54話
自身が能力を使えなかった理由が俺を形作っている魂が原因だと目の前の男はさらっと言った。俺を形作っている魂が抱いている高木八重に対する残された思い。それが消されなくて、バグとして扱われ俺の中に残ってくれたことにありがたみを覚える。どんなに自分自身をいじられてもこの気持ちだけは変わらず残ってくれた衣笠大の最後の遺産だ。
「これは、この残った気持ちは俺だけのものだ。
バグなんかでも構いやしない。」
「そうか。だがそのせいでお前はこれから辛いぞ?」
深山錦がこの後に言う言葉に予想がついた。俺に生じている綻びについてだろう。
これまでの戦いが経験が記憶となって脳内に積もる。その度に身体に軋むような、亀裂が入っていくような感覚が無いわけではなかった。多分、このまま戦い続ければ俺の肉体か魂あるいはその両方が崩壊する。
「察している顔だ。
ならばその理由だな。それはお前の体内に溶けた刃の影響だ。」
「俺の足から生える刃の事か?」
「あれはもともと高木八重の所有物であり、封印物だ。
ある種の呪いがかけられている。
呪解は不可能、効果は所有者が定めた悪の根絶にのみ多大な力を所有者へと流す。
お前は町であの黒い魂を無意識に悪と決め、刃はそれに応えた。
つまり、あと数か月も持たぬうちにお前を形作っている肉体は崩壊する。」
衣笠大に埋め込まれたものは悪を許容しない刃。同時に彼の身体を構成するものは彼自身が悪と定めたもの。自壊するのは容易に想像できることだった。
「お前の肉体が再生されるのは美夜古の持つ魔法のおかげだ。
だがそれは美夜古の中に良くないものを残す。
作戦決行までの時間は刻一刻と迫っている。
さぁ、選べ。
己の定めた選択を。辿れ、己の選択肢を。」
衣笠大にはいずれ自壊する自分の姿がもうすでに見えていた。跡形もなく、高木八重に向けられた感情が無慈悲にも崩壊する身体が耐えられず、ただ崩れ落ちて土に帰る。
衣笠大という器に発生した選択肢はそう多くはなかった。人の形を保つのにただ耐えて崩れるのを待つ。死に抗って、魔法使い達に対して爪痕を残す。もう考えるまでもなかった。
端から見ればただの復讐だろう。しかし、衣笠大の中では違った。原型となった衣笠大本人と高木八重、そして自身を復元した者に対する恩返し。
衣笠大は右足に刃を構え、蒼炎を纏わせた。
「雑だが多少は扱い方が感覚的に身についてきたか。」
「ああ、分かってきた。
覚悟ももうできた。」
「なら、刃の使い方を教えてやる。」




