華する通過儀式。
成功率は1%未満。故に現世に存在する魔法使いの数は少なく、存在そのものに価値がある。
やめておきな。あんたには無理だよ。
死人に引っ張られてるあんたじゃあねぇ。」
美夜古は薄墨渦の言葉を聞かず、両腕の手の平を正面でゆっくりと合わせた。
「分かってるよ、そんな事。
何度か試そうとした。でも怖くてできなかった。
だから私も別の可能性を探したの」
小川に無数にあった蒼炎を纏った白骨が次々に溶けだした。
それを見て薄墨渦は美夜古の狙いが分からなくなった。
再誕とは文字通り、自身を一度死者とすることでなる儀式。
美夜古の行動と周囲で起きる現象が儀式と繋がるとは思えなかったからだ。




