36話
引き金は引かれた。鎌足霞は”蒼炎”に飲み込まれる。彼女の振り下ろした刃は俺の肩に突き刺さった。両者は互いに深手を負ったように見えた。
だが鎌足霞は傷をそれほど負わなかった。衣笠大が放った閃光は天井の一部を貫き、天井にあったシャンデリアに蒼を灯した。舞台全体を支配する色が変わる。同時に円を描く講堂中心の舞台に黒蝶が収束し、衣笠大の上で刃を突き刺す鎌足霞は全身が黒蝶となり分散を開始する。
「やっぱり、ただの見掛け倒し。
噂っていうのは人の不安を掻き立てる魔性の薬か。」
鎌足霞は床に倒れたまま流血の止まらない衣笠大の体を眺め、自身の勝利に安堵した。
「いいえ?
噂っていうのは事実も混じっていれば、幸福を呼び込む薬にもなる。」
完全に不意を突かれた。負った傷口とそこからあふれた血に倒れたと思っていた憧れの少女は目の前に立ちはだかり、勝利を揺らがせる。
「あっ…えっ?」
右肩を貫かれていた。血が流れる。自分の血だった。何をされたのか理解する余裕をその人は与えてくれなかった。
「きひひひ?あいつとは違った感覚だがやはり馴染むなぁ?」
「うるさいよ。暫く黙ってろ。」
「あいよ、混ざり物のご主人。きひひひひ。」
松前美夜古の右腕は変形していた。正確には肘から下が異形の怪物としか思えないものに変わり、意思を持って青い炎を揺らがせながら彼女と会話を行っていた。異形な右腕の先には砲身のようなものが生えており横から青白い消炎が立ち上っていた。
「霞、私はあなたに頼んだのは案内だけだった。
それ以外には何も期待してない。どうして手を出してきたの?」
「あなたを…助ける為!」
「…そう。」
鎌足霞は右足を撃ち抜かれた。貫通した弾丸は彼女の背面を青白い炎で満たした。
「ぐぁっ…!?」
膝をつき出血が止まらずにただ身体機能が低下していくだけの肉体に鎌足霞は何も思わなかった。ただ目の前に立ち、引きがねを引いた冷たい執行人となった松前美夜古の声に耳を傾け自分の言葉を必死に繋ぐことを彼女は考えた。
「誰から助けるの?」
「衣笠大…から!」
「どうして助けるの?」
「あなたが可哀想…だから!」
「いつ、誰から教えてもらったの?」
「1年前に、”石鎚雲龍”っていう外部講師の先生から。」
「そいつはなんて言ってた?」
「松前美夜古は呪われてしまった。衣笠大という男が原因だ。
彼と彼に関わる者すべてに救済を。」




