51話
何をされたのか分からなかった。いや分からなったのではなくとらえきれなかった。前方で動く靄は見える。だが肝心のそれに隠れる深山錦の動作が全く分からない。やられるだけの一方的な戦い。自身の傍ら、壁に突き刺さったままの長物の太刀に炎の炎舞は映り込む。服が焼け、肉も焼かれていく感覚。起き上がろうにも溝を突かれ、瞬時に起き上がることを体側が拒絶する。
「熱い。少し覚ましてやろう。」
赤い眼光で死線を飛ばしてくる深山錦は指を一度だけパチンと鳴らした。同時に部屋の襖すべてが同時に開き、突風と水しぶきが室内を満たす。
しかし炎は勢いを強め、弱めんとするものを排除せんとする勢いで抵抗するようにゴゥっと声をあげる。
衣笠大はゆっくりとその場から起き上がり、突き刺さった太刀を抜き取った。抜き取ると同時にその重みに疲弊した体が悲鳴を上げ、刀と一緒に炎が包む床に倒れ込む。
澄んだ瞳で太刀を見つめる。全身を焼き尽くそうとする業火さえ意識の外に飛ばしただひたすらに刃を包み込む深山錦が施した魂から抽出されたエネルギーを捉えようと必死に食らいつく。
深山錦の心には2つのものがあった。一つは本物の殺意。もう一つは自身の期待に応えるか伸びしろの見えない衣笠大の成長願望。可能性となる鍵はすでに与えてある。後はその鍵をどう使うか。
衣笠大は鎌足霞との戦闘で2つの気づきをしていた。一つは高木八重との繋がり、彼女の残した魂を捕食し謎の男との戦闘を行うことは不可能であるということ。その際に高木八重の残した彼女の魂は完全に消失し残されたのは魔法を意識して使う感覚のみ。もう一つは自身の魂が自分には見えないという事。それは鎌足霞との戦闘時、自分自身の体を構成するものを見た際に彼は確信を得ていた。だからこれからどうすればいいのかもわかっていた。
俺はもう一度ゆっくりと立ち上がり呼吸を整えた。整えたといっても巻き上がり止まることを知らない炎と煙、突風に水しぶき。お世辞にも呼吸が整っているのかは分からないが感覚的に整える。そして床に落ちた太刀を拾い上げ、全身で支える。構えは抜刀、狙うは深山錦の首。気を抜けば即死、太刀を振るう精度が少しでも落ちれば反撃され死。集中力をあげ、俺は再度足元で蒼炎を広げ助走をつける。
両者が動いたのはほぼ、同時だった。




