47話
「ここ最近雨が止まなくてね。困っちゃうわ。」
「そんなに良く降るのか?」
「衣笠は転校生?5年くらい前からかなこの地域の天候が荒れだしたの。
もともと山に囲まれてる場所だから良くはない場所だったんだけど、ここ数年は特にね。
洗濯物もまともに干せないわ」
「大変だな。」
5年前。また悩みの種の一つである言葉。俺はあまり深く考えずに彼女に聞いてみることにした。
「会津、5年前にこの町で何かあったのか?」
会津茜は首を傾げて言葉を返してくる。
「5年前?天使が現れて悪魔を祓ってくれたんだよ。」
あまりにもあっさりとしていて抽象的な返事に思えた。
だから俺は聞き返した。どういう事なのかと。するとまた言葉が返ってくる。
「5年前に空から7つの悪魔が空から突然やってきたの。
それがきた時、それが何か私達は分からなかった。
悪魔達はただやってきてそこにいるだけだった。
でもその時から町がおかしくなった。
確実に言えるのは警察という組織が町から消えた。
町は平和になって、その後に地面から天使が現れて悪魔を消してくれた。
天使は仕事を終えるようにそのまま消えていった。」
おとぎ話を聞かされた気分だった。だが確かにここに来るまでに警察関連の物や人を見なかった。だがそれにしても信じるに足る証拠がない以上、会津茜の虚言か空想あるいは妄想の類の話であることを疑った。
「それを証明するものは?」
会津茜は部屋の窓を開けて、空を指さした。その先には藤宮美琴が教えてくれた未だ上空に薄気味悪く存在する大きな眼球があった。
「あれは天使が残していったの。衣笠にも見えるんだね。
じゃあ下にいる黒い魂も知ってるよね?」
会津茜の魂が不気味な黒さで濁っているように見えた。
「この町は今天使が残していったものに守られてる。空のあれが私たちを見守って、地上の黒い魂がこの町を動かしてくれている。」
会津茜の正体に心当たりがあることは何となく分かり始めていた。恐らく彼女は魔法に関わる人間なのだろう。だからそれを知ることを恐れながら聞いた。
「会津…。お前は、魔法使いか?」
会津茜の瞳には光がともっていなかった。ただ冷たく、始めてあった時の心の温もりを忘れさせるようなプレッシャーを彼女は放っていた。
「私は見習いだよ。今は藍央学園の学生として魔法使いを目指してる。」
呼吸が乱れる。鳥肌が立ち、倦怠感が体を襲う。きっと今俺の顔色は最悪だろう。会津茜はそんな俺の顔を一瞬だけ振り返り、また下にある黒い魂に向き直った。
「知ってるよ。衣笠が3カ月後に私達を殺すことは。
でも私達にだって目的がある。衣笠にもあるんでしょう?
私達を殺す理由が。殺した先にある目的が。」
「俺はただ思い出したいだけだ。5年前に何があったのか。
だけど周りにいた奴らはみんなこれをすれば目的に繋がるしか言わない。
始めは自分にとってもそれは正しいことだと思い込んでた。
でも人殺しは違う。」
「この町と姉弟を守る為に私はあんたと戦う。
どうすればいいのかと聞かれれば、私はあんたが死ねばいいって言うよ。」
「直球だな。」
「私はやさしくないんだよ。騒がしいから少し場所を変えよう。」
会津茜はそう言って俺を家の外へと連れ出した。家にあった穴の開いた古びたビニール袋傘を渡され、彼女の横に立って俺は歩きだした。
「私は衣笠の事情を知らない。衣笠は私の事情を知らない。
だから教えてあげる。
この町にはね5年前から住み着いていた住人はほとんどもういない。
私と姉弟達は結構珍しい。」
また聞きたくない情報が脳内へと伝達される。さらに頭がパニックになりそうになるのを必死に堪え、彼女の言葉に耳を傾ける。
「さっきのあんたの言葉。」
「え?」
「5年前の記憶がないのは本当なの?」
「ああ、でもこの町に住んでいたのは間違いない。」
「そっか。信じたくないかもしれないけど一応教えておく。
その記憶は作り物の可能性がある。そういう機能があの空の目にはあるの。」
空の眼球はぎょろぎょろと色々なところを見ているように動いている。
「この町の住人のほとんどは外から急に連れてこられた人達。
天使が消えてから気づいたらそうなってた。
何の為にそうなったのかは知らない。
でもそこから何人かが選別されて藍央学園に入ることを強制された。」
「何の為に?」
「さぁ、知らない。素質があったんじゃない?
学園は突然選別された生徒を魔法使いにすると言い出して生徒を学園内に軟禁した。
外へ出られるようになったのは3年後。
町は何も変わっていなかった。本当に何も変わっていなかった。
空にある目と地上にある黒い魂を除いて。」
「そんな事が…。」
「よく見ればおかしな点は幾つかあった。
顔を名前も知らないのに町の住人みんな私の事を知っていた。
凄いでしょ?本当にみんな知ってたの、私や生徒の事を。
その後もっと凄いことが起こっていたことに気づいた。
黒い魂が形を持って人になって、私の父さんや母さんになって、店で接客をしていた。」




