63話
目が覚める。
天井は見覚えのない木造で古びた木の匂いが部屋に浸透している。
そばに座り、こちらを見ずに正座して退屈そうに本を読んでいる男がいた。
深山錦だ。
「儀式はひとまず終えたようだな。
今のお前は蛹から成虫になったばかりの体。
少しの間はここで体を慣らしていけ。
どうせ満足に動けん」
深山錦はそう言うと顔の上に黒い目隠しようのバンダナを投げつけてきた。
「おい、なんだよこれ」
「感謝しろ。ないものを見繕ってやったんだ。
今お前には眼球と右腕がない。
欠陥品を貰ったのか、それともそういう物なのか。」
記憶はあった。アルファという高木八重の姿をした謎の人物。彼女は確かに俺に身体を用意するといった。その結果がこれという訳なのか受け入れるのにまた時間がかかりそうだった。
「もうすぐ何も見えなくなる。
一度は戻った目なんだ。どうとでもなろうよ。
さて、ここからが本題だ。」
「本題?」
「刃の使い方を教える前にお前の体の方が先に根をあげた。
今のままでは教えても習得はおろか、魔法さえ使えんくなる可能性が高い。
お前の体はどうやら特殊すぎるようだ。
だから私もやり方を変えることにした。」
「実戦で経験値を積むの中止ってことか?」
「あんなチャンバラが実戦だと?
まぁいい。お前にある女を引き合わせる。
その後は好きにしろ。」
「誰なんだよその女って」
深山錦は深いため息の後一言だけ呟いた。
「5年前に衣笠大の仲間であり、衣笠大が嫌った人間の一人だ。
いや、もっとシンプルに言った方がいいか。
衣笠大の仲間の”生き残り”だ。」
5年前、仲間、生き残り。ピンとくるものは少なかったがどうやらその人物に会わなければ次に進めないのだろうと感じた。だが俺だった奴が嫌ったというのはどういう事なのかその意味はまだこの時は分からなかった。
数日後、俺は深山錦に雨の中外へと連れ出され近辺にあった商店街の裏路地にあった古びた店に連れていかれた。店の名前は”蓮華”。和風料理を振る舞う飲食店のようだったが客足は非常に少ないようだった。店の奥には齢70前後と思われる老婆が椅子に座って面白そうに新聞を読んでいた。
「”薄墨渦”、久しぶりだな。」
「ん?ああ、来たのかい錦。5年ぶりか。
早かったね。」
老婆の名前は薄墨渦というらしい。変わった名前だと思った。深山錦の挨拶に彼女はあまり興味を示さずに軽くあしらうような態度だった。外見は横に大きく、皺が深かったが綺麗な白髪を腰まで伸ばして後ろ姿だけで言えばただ太っているだけの人のように思えた。
「おい。クソガキ。婆で悪かったね。
面倒事押しつけと言ってこっちに見返りはあるのかねぇ?」
一瞬心を読まれたのかと思った。
同時にこちらに向けられたのは殺気だと一瞬で分かった。
「気をつけろよ、小僧。
薄墨は相手の心を読むことに長けている。
魔法使いとしは魅力的だがこいつは人間性が壊滅的でな。
おかげで弟子はみな数日で消える。」
深山錦の言葉に反応し、薄墨渦は水の注がれたグラスを深山錦めがけて投げ飛ばした。
グラスは深山錦の目の前で両断され床で砕け散る。
「なんだい。長物は戻ったのかい。」
「お陰様で治るのに時間がかかってな。」
「また圧し折ってやろうか?」
「言うじゃねぇか糞婆。」
薄墨渦の挑発に深山錦は乗りかけ互いに殺気をぶつけ合い始める。
「おい、あんたらの喧嘩見たくてここに来たわけじゃないんだ。
あんた5年前俺の仲間だったんだろ?
さっさと色々教えてくれ。」
寝首を掻かれたように薄墨渦は驚いた表情をして俺に言葉を返してくる。
「お前が衣笠大……?」




