64話
薄墨渦はこっちを不思議そうに見つめてきた。
「衣笠の小僧にしては雰囲気がまるで違うがね。
錦、こいつは何だい?」
薄墨渦は懐からナイフを取り出し、俺に突き付けてきた。
「あたしを騙そうなんざ100年早いよ?
現役を退いたところでこの渦の目が老いたとは言わせない。」
「その小僧は衣笠大の魂から回収された情報体を再構築したものだ。」
「再構築?
聞いたことがないねぇ、そんな話。」
「セブンスロスト、ナンバー01唯一の成功例ということになっている。」
衣笠大にとって初耳な情報を深山錦は淡々と薄墨渦に公開していった。
「セブンスロスト、確か幾つかは回収済みという話は本当だったか。
どうして成功したのかはともかくとして、あたしが知りたいのはたった一つ。
こいつは衣笠大本人なのか、それとも別人なのかだ。」
「だ、そうだが。
衣笠大、答えて見ろ。」
深山錦と薄墨渦は真実を迫る。
答えを求める老人二人に向かい合い、自身の思った事を言わなければこの場は収まらない。続きもしない。ほのかに漂う薄墨渦の殺気。その殺気に真っ向から衝突するしか選択肢はなかった。
「俺は5年前にいた衣笠大じゃない。」
俺は正直に思ったことを言った。
「ほう?
言ったね。その根拠は何だい。」
薄墨渦は俺の言葉に疑いを持たずにただ真剣に俺の答えを聞こうとした。
「俺は衣笠大って人間を知らないからだ。」
はっきりと言った。ずっと思っていた疑念だった。皆俺のことを衣笠大という。だが衣笠大なんて人間の人生も記憶も聞いたものと少し残った記憶にちかい何か知らない。なら今の自分にとって衣笠大はただの個体名を表すだけの記号だ。
「ハッハー!なるほどねぇ。
確かに知らない人間なんじゃあ別人に違いないねぇ。
たまたま同じ名前だった。そういう事にしておいてやろうさ。
それで錦。この衣笠大をあたしにどうしろってんだい?」
「分かってんだろう、薄墨。
お前がこの5年隠れて引き継いだ黒い魂の研究成果。
この小僧に仕込んでくれ。」
薄墨渦は急に期限を損ねたように深山錦をにらみつけた。
「嗅ぎまわてる犬がいると聞いたがお前だったか。
お前たちがここに入った瞬間に察しはついていたよ。
そこの衣笠大は混じりもんだね?」
深山錦はにぃっと悪だくみしている薄笑みを浮かべる。
「薄墨、お前が断るのは分かってる。その理由もな。
娘の件、手伝ってやる。そこの小僧の再構築資料をお前にくれてやる。
確率は上がるはずだ。」
「はっ!準備がいいじゃないか……。」
薄墨渦は数分間黙り込み、こちらを振り向き深山錦と俺に言った。
「分かったよ。教えてやる。
ただしついてこられなければ捨てるよ?」
「ああ、問題ない。」
「それともう一つ。」
「なんだ?」
「あいつを連れてきな。」
「あいつ?」
「松前に鞍替えしたあの能無しの元弟子!美夜古だよ!」




