59話
人の夢、理想、希望。あって欲しいと望まれて、理想の未来、なりたいと思われて。そうして無限に増えて、増えて、増える。そんな光景をアルファはずっと見続けてきていた。ある時、それが欲しいと言ってこられるはずのない人間が涼しい顔をしてやってきた。女だった。その女は酷く悲しそうで、泣きながらずっとアルファに人の夢を、魔法を求めてきた。それは今でもアルファの記憶の中に残り続けている。
「なぁ、もしかしてあんた俺の事情を知ってるのか?」
アルファは簡単に頷いた。
「ああ、君だったものが残していった本もここにあるからね。
というかさっきから読んでるこれが君だったものだ。」
俺は驚いた。彼女の口ぶりからして生前の衣笠大の記憶、魔法、経験すべてが蓄積されたものが彼女の持っている本なのだろう。それさえ知れば失ったと思っていた衣笠大を知ることができる。
「残念だけどこれは選べない。
まぁ今までなかったことだからほとんどの魔法使いは知らないんだけどね。
生前またはそれに関わった経験のある関係の刻印は選択肢の対象外だ。
それと、刻印を継承しても前回の所有者の記憶や経験は継承できない。」
それを聞いて俺の考えは振り出しに戻った。こうなっては直感で選ぶほかない。だがここで無策に何かを選び、失敗すれば次は無い。
「本の中身を知るのは私だけだ。
君は何も見ずにただ私に選んだ本を言えばいい。
さぁ、君は何を望む?」
彼女の言葉を聞いて俺は一つの事を思った。直感だった。だがもし、間違っていなければ。
「なら俺は…」
衣笠大の言葉を聞いて、アルファは意表を突かれた思いになった。しかし、同時に安堵し穏やかに微笑み衣笠大の求めるものを提供した。
衣笠大は本を受け取るとその場から消えた。
「君はどこまで知っていたんだ。恐ろしいよ、まったく…。」
アルファはある女の事を思い出しながら、その場に残されたのを少し寂しく思った。




