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獅子奮迅  作者: げんぶ
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68話


 薄墨渦はゆっくりと美夜古に歩み寄り始める。


 「お前を破門した時を思い出す。」


 少し悲しげな声が聞こえる。

 老婆の残された片腕に黒い結晶が収束していく。

 ぱしゃっ。ぱしゃっと水を強く、弱く弾く女の押し音が聞こえる。

 師と呼び、幼い頃から厳しい教えにただ従い、ただただ学び続けた女の足音。


 「美夜古に私はもう必要ない。

  あとは自分の力で何とかしなさい。」


 姉の声が脳裏に響く。

 師は違えど、優しく教え導いてくれた姉。


 最後に会ったのは5年程前だろうか。


 「君が美夜古か。俺は衣笠大。

お姉さんに少し稽古をつけてもらってる見習いの魔法使い。

今度お姉さんの仕事の手伝いをすることになってね、それまでよろしく頼むよ。」


 男はそう言って、姉の家に転がり込んできた。

 私は姉とは家が違い、薄墨渦の家に住み込みで修行を行っていたから衣笠大という男の事は姉の家に遊びに行った時しか話す機会がなかった。


 姉と衣笠大が仕事をしに行った日の夜、彼だけが血まみれで知らない女に連れられて姉の家に入ってきた。

 姉は戻ってこなかった。


 「ごめん」


 擦れた意識の中だろうに、衣笠大は私にそう言い続けた。

 一緒に入ってきた女は高木八重という女だった。

 彼女は血の滲んだ髪留めを私に手渡し、姉はしばらく戻らないと教えてくれた。

 髪飾りは姉が大切にしていた両親からもらった最後のプレゼント。


 それらから数か月後、衣笠大と高木八重も私の目の前から消えた。

 その直後だった。松前斬院という男から弟子にならないかという誘いが来たのは。


 私の中であの3人は既に過去に生きる人達。

 私はこの5年、死者に引きずられそれは今も続いている。

 だがどうしようもなかった。

 私の魂に彼らが囁いてくるのだ。

 悪魔を殺せって。

 私に優しくしてくれた唯一の人たちが、あんな歪んだ魂じゃなかったあの人たちが声を揃えて私の中で。何度も何度も囁いてくる。


 「Mons Load」


 その言葉を聞いた瞬間、薄墨渦は歩みを止めその場で立ち止まった。

 薄墨渦の額から汗が零れ落ちるのを深山錦は見逃さなかった。

 その反応を見て深山錦は眉をひそめた。違和感を感じたからだ。

 深山錦の知っている薄墨渦は美夜古を相手にして汗を流したり、動じたりは決してしないはずだからだ。それだけの知識や経験の差が彼女達2人にはあるはずだった。


 小川の中から無数に黒い斑点が浮き出し始めた。その中からは先ほど薄墨渦が回避したはずの黒いユニコーンが赤眼を発光させ、無数に出現し始める。


 「私の知らない魔法だね、これは。

  さっきの黒いユニコーン。その分裂体なのか、それとも。」


 薄墨渦はパチンっと手を鳴らす。失ったはずの彼女の右腕が粘液状となって復活する。


 「あれが黒い魂の使い方の一つだ。

  よく見ておけよ?小僧。」


 深山錦の言葉を聞き、衣笠大は薄墨渦の動きを見逃さないようにしたかった。だがそれ以上に美夜古の魔法に目がいってしまう。その不穏さが身の危険を知らせているに思えたからだ。


 薄墨渦が動き出そうとした瞬間だった。

 無数の黒いユニコーンが蒸気を放ち、白骨化し始めた。

 崩れ落ちて残ったのは頭部の白骨のみ。それらから今度は蒼炎が噴き出し始めた。


 「おい馬鹿弟子。なんだい?

  この薄気味悪い魔法は」


 薄墨渦の質問に美夜古は薄ら笑みを浮かべて答える。


 「今から私の願い、すべてが叶う。」


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