41話
藍央学園でのあの夜から3日後、俺は美夜古と同居することになったあの雑木林に囲まれた一軒家の中で目が覚めた。何が起きて、俺を含めた全員がどうなったのか脳内はそれでぐちゃぐちゃだった。美夜古はあんなことがあったのに藍央学園へと登校しているようで、目が覚めると誰もおらず置手紙のみが残されていた。
私は藍央学園の生徒なので登校します。身支度が澄んだのなら自由に町を散策でもしてください。またあの夜のようなことが起きらないとも限りません。十分に注意を払って、目を使うことを忘れないでください。以上が残された置手紙の内容だった。
広間に低いがかなり大きいテーブルがあった。その上には朝食が置いてあり、俺は座って食おうとしたが広間にはもう一つ、見逃せないものがあった。見覚えのある人影、深山錦だった。なぜあの老人が普通にこの家の中にいるのが疑問だった。深山錦はこちらを向いてテーブルの横に座れと手で指示してくる。
「あの後すぐに学園にいったそうではないか。驚いたぞ。」
「その気はなかった。」
「何が起こったのかは大体あの娘、美夜古から聞いたよ。」
「なんであんたがここにいるんだ。」
深山錦はきょとんとした表情で、俺を不思議そうに見てきた。
「はははは!ようなどないさ。ただ散歩だ。
衣笠大が暇を持て余すかもしれないと美夜古に聞いたのよ。
町に出ても迷子が、襲われていたぶられるのが落ちともいっとったぞ。」
「あいつ…」
どうやら美夜古にとって右も左も分からない子どもに見えているようだ。
「まぁ、話はある。
お前さんはあの学校で何を見た?」
深山錦は真剣な眼差しになって俺に聞いてきた。声の低さから重要な事柄であることが伺えた。
「部屋に入った。第一魔法資料保管室、元魔法研究第9特異科研究室、それと講堂。」
「ほう。では逃亡者リストは見ているな?」
「見たよ。けど内容はさっぱりだった。
知らない単語ばかり、でも載ってる名前は知ってた。」
「高木八重か。
セブンスロストに関わった最重要人物であり、別件で嫌疑がかけられている。
まだ生きとるのかは知らんがな。」
「そのセブンスロストっていうのは何なんだ?」
「7つの無限エネルギー生成機関、核に近いものがあってな。サイズは小さい。
それが盗まれた事件の総称だ。
それぞれが盗まれたのには時差があったがしっかり7つ、その時は無くなった。
たった一つでも持つものが持てば我々の世界のパワーバランスなんぞ一日でひっくり返るような代物だ。」
「それは見つかったのか?」
「一応な。だが3つ未だに行方不明な状態にある。」
「そんな事件に八重が…。どうしてなんだ?」
「そんなのは本人しか分からんよ。だから追われとる。
そして、松前の関係者が確定でそれに関わっとる。
斬院と美夜古が追っている本命はそれだろうな。」
「松前っていうのは特別な名前なのか?」
「我々の業界、魔法界ではそれなりに有名だな。
誰にだって得手不得手があるように、魔法の使い手にもいろいろいる。
松前はその中でも禁忌とされる魔法を許可されとる。
どういう魔法を使う者なのか未だに謎が多く、標的にされることも多い。」
「標的?」
「みんな欲しいのさ。松前が隠す禁忌とされる魔法がな。」
「美夜古はなんでわざわざ狙われるように動くんだ?
あんなことした後だ。学園側にだって敵だと思われるんじゃないのか?」
「松前というのは狙われる名でもあるが同時に恐怖の対象でもある。
あの学園におる連中も”今はまだ”手が出せんと思っとるだろうよ」
深山錦は立ち上がった。
「さて、私の話は終わりだ。帰るよ。」
「おい待て、まだ話が。」
「この後に用事があってな。土産を置いていくから町でも見てこい。
では、な?」
深山錦はそう言って、その場から消え去った。
俺は深山錦が言った土産の意味が分からず、とりあえず身支度を済ませ玄関へ向かった。
血の気が引いた。夜の恐怖が溢れ出る感覚、俺の目は無意識に魂を捉えていた。5年以上前に沈んでいたと思った記憶がひとつ、ドアを破って表に出てくる。それは玄関にあった靴箱に腰かけ、くしゃくしゃになった黒い長髪を後ろで束ねて今にも命が潰えそうな瞳でこちらをじっとただ見つめてきた。
「藤宮美琴…?」
「おかえり、大。」
嬉しいという気持ちよりも恐怖を助長させたかつての同級生は姿形を変えぬまま。あの頃のまま、5年の時を渡った衣笠大の帰還を待ちわびた。




