61話
怒りの念が込められたその言葉に弥生は美夜古が苦しんでいる見えた。苦しんでいるが助けることができない自分が弥生は嫌だった。
現在、藍央学園にいる学生とその関係者は全員が美夜古の敵になる予定の者達。それを知らない者はおらず、先んじて美夜古の首を取り自身の願いを果たさんとする者もそれなりの数いた。そうでない者は美夜古の実力を認めていた。そして彼女がどういう人物であるかをある程度把握していた。
美夜古を襲った者は次の日に姿を現すことはない。それが学園の一部の生徒がしる噂話。それが事実と信じる者とそうでない者とでは彼女に対する行動も評価もまるで違った。
そんなことを知っているにも関わらず彼女の傍にやってきては昼食を一緒に食べる友人とされている弥生は周囲からは超人と揶揄されていた。
「大丈夫だよ。
お姉さんのこときっとわかるよ。」
励ましの言葉を贈ることしかできない。
「ありがとう。」
そう言った美夜古が精いっぱいの笑みを見せてくれて弥生は泣きそうになる。ただの学生で友人だったら、こんな場所であんな出会い方さえしなければ、この先もずっと友人でいられるのに。後悔の念ばかりが心を締め付けてくる。
そんな彼女の額から赤く染まった包帯がひらっと解けて風に乗って飛ばされていった。
「みやさん!?」
美夜古のカッターシャツの内側から少しずつ緋色がにじみ出てくる。足に巻かれた包帯も滲み始めていた。彼女の顔色が先ほどとは比べ物にならないくらい悪くなっているのに気づく。
「どうしたの!?」
美夜古は頭を下に向け必死に身体を隠すようにうずくまる。弥生は美夜古の顔に近づいて顔色を見ようとする。その時弥生は美夜古が何か小さな声で自分に言っている言葉に気づいた。
「弥生…。夢を叶えるなら今だよ…?
新しい魔法使いが、あなたの敵が生まれる…。」
「え?」
「前回の大が霞を殺した時、大はまだ成ってなかった。」
「それって…。」
魔法使いの見習いそして成り損ないが魔法使いになる条件はたった一つ。それを弥生は知っていた。”再誕”生まれ変わること。それが魔法使いになる条件。成功率は非常に低く、危険性が非常に高い魔法使いへの昇華儀式。魔法使いになれば所有する魔力、そして魂のエネルギー量が2倍以上へと膨れ上がり、あらゆる魔法を使用する制限が取り払われ、自在な操作が可能となる。藍央学園でさえ魔法使いはそう多くはおらず弥生が知っているのは2、3人程度だった。
「そうだよ。皆死ぬんだよ。」
美夜古は擦れた声でそういうと意識を失った。弥生は急いで美夜古をその場に寝かせて保険室と連絡を取る為にペンを取り出し床に文字を書いた。書いた文字は数秒後に自然に消滅した。
「みやさん。私はねそんなこと言われたって分かんないよ。
だってそんなの友達を殺す理由にならないから…。」
そう言って弥生は美夜古が見ていた深山錦の館がある方角をじっと見つめた。




