67話
薄墨渦は短刀を美夜古の右腕に投擲する。美夜古は右腕を飛ばされてきた短刀に向けて差し向ける。短刀と美夜古の右腕の距離が数センチまで縮まった瞬間だった。右腕の白骨から蒼炎が噴き出る。何をしようとしているのか薄墨渦には分かった。数秒、たった数秒の時間差で美夜古は薄墨渦の思惑に気づき短刀を回避する選択をする。
美夜古の左腕を霞め、短刀は靄の中に消えた。
「おや?回避するのかい。」
薄墨渦は美夜古の回避運動を見逃さず、先手を取りに行った。再度距離を詰める美夜古。
薄墨渦も美夜古の動きに合わせて再度接近を仕掛けた。懐から再度短刀を取り出す。取り出されたナイフは5つ。2つを投擲、2つを右手に、一つを左手に。
美夜古は薄墨渦の動きを見逃すまいと彼女の動きを捉えることに集中した。右腕の白骨から蒼炎の刃を伸ばす。伸ばす。伸ばす。美夜古は右腕を振るい、1mを超える蒼炎の刃が投擲された短刀を消し飛ばした。
だが甘かった。薄墨渦の動きが美夜古の予想よりも早く、自身の右腕を振るうタイミングを狙われていたことに気づく。美夜古は咄嗟に髪におさめた黄金の輪を左腕で取り出し、一つの鍵を選び空中で捻る。
「open!」
美夜古の背後から黒い靄を纏った漆黒のユニコーンが彼女を通り抜け、薄墨渦に迫った。
薄墨渦からは美夜古の中から突然、黒いユニコーンが飛び出してきたように見えた。軋みをあげる老骨に力を入れ、右前方に身体を捻り残った短刀をすべて美夜古に投擲する。
「order !!」
薄墨渦は一瞬の詠唱と黒いユニコーンの突撃を同時に回避すると共に小川の中へ転げ、身体を沈めた。
美夜古は薄墨渦の放った短刀の2つを回避し、最後の1つを右腕で薙ぎ払った。
薄墨渦は薙ぎ払われた短刀が消え去れると同時に小川の中から起き上がった。またも正面の視界情報に反応が遅れるのに彼女は気が付くのには時間がかかった。
薄墨渦の正面では蒼炎の爆炎が上がり、薄墨渦の視界は青白い炎に包まれた。その瞬間を見逃さず、美夜古は薄墨渦に対して急接近し首めがけて右腕を振るう。
「がっかりだよ。小娘。」
薄墨渦の言葉と共に美夜古は地面を駆け、右腕を振り下ろす直前に体制を崩し小川の中へと転がり、衣笠大にはそれが身を投げたように見えた。
小川の中から起き上がろうとする美夜古。だがその彼女の動きの鈍さに衣笠大は違和感を覚えた。理由はすぐにわかった。美夜古の右肩と右足に短刀が深く突き刺さり、負傷してしまっていたからだ。
美夜古は右腕の肘を曲げ、長身の蒼炎の刃を解き刃が生えていた白骨部分に蒼炎を溜めこむような動きを見せた。当然、薄墨渦はそれに対処した。薄墨渦の左腕が黒化し彼女の右腕めがけて伸び、美夜古の右腕を掴んだ。
「……purge」
薄墨渦のその言葉と共に彼女の腕は爆散し、美夜古の右腕が消し飛んだように見えた。
美夜古の悲鳴が渓谷全体に響き渡った。美夜古の右腕は消し飛んではいなかったが出血が酷く、黒く焼けていた。薄墨渦の渦の左腕は完全に消失していたが彼女は痛みすらないような涼しい顔でじっと美夜古を見ていた。
「馬鹿弟子が、斬院のところで何を学んだ?」




